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僧侶とケンタウロス

 ティトは賭け事が上手くない。

 もっとも「実はあんまり上手くない」と思っているのは当人だけであり、まわりはとっくに「超下手くそだし弱い」という認識をしている。


 それでも賭場に飛び込み、有り金を減らし、追い出される――という一連の流れを繰り返しているのは、彼にとって過去から逃避できる時間だからだ。

 目の前の見えづらい絵柄を睨み、ヒリヒリとした空気を楽しみ、紫煙を肺に入れ、酔っぱらいの怒号に笑うその間は、亡くしたものを考えなくて済む。


「忘れたいものがあるにしろ、限度というものがあるだろ」

「次は当たると思うとなかなか台を立てなくてェ……」

「金まで無くしてどうすんだって話よ」

「ヘヘッ」

「ごまかすな」


 パチンコと呼ばれる金吸い取り魔導遊戯に敗北したティトの隣で、ケンタウロスは呆れた声を出した。

 ケンタウロスのイーア。聖女一行を国に案内した青年だ。

 ふたりはパチンコ店の外にある喫煙スペースで煙草を吸っていた。店から出てきたティトにたまたま出くわしたイーアが声をかけ、今に至る。


 雑談の流れで身の上話を持ち出したのはティトにとって珍しい出来事ではない。今だけの関係、二度と会わない間柄だからこそ話せるものがある。

 逆に長い付き合いになりそうだと察すると途端にティトはなにも語らなくなる。怖いのだ。余計な同情や、無駄な叱責をされることが。

 そのためパメラやグローシェ、ネクタ、もちろんクレハにも自分の過去は開示していない。言動の端々を集めていけば予想はできるだろうが――。


「それでよく今まで生き残ってこれたもんだよ」

「いやぁ、危うい時は何度も経験しましたよ。債務者として売り飛ばされるのもしょっちゅうありましたし、泥酔者と空き瓶で殴り合ったりとか、ひと晩遊んだ女の子に刺されることもあったし……」

「聖職者なんだよな?」

「聖職者ですけど?」

「親泣かせならぬ神泣かせ」

「照れますな」

「反省しろ」


 これでも、ティトは未だに母国の神を信仰している。

 脆弱な存在になり果てようとも。


 神祇はもとから力の強い存在ではなかった。農作物を健やかに育たせ、ひどい雨が降らないように空をわずかに弄ることしかできず、ごく一部の決められた者にしか聲が届かない。そんな神だった。

