『パメラ・ドゥー捕獲作戦報告書』より抜粋
日付:7月1日
時間:10時00分〜16時20分
関係者:
・ミー・トル・ドイリア(宮廷魔法使い)
・シシヤ・ブーヤ・デリス(宮廷魔法使い)
・トーン・ウルス・イガ(宮廷魔法使い)負傷
・ヴィラルド・パラ(特別編成部隊中隊長)
・パラ中隊作戦班 10名 負傷4名
使用物品:
・パメラ・ドゥーの頭髪 10g
・夜光妖精のインク 250ml
※転移魔法に使用
・捕縛縄
・対魔拘束具
内容:
逃走を続けているパメラ・ドゥーを捜索。転移魔法にて森林に展開。直後、大型魔獣(種別不明)3頭と交戦。
交戦中、近くの樹上にて謎の老婆を確認。老婆は魔獣と意思疎通、もしくは操っている様子。
隊は奮戦するも魔獣の攻撃により兵4名とデリス術師が負傷、イガ術師が失神したため撤退を余儀なくされる。
撤退の際、老婆により装備品・携行物資の大半を奪取される。
備考:
老婆の正体不明。魔獣の行動は通常種に見られない統率性を確認。
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日付:7月4日
時間:10時00分〜13時05分
関係者:
・ミー・トル・ドイリア(宮廷魔法使い)
・シシヤ・ブーヤ・デリス(宮廷魔法使い)行方不明
・トモサン・ルイ・ジュオ(宮廷魔法使い)
・ヴィラルド・パラ(特別編成部隊中隊長)
・パラ中隊作戦班 10名 行方不明2名
使用物品:
・パメラ・ドゥーの頭髪 10g
・夜光妖精のインク 250ml
※転移魔法に使用
・捕縛縄
・対魔拘束具
・対魔獣煙 5本
内容:
逃亡中のパメラ・ドゥーの捜索のため、転移魔法儀式を行い、未登録村落(位置:北方森域、パレミアム王国記録外)へ展開。
現地にて村落代表を名乗る老爺より事情聴取を実施。「かの者は知らぬ」との回答を得る。しかし村人たちの反応から秘匿している可能性高。
尋問の最中、突如として大型の魔獣が出現。兵士2名およびシシヤ魔法使いが捕食され行方不明。対魔獣煙を散布しつつ交戦するも効果薄。
被害拡大を防ぐため、残存部隊は即時撤退を決定。
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日付:7月7日
時間:(未達成のまま終了)
関係者:
・ミー・トル・ドイリア(宮廷魔法使い)行方不明
・ボリドモー・ナア・キキ(宮廷魔法使い)行方不明
・トモサン・ルイ・ジュオ(宮廷魔法使い)行方不明
・ドクカ・イーリス(特別編成部隊中隊長)行方不明
・イーリス中隊作戦班 10名 8名行方不明 2名溺死
使用物品:
・パメラ・ドゥーの頭髪 10g
・夜光妖精のインク 250ml
※転移魔法に使用
・捕縛縄
・対魔拘束具
・対魔獣煙 5本
・パメラ・ドゥーの頭髪 10g
※転移逆流魔法使用のため。(注:転移したものを強制的に戻す魔法。生物に使用禁止であるが今回はやむを得ないと判断に至る)
内容:(代理記録)
捜索のため転移魔法を展開。その後連絡が途絶え魔力探知からも外れる。
待機していたヨルン・バス・ラーバス魔法使いが転移逆流魔法を行使、転移過程で生じたと思われる欠損部分はあるものの兵2名の遺体を回収。
解析の結果、溺死と判明。海上あるいは海中に展開したものと見られる。
残り関係者12名は未だ行方不明。生存は絶望的と思われる。
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日付:7月15日
時間:作戦未遂行
部隊より作戦に対して疑念の声が上がり、正式な作戦内容と継続に納得の行く説明がなされるまでは参加を拒否すると声明がある。
また、宮廷魔法使いからも同様の意見として作戦参加への拒否が相次ぎ実施が困難。
よって状況整理と再調整のため、作戦は一時保留とする
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日付:7月17日
