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とあるメイド長の回想

 ロエリア・ダルニスはメイド長である。

 城内を目をつむって歩くことなど造作もなく、いくつもある倉庫に何が入っているのか的確に当てることができ、どのメイドがどのくらいの時間をかけて作業を行えるのかすら答えることができた。

 まるでメイド長になるべくして生まれたようだ、と周りは揶揄して言う。

 ロエリアは肯定も否定も返さなかった。ただ、「まるで城が家みたいだ」という言葉にはうすく微笑んで頷いていた。


 聖女に付くメイド長は城から外に出ることを許されない。

 ロエリアも、あと数日でその運命だ。


 生活のすべてを見ることになったメイド長は王の次に近い位置にいる。身だしなみから何まで、まるで赤ん坊相手のようにひとつひとつを世話しなければならないからだ。

 そして、命ずれば聖女――女神のちからを使用できる立場でもある。

 過去にも何度か未遂ではあるがメイド長によって乱用されそうな事件があったという。その反省を生かして、いまやこの職は監視付きの重職となっている。

 家族に送金はできるが手紙は必ず検閲される。常に誰かによって見張られる。外部の人間とよほどのことがない限り接触は禁止される。

 貴族のように良い部屋が与えられ、生活に不便しないように配慮されていたとしてもひどくストレスのかかる日々だ。ものともせず最後まで仕事を全うする者もいれば、重圧に耐えきれず死という名の退職を選ぶ者もいる。ロエリアは前者であった。


 ロエリアは夜の廊下を歩いていた。魔法火を入れたカンテラが上等なじゅうたんに落ちた彼女の影を長く伸ばしている。

 散歩もかねて行っているこの見回りのひとつに、近いうちに王妃となる少女の部屋があった。

 あとわずかの日にちで女神のちからを与えられ――それと同時に自分という存在を消される聖女には最大限の配慮をするようにお触れを出されていた。心配が二割、予期せぬトラブル防止が八割ではあるとしても。

 ふっと少女の部屋の前で嫌な予感を察し、ロエリアは逡巡の後にドアをノックした。


「パメラ様?」


 普通ならもう眠っている時間だ。返事がないのもおかしくはない。

 が――あの少女には前科・・がある。


「入りますよ」


 そっとドアを開けなかを覗き込めば、もぬけの殻のベッドが月の光に照らされていた。

 はあ、とロメリアはため息をついて改めて廊下や壁を眺める。

 部屋を出たらすぐに兵士の詰め所へ連絡が行く魔法陣は凍結され、監視のために展開された魔法はそのすべてが無効化されていた。


「まったく……」


 一言呟いて、彼女は頭に浮かんだ場所へと足を進めた。



「でね、副料理長なんて言ったと思う? 『俺が……先に好きだったのに』だってさ」

「うわ出た!」

「そんなことグチグチ後からいうなら先に告ればいいじゃんって話なのにねー」


 メイドたちの休憩所から楽し気な声が聞こえてくる。

 とっくに消灯時間である。

 ロエリアは青筋を額に浮かべながら強めにノックした。ノブは固くびくともしない。魔法がかけられているのだ。メイドたちにこのような魔法を扱えるものは居ない。だとすればただ一人。


「もしもし? なにやらにぎやかですが」


 ばたばたっとドアの向こうであせるような物音と悲鳴が上がる。

 数十秒もしないうちに静かになり、ゆっくりとノブがまわる。


「まあ、こんばんはメイド長。良い夜ですわね」


 銀の髪に青い目。美しい少女が顔を覗かせた。

 外見は深淵の令嬢そのものであるが、中身はどうしようもない性格の怪物クソガキである。


「こんばんは、パメラ様。ここで何を?」

「ハーブクッキーを頂いたので食べていましたの。よければ一口いかが?」

「結構です」


 口にクッキーを突っ込まれた。

 共犯ですわね、とパメラは笑う。


「……厨房で出た、余ったもので作ったものではありませんか?」

「そのようですね。でも、バターたっぷりのケーキやひとさじで馬が買えるぐらいのお茶よりは、こちらのほうが口に合いますから」


 修道院の院長と女子院長から引き継いでいた通りだ。けして従順ではなく、素直ではなく、言いなりにもならない、非常に扱いにくい人物。

 これでもまだおとなしいそうなので修道女時代はいったいどれくらい面倒な子供だったのか考えるだけで恐ろしい。

 指を鳴らせば部屋の明かりは落とされる。簡単に魔法を行使するパメラに、ロエリアは眉をひそめた。


「迎えに来てくださったのね? さ、行きましょう」

「何度も言っていますが、魔法をこんな何でもないところでお使いにならないでください。価値が下がります」

「魔法というのは使うものですわよ、メイド長。ガラスの箱に入れて眺めるものではございません」


 パメラはにっこりと笑いながらロエリアの手に触れた。

 ――昼間、割れたカップを拾ったときに切った指先の傷が、あっというまに癒えていく。

 治癒魔法は得ようとして簡単に得られるわけではない。幼いうちから厳しく学んで習得するか、それとも最初から備えているか。そして国お抱えとなり貴族や王族のみでしか治療しないため、一般の国民はまったく受けることができない。

 それほど貴重なものだというのに。


「……昨日は調理場の者たち、今日はメイドたち。あなたが治す身分のものではありません。私も、同じように」

「私は魔法を使いたいから使うだけですわ。ほんの少し癒せばクッキーを貰えるのですからこちらに損などありませんもの」


 どこ吹く風でクッキーを口に運ぶ。

 歩きながら食べる行為にロエリアは小言を追加しようとして、やめた。

 ふたりは長い廊下を歩く。これから先、うんざりするほど見る光景なのだろう。

 自我のない聖女のそばで、何千、何万回も歩くのだろう。

 いいのだろうかと考えてしまう。

 この小憎たらしい顔で美味しそうにクッキーを頬張る少女のすべてを無に返すことは、正しいのだろうか。

 否、とロエリアは邪念を振り払う。こんな事考えても無駄だ。仕事だけを考えればいい。

 


 パメラの部屋につく。


「ちゃんと寝てくださいね」

「分かっていますわ」


 なんだかんだしっかりと睡眠は取っているようだが、毎日激務だ。倒れられては困る。


「ただ、広い部屋でひとりは落ち着きません。メイド長、寝付くまで一緒にいてくださる?」

「いい大人でしょう。聖女になるんですからそういうことを言わないでください」

「あらあら、頭の硬いこと。まあいいですわ。おやすみなさい」

「おやすみなさいませ、パメラ様」



 今なら分かる。

 彼女はどうしようもないクソガキであり、寂しがりやな子供でもあったのだ。

 一緒にいてほしいというのは性格が捻くれた彼女なりの精一杯の甘えだったのかもしれない。


「難儀な生き方してましたね、あなたは……」


 傷跡もなく治された指が、痛んだ気がした。

 

 

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