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かつて毒池があった村の話

「ミーヤちゃん、遅いよー!」

「ごめんねえレッタちゃん、おまたせー!」


 モト村。

 川魚の干物や加工物を外商人に売ったり、近くの国へ出稼ぎに行き収入を得る小さな村だ。

 その外れで子どもたちが花を摘んで遊んでいた。

 近くにある池は透明で清らかだ。時折小動物がやってきては喉を潤している。

 ……ほとりには真新しい小さな慰霊碑があるが、子どもたちが理解するにはまだ時間がかかるだろう。


 寒さの強い季節だというのにこの辺りだけは不思議なことに暖かい。また、色鮮やかな花が咲き誇っていた。

 この池について、子どもたちはほんの少し前まで大人たちに恐ろしい顔で「近寄ってはいけない」と言いつけられていたが、最近は「神聖な場所だから失礼のないように」とだけ注意される程度になった。

 

 何故この池が安全になったのか、花が咲くようになったのか、子どもたちにはまだしっかりと説明されてはいない。

 というのもまず村が外つ国の人間を生贄にしていたことを伝えなければならず、幼い子どもらには刺激が強いとして保留にされているのだった。

 そのため、断片的にしかミーヤもレッタも知らない。

 大人しか参加できないお祭りがもう二度と行われないこと。堅物な見張り兵が連日号泣しながら同じ話をしていること。池の呪いがなくなったこと。祝福が残されたこと。

 それらは、夜に訪れた『巡礼者』に関わりがあること――。


「……あのねえ、ミーヤちゃん」

「なぁに?」


 花冠を夢中で作るレッタにミーヤは話す。


「ほんとはね、見ちゃった」

「なぁに?」

「じゅんれーしゃさん……」


 ぱちくりとレッタは友人の顔を見た。

 真剣な面持ちのミーヤに、合わせてレッタも真面目な顔になる。


「夜に起きてたの? いけないんだよ」

「パパがバタバタしてたから起きちゃったの! あのね、窓から見てたらね、じゅんれーしゃさんが家の前通ってたの」

「どんなお姿だった?」

「白い服来てて、すごいきれいでね、髪の毛さらさらしてた」

「へえー」


 銀に光る髪。目の色は分からなかったが、その横顔は凛々しく美しかった。

 背筋を伸ばし、足取りは迷わず、ほんの一瞬でミーヤの家の前を通り過ぎてしまった。それでも脳裏に焼き付くぐらいに印象的だったのだ。


「見たかったなー」

「また来ないかな?」

「来たらお花のかんむり作ってあげようね」


 そう言ってレッタはミーヤに花冠を被せる。

 きゃあきゃあと笑う少女たちのもとに村長が現れた。遊ぶふたりを微笑ましげに見たあと、池へ目をやる。


「おじいちゃん!」

「レッタ、またここに来ていたのかい」

「うん! ミーヤちゃんと遊んでた!」

「そうか、そうか。池には入らないようにしなさい、溺れてしまうからね」


 村長はレッタの頭を撫でる。

 その後ろではにかむミーヤに優しく声をかけた。


「花も枯れないところを見るとどうやら土地の神様は受け入れてくださっているようだ――気をつけて遊びなさい」

「はい……」

「はぁい!」


 小鳥が水を飲んでいる。数羽が寄ってきてじゃれ始めた。

 毒を含んでいた池とは思えない。

 毒も、淀みも、恨みすら――浄化してしまったのだ。残ったのは意思持たぬ冷たい水だけ。


「ねえ、おじいちゃん。じゅんれーしゃさんってどんな人だったの?」

「レ、レッタちゃん!」

「だって大人ばっかりずるいもん。見張りのおじちゃんは『あの方は立派な使命を背負われている』って泣いてばっかで教えてくれないし」


 村長は目を細めて花畑を眺める。

 多くを語らず、村を率先して救い、人知れず去っていった少女――。 

 所作から見ても高貴な生まれだろう。だというのに、こんな小さな村に訪れて見返りも求めなかった。人間離れした術をいともたやすく扱い、何十年も悩み続けたことを一瞬で片付けた。

 誰かがつぶやいた言葉は、今や皆が口にしている。


「あの方は……世界を救う聖女様だったんだよ」

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