時間:10時00分〜12時35分
使用物品:
・パメラ・ドゥーの頭髪 10g
・夜光妖精のインク 300ml
※転移魔法に使用
・捕縛縄
・対魔拘束具
・対魔獣煙 5本
関係者:
・ヨルン・バス・ラーバス(宮廷魔法使い)
・トーン・ウルス・イガ(宮廷魔法使い)
・ユニサン・ルイ・ジュオ(宮廷魔法使い)
・ヴィラルド・パラ(特別編成部隊中隊長)
・パラ中隊作戦班 10名
内容:
逃走を続けているパメラ・ドゥーの捜索のため、転移魔法にて荒野へ展開。現地は既に人の気配のない、街らしき建造物のみ。
調査中、魔物複数と遭遇。(ヒトの骸骨に酷似)
当該魔物らは言葉らしき音を出すものの聞き取れず。ラーバス魔法使いより呪詛の可能性があるとして、速やかに排除する判断を下した。
速やかに交戦へ移行。抵抗を示したものの、全個体の殲滅を確認。
追記:
魔物から発された音で「ひけんたい」「たりない」「じっけん」と聞こえたと報告が兵から複数寄せられる。
宮廷魔法使いの見解としては偶然そのように聞こえたのではないかとのこと。
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日付:7月25日
時間:10時00分〜12時35分
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関係者:
・ヨルン・バス・ラーバス(宮廷魔法使い)
・トーン・ウルス・イガ(宮廷魔法使い)死亡
・ユニサン・ルイ・ジュオ(宮廷魔法使い)
・ヴィラルド・パラ(特別編成部隊中隊長)死亡
・パラ中隊作戦班 10名 死亡5名、負傷3名
使用物品:
・パメラ・ドゥーの頭髪 20g
・夜光妖精のインク 250ml
※転移魔法に使用
・捕縛縄
・対魔拘束具
・対魔獣煙 5本
内容:
逃亡中のパメラ・ドゥーの行方を追い、転移魔法にて森林へ進入。
見張りの者(エルフ。樹上に潜伏)より入森理由を問われ、パメラ・ドゥー捕縛の旨を伝達するも、先方は非協力的姿勢を示す。
兵の一部が軽微な威嚇を行ったところ、先方より矢による威嚇射撃。即時交戦となる。
見張りのエルフが奥へ逃走、追跡をすると複数の武装したエルフが迎撃してくる。エルフ側は長弓、また一部毒を伴う矢を用いる。部隊側が高低差の不利もあり死傷者多数発生。
戦闘中、一部兵士が「亡き親族・知人の声」を聞いたと錯乱し、森奥へ失踪。
生存者のうち複数名は正気を失い、半狂乱状態で転移帰還。治療となる
◯
城内のとある一室。
祭祀大臣のクレイゲ・ドラ・ソボは苦い顔で報告書を読んでいた。
同じく、内務大臣のスレイド・カム・レカンブルクも苦い顔をしている。
――魔使大臣のスド・マ・ルイテースは腹痛を理由に離席しているが、プレッシャーやストレスがかかるとすぐに手洗い所に引きこもるのでいつものことだ。
「……失敗、失敗、失敗……一度きりの勝利も骨相手か……」
近年パルメリア王国では大規模な戦争は起きておらず、周辺国に異種族はいないため、実戦経験が未熟だったというのも理由としてはあるだろう。とはいえ、それを言い訳にされてしまうと国防に対して非常に不安を覚えるのだが。
また、ただでさえ貴重なパメラの髪や、一瓶で宝石に匹敵するほど高級な夜光妖精のインクを無駄にされており、ソボとしてはあまりに腹ただしい。
この作戦はパメラを捕縛するためのものであるのに達成できていないばかりか、魔法使いや兵の数もいたずらに減らしている。ひとりを育てるのにかかる金はけして安くはない。
これは確かに説明を求めたくもなるというものだ。
しかし何事もなかったかのように再編成されたのは――イルデット王子直々に命が下されたからだ。逆らうわけには行かない。
「イルデット殿下にお見せするか?」
できることなら見せたくはない。そんな雰囲気をレカンブルクは醸し出していた。
ソボだって同じ気持ちだ。いまだ国を背負う立場である自覚のない子どもに伝えたところで、帰ってくるのは癇癪だ。下手をすれば役職を下ろしてやるなども言うかもしれない。
