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案内人(あやしい)

中心街から少し移動した先に様々な花が植えられている区域があった。

 肥料や交配の実証実験中と看板が立てられているが、整然と花が並ぶさまはフラワーガーデンと言っても差し支えないだろう。現に親子連れや老夫婦がのんびりと散歩している。

 花が見れるように設置された屋根のあるベンチ――ガゼボにパメラたちはいた。


「それで? 君はどこから派遣されてきたの?」


 クレハの問いにルボは白と灰色の混じった獣耳をぴんと立たせた。

 難しいことを聞かれたかのように眉間にしわを寄せながら聞き返す。


「えーっと、派遣ってなんでしたっけ?」

「ん? 君、派遣されて僕らの面倒を見に来たんでしょ?」

「……ああ! うん! 言えないッス!」

「そっか……」 


 なんらかの思惑がルボの裏にあることは間違いがないだろう。

 ただ、その思惑の達成をルボ本人が担うには、彼は少々――いやかなり不適切のように一行は感じていた。

 これが誰もを騙す演技であってほしいと願うばかりだ。そうでなければあまりに考えが無さすぎる。


「話題を変えようか。案内人って言っていたけどなにを案内してくれるの?」

「よくぞ聞いてくれました」


 獣人特有の大きな虹彩を細め、きりりと真剣な顔つきになる。そして周りを気にしながら身を乗り出して口もとを隠した。

 深刻そうな雰囲気に呑まれてパメラ達もルボに顔を近づける。

 もったいぶるように咳払いをして、彼は言った。


「ドキドキワクワク国内ツアーっすね」

「え?」

『?』

「なんですって?」

「いきなりどうした?」


 騒然とする場を前にルボはこくりと頷く。


「ドキドキワクワク国内ツアーっす」

「聞こえなかったわけではないのですよ」

「どういう意味だって聞きたいんだけど」

『?』

「それで通じると思ったんですか?」

「いきなりどうした?」


 クレハは付き合いきれないと言わんばかりにため息をついた。話をする気をなくしたのか足を組みティトに視線を投げる。

 視線を受け取ったティトは渋い顔をしながら一瞬ルボに目をやり、クレハに戻す。クレハは口元だけで笑みを作りながら首を縦に振った。

 ティトは小さく舌打ちをし、恨み言を口の中で呟いたあとに「ルボさん」と呼びかけた。


「国内ツアーをしてくれるというのは分かりました。楽しみです。とても」

「そっすか!?」

「ですが、今のあなたに従うことはできません。自覚しているかは分かりませんが、少なくとも俺にとってあなたは非常に怪しく信用ができない」

「え……」


 怪しいとはっきりと告げられるとルボはしょんぼりと耳を下げた。

 理由あってティトはそう言っているものの外から見れば好意を無碍にした形だ。憎まれ役もいいところである。


「全然安全っすよ!? 危ないとことか行かないし!」

「証拠は?」

「あー……えーと……」


 パメラは黙ってやり取りを見守る。グローシェは場の空気に耐えられないのかそわそわと指をいじっていた。


「案内人を派遣するなら昨日の時点で伝えられているはずです。予告のない接触はトラブルになり得ると、とくにこういう交易のある国なら考えないわけがありません」

「……」

「案内人を偽って接触してきたのはあなた、あるいはその指示をした者の独断ですよね? あとはまあ……ひとを騙すのが上手くないからなにか隠しているのが丸わかりですよ」

「ウッ……! や、でも! それって、あなたの意見すよね!?」

「俺の意見ですよ。紛うことなく」


 反論を考えているのだろう。口を開け閉めしていたがついに諦めたらしく、獣耳がぺたんと倒れた。

 ネクタはあわあわと周囲を伺う。その手を――硬い弾力のある手を掴み、パメラはルボの背を撫でさせた。

 そのままパメラは一歩下がると跪き、ルボの膝に手を重ねる。おとがいを上げれば下からルボの顔を覗き込むかたちだ。


「怒るっすか?」


 叱られた小さな子供のように唇を突き出し、しおれている。

 あまりに呑気な発想だ。本来ならば敵対者として認識され説教だけで済むはずがない。

 ルボの周囲が非常に平和かつ守られた場所であることを示していた。


「私たちを騙そうとしたことは怒らねばならないでしょう。でも、そうしなければいけない理由があったのではないですか?」

「……」

「もしかして、言わないようにと脅されているのでしょうか?」

「いや、違うっす。ただちょっと言いにくいだけで……」


 パメラの青い目がルボの薄い水色の瞳を見つめ返す。

 吸い込まれそうな錯覚を起こしてルボは一度ぎゅっとキツく目をつむり、開いた。


「……オレ、獣人とヒトの混血なんすよ。国外だとあんまり混血って受け入れないみたいで、生まれてすぐぐらいに捨てられちゃいまして」


 気まずそうにルボは笑った。

 言い慣れた軽い口ぶりからして何度も同じように話をしているのだろう。


「父ちゃん……義理の父親に拾われて、この国で育ちました。でもほら、なんか……『故郷』って憧れがあるじゃないですか。みんなもそうじゃないですか? 帰りてーってときがあると思うんですけど」


 故郷を追放された少女と、故郷を持たないスライムと、故郷から出なければならなかった男と、故郷に二度と戻れない女と、故郷に帰りたいと願い続ける男は、それぞれなんとも言えない表情で相槌を打つ。


「だから一度でもいいからオレの血族ルーツに会いに行きたいって思ったんす」

「赤子のあんたすら受け入れてくれなかったのに?」


 グローシェは険しい眼差しをしていた。

 群れから出されるということは死んだも当然の扱いだ。とくに、ひとりで生きていけない幼子を捨てたということは――生まれたことを認められていないことと同義ともいえる。

 そんな場所に行って歓待など受けるはずもない。最悪殺されてしまうだろう。


「あっちの事情は知りません。オレが、会いたいんです」

「……そうか」

 

 先程までの胡乱な言動が嘘のように芯のある強い言葉だった。

 ルボは背筋を伸ばす。


「でもオレ、ひとりで旅ができるほど強くもないっつーか……。あと、いっしょに行ってくれたとして相性とかいろいろあるじゃないすか」

「遠足じゃないんだけどなあ……。それで僕たちをドンパチボコボコ国内ツアーに――」

「ドキドキワクワク国内ツアーですよ、魔王サマ? 頭鈍ってるんじゃないですか?」

「……わざとだけど? ドキドキワクワク国内ツアーに呼び出して、人となりを判断しようとしていたの?」

「ッス! 父ちゃんもそうしたほうがいいって言ったんで!」

「親公認か……」


 息子の無謀な企みを阻止しないどころか入れ知恵する親がいるらしい。

 孤児を引き取る気概は素晴らしいが、育て方には少々問題があるようだ。


「ルボさん側のメリットしか聞かされてませんけど、俺たちにもメリットはあるんですか?」

「もちろん!」


 ルボはある方向を指さした。

 その先には数時間前に一行が門前払いをされた建物がある。


「この国から出るための権利を用意します」

「……というと?」

「キュロヒのアポを取ります」

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ルボくん可愛いね……
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