 1000年も前に暴走した魔王に襲われ、身を挺して民を守ったためにそのちからは非常に弱まり、存在するだけで精一杯となってしまった。

 信仰者が神祇の存在を必死に繋ぎ止め、長い長い時の中でようやく神祇は自らのちからと聲を取り戻していった。

 だが、ある時虚言によって狂気に堕ちた王が、神祇を祀る院も、聖典も、仕えるひとびとも破壊尽くしてしまう。

 もはや聲は消えた。全盛期のちからが戻るかどうかさえ怪しい。


「ちゃんと今も聖職者ですよ。まだ神祇様のちからを使わせてもらっていますしね」

「お前の神、ほとんどちからが無いのにどうやって魔法を出しているんだ?」

「神祇様のちからを中心に置いて、魔法陣と俺の魔力で補強しているって感じですね」

「魔法陣って言ったって……どこにあんだよ」

「全身に入れ墨として彫っています」

「ほあ!?」


 イーアは思わずティトの身体を見た。

 いたずらっぽい目でティトは笑い、襟に指をひっかけて少しだけ浮かす。


「えっち」

「キッショ! 鳥肌立ったわ、下半身馬なのに」

「はは、おもしろ」


 吸い殻入れに短くなった煙草を押し込み、もう一本取り出して火をつける。

 亀の上にいるんだな、とティトは考えながら紫煙混じりの息を吐いた。

 わずかな振動が足元を通して伝わってくるが意識をしなければ感じないぐらいに静かだ。夜空もずっと眺めていれば移動していることが分かるのかもしれない。


「入れ墨は見えるところに彫っていないのと、魔力使うときだけ浮かぶ特殊なインクを使っていますから普段は見えませんよ」

「すっげ」

「身体への負担がすごいので寿命は短いらしいですけど」

「やっば」


 どのくらい命が縮むかは彫り師にあえて聞かなかった。

 なんかそのほうが面白いので。


「……そんだけ信仰に厚いのに、異教徒の聖女サンと旅してるのは大丈夫なん?」


 イーアの疑問はもっともであった。

 しかも、パメラの胸には女神メァルチダのちからが宿っている。他の神と行動しているようなものだ。

 厳しいところであれば信仰神への冒涜とも取られてしまう。


「神祇様はうるさいことを喚きません。それに、あの方は危なっかしくて離れられないんですよ」

「保護者目線なのか。てっきり狙っているのかと」

「え? 誰が誰を?」

「お前が聖女サンを――ごめん、なんでもない」


 スッと細められたティトの目を見てイーアは慌てて言葉を切った。


「いやだってさ、なんか……そう思っちゃうじゃん」

「まあそう思われても仕方ないかもしれませんが……。実は狙っていますよ」

「え!」

「あなたを」

「え!? 俺ケンタウロスなんだけど」

「男女種族関係ないですよ。あ、上と下どっちでも可」

「お前もう聖職者やめろ」


 ふたりでゲラゲラと笑う。

 笑いが止まったあと、灰を落としながらティトは言う。


「たぶんちゃんと理由を聞いたらキモいって思いますよ」

「イヤ〜。聞きたくねえ〜」

「じゃあやめとこ。――……さて、宿に戻ろうかな」


 伸びをする。

 歩き出し、すぐに止まってイーアを振り向いた。


「あと、次から監視しているなら監視していると仰ってください。ちゃんと監視対象らしく振る舞いますので」

「……」


 絶句するイーアにティトはひらひらと手を振り、去る。


(別の監視役が斜め後ろにいるな……。いきなり走ったら面白いだろうな)


 気配を薄くしながら雑踏に交じる。

 久しぶりにひとりの時間だというのに無粋な者もいたものだ。グローシェの目を盗んで賭場に出かけたので帰宅したら5秒で締め上げられそうだが。

 いったいなにを探られているのか見当がつかない。悪意は持たず入国したはずだが。


(安価を果たさないとならないなら、どうしようか。一番早いのは管理人とやらを引っ張り出して形として謝罪するだけども)


 立ち止まって耳を澄ませる。

 かすかに、布が擦り合うような音がする。現実のものではなくティトの一族が聞くことができる魔力の音だ。

 ルボがまとう加護には明らかに神性があった。そのときに聞いた音と同じ音がする。あたりを見回すと喧騒に紛れてフードを被った人物が立っていた。


(線は細いが男……)


 近寄るか悩んでいるうちに人物は消えていた。

 ティトが姿を認識したことを察されたらしい。


(パメラ様はどうしてこう厄介ごとに巻き込まれやすいのか)


 肩をすくめ、ティトはなにごとも無かったように歩き出す。

 煙草を出そうとしてさっきので終わりだったことに気づき舌打ちした。



「ボス、いたんですか。会議お疲れ様です」


 イーアはフードを被った人物に気づき、話しかける。

 ボスと呼ばれた者はフードを下ろした。

 大きな金色の瞳とぽってりとした唇、そして三角に切り込みの入れられたエルフの耳があらわになる。

 頬から下は黒黒とした幾何学の入れ墨が皮膚を覆っていた。


「今のは『僧侶』ですか」

「当たりです。僧侶とは言いますが、目は暗殺者のそれですよ」


 イーアは首を傾けた。


「今日一日ルボくんは楽しく過ごしたようですが……ボス、ルボくん預けて本当に大丈夫ですか?」

「まだ決まったわけではないので」

「チャンスではありますよね。子離れの。イテッ」


 馬の部分の脇腹に拳を入れられイーアは痛がる。

 『ボス』はフードを被り直し、夜の町に紛れるように踵を返した。

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