「殿下がどう思われたとしても、隠ぺいをするほうが不味い。包み隠さず話をしたほうがこちらの首も守られるでしょう」
「報告書を読んだあとに我々の首が物理的に飛ぶかもしれませんぞ」
レカンブルクは嫌味ったらしく自分の首にトントンと手を当てた。
現状の地位で満足しているソボとは違い、レカンブルクは向上心の高い男だ。考え方の違いが大きく仲はあまり良いとは言えない。
「……イルデット殿下は次期の王だ。今から信用を失うような言動は避けるべきでは?」
「務まると思うか?」
にやにやとするレカンブルクに、ソボは真顔のまま答えなかった。
『誰が』『何に』と明確にしないためいくらでも推測はできる。しかし、例えばソボが話の流れから「イルデット殿下が王の座に務まらないと思っているのか?」と聞いてしまった場合、『イルデット殿下が』『王の座に』はソボの意見となる。レカンブルクがそう思っていても、声に出したほうが不利である。
そのためこの場合正解は沈黙、あるいは話題転換だ。
「そうだ、この機会に聞きたかった。レカンブルク、パメラ捜索隊に私兵を入れているというのは本当か?」
優秀な兵を集めたとは言うが名簿をさかのぼってみればレカンブルクが面倒を見た兵が数名紛れ込んでいる。
それも推薦というのだからほぼ間違いなくレカンブルクの意思が絡んでいる。報告書を読むとほとんど死亡しているが。
もともと捜索隊が結成されたのにはレカンブルクがイルデット王子に入れ知恵をした、という話もある。野心のために奔走しているのはソボも気づいていたのでここでやんわり釘を刺すべきだろう。
「ほう、ソボ殿には私が国を巻き込んで地味な娘を手元に置きたがるように見えると?」
その通りではないのかと言いかけ、すんでのところでソボは飲み込んだ。
「いいや? 妙な噂が立っているので用心されよと忠告をしたかっただけだ」
「これは失礼。せっかくのご好意を」
「忠告と言えば、もうひとつ。パメラ・ドゥーはそちらが思うほど扱いやすい娘ではないぞ」
「……はあ」
秘密裏に捕縛しても、黙っているような娘ではない。
腹いせに城壁を壊したり城を半壊させたり魔獣を呼ぶ可能性だってある。いざ彼女が大暴れしてもいいように一応進言してやるのが同じ役職のつきあいというものだ。
……しかし選りすぐりの兵を送り込んで死者が出ているような土地を、パメラ・ドゥーが通過しているという事実だけで恐ろしい。命がいくつあっても足りないというが、命は足りているのだろうか。
「ソボ殿が何を思っているか分かりませんがね――ソボ殿こそ、儀式が儀式がと騒ぎすぎてイルデット殿下にうっとうしがられていると噂をお聞きしていますよ」
「お言葉ですがレカンブルク殿。私に与えられた役目はまつりごとを司ることです。それを達成することのなにが悪いのでしょう? 王子たちもいずれは分かってくださるはずだ」
「さあ、どうだか? イルデット殿下とその恋人に理解を求めないほうがいいですよ」
恋人、という単語を吐き捨てるようにレカンブルクは言う。
ソボも気持ちは分からなくもない。恋人――異邦人が来てからというものの王子との対話が以前にもまして難しくなった。
イルデット王子は異邦人の話しか聞かず、国の危機的状況も異邦人の提案したいくつかの小手先の手段で解決するものと思い込んでいる。彼らの頭の中にあるのは自分たちの挙式をいつあげられるか、そればかりだ。
報告書を読み直し、ため息をつく。
変に解釈されても困るので明確に「成功」「失敗」と書いてやったほうが分かりやすいだろうか。変に結果を誤解されるよりはマシかもしれない。
とはいえ成人を迎えた次期王にする配慮ではないと頭が痛くなってくる。先代国王が頭の回る者だったのでそのギャップもあるだろう。
ソボは眉間を揉みながらペンを手に取った。
ちなみにルイテースは一度戻ってきていたが、ドアの隙間からふたりの会話を盗み聞いて再びトイレへ行ってしまった。




