聖女と案内人
『動く国』ゴトゴト国。
中心街と呼ばれる地区のカフェテリア。
ランチタイムにはまだ早いからか店内はがらんとしており、客はパメラたち以外いない。
ウェイトレスは暇そうに出入り口で道行く人を眺めており、厨房からは皿を片付けているのかカチャカチャとした音がかすかに聞こえていた。
平穏を絵にかいたような景色だ。
「まさか受付の段階で断られるとは思いませんでした」
パスタを一本指でつまみ、膝の上で丸くなっているネクタに食べさせながらパメラは誰にともなく呟いた。
「まずそこからでしたね。俺たちは管理人に用はあっても、管理人のほうは俺たちに会う義理なんてないという前提が抜け落ちていました」
ピザをフォークで口に運びながらティトが言うと、その横で同じピザをひと切れ手に取りながらグローシェは頷いた。
「アポイントとかいうものを取らなければいけないのは分かった。だが、あの場ではアポイントを取れないと言われてしまったわけで……どうすればいいんだろうな」
唯一なにも注文せず、メニュー表の文字をつまらなさそうになぞっていたクレハはため息交じりに口を開く。
「現実的なのは問い合わせフォームから管理人にアポイントを取りたいとメッセージを送ることだと思うよ。ただまあ、相手が無視する可能性は大いにあるから返信が来ると期待できないけどね」
「……そもそも、魔王様が掲示板を攻撃しなければこうなっていないんですが。他人事のような顔をしていますがあなたが原因ですからね。もう少し真面目に考えてみては?」
「僕は僕の攻撃方法としてあの手段を取っただけなんだけど。たまたま手元にあった武器を使用して破壊したら君は鍛冶屋にごめんなさいって言いにいくの?」
「屁理屈捏ねまわしているそのお口で『ご迷惑おかけして申し訳ありません』の一言ぐらいは無いかって言ってんだよ」
「……ティト、魔王」
少しずつ熱を帯びていく口論に呆れた顔をし、グローシェはピザをクレハとティトの口にそれぞれ突っ込んで黙らせた。
「あんたらいい年なんだからいちいち噛みつきあうな、しょうもない。今度飯の席で言い争うようなら骨抜きにするぞ」
「骨抜きって何です……?」
「首を掴んで、こう、上に引っ張る。そうすると背骨が出てくる」
「確かに『骨を抜く』という意味での『骨抜き』だね……」
ジェスチャー混じりに説明するグローシェと、すっかりテンションが下がった男ふたりをパメラはぼんやりと眺めている。
催促するネクタに再びパスタを与えながら、ふと表通りに面した窓から視線を感じた気がしてそちらへ目を移した。
フードを深く被った誰かが足を止めてこちらを見ている。この一行が珍しい――という雰囲気ではない。なにかを探っているような、そんな気配だ。
パメラが見つめ返していることに気づくと相手は何事もなかったかのように歩き去ってしまう。足が悪いのかぎこちない動きだ。
彼女がなにを見ていたかつゆとも知らないグローシェが声を掛ける。
「お嬢、所持金はどれぐらいだ?」
「今の手元金で3日ほど泊まれます。残りの真珠も売ればさらに2、3日は滞在出来るかと」
ネクタは桶のようなものがあればよく、クレハは影に引っ込むとしても実質3人分の宿代が必要になる。さらに食事代も乗ってくる。
グローシェもティトも手持ちはあるがけして大金ではない。真珠を換金した結果、この国に数日留まるだけの日数が確保出来たのは僥倖であった。
「となると、管理人の考えが変わるのを待つ時間はないですねえ。あ、俺に任せてもらえば倍に――」
「まさかとは思うが賭場で増やすんじゃなかろうな、ティト」
「ははは、まさかぁ。ハハ、はー……ダメ?」
「ダメ」
客が入り始めたため、内容の薄い作戦会議はあとにして手早く残りを食べる。
会計を済ませたあとに外へ出れば、まさか亀の上にあるとは思えないほど穏やかな町並みが陽に照らされていた。
次はどこに行くか話し合う横で、ネクタはパメラに似せた容姿になる。
長時間ヒトのかたちを取れるようになったものの、手の使い方や口を開けるという細かい動きは不得手なため飲食の場では球体になることがほとんどだ。パメラに甘えるという目的も含まれているが。
「お嬢、体調はどうだ? 戻って休もうか」
「だいぶ調子はいいです。少しこのあたりを散策したいですが、どうでしょうか」
「アタシはいいが、みんなは?」
『!』
「あ、じゃあ魔導大板売っている店も探しますか」
「僕は聖女ちゃんから離れられないから――待って。誰か来る」
ずんずんと近づいてきたのは、一見するとヒトの青年だった。
ただ、側頭部から灰色の髪と同じ色の一対のケモノ耳が、そして腰からは尻尾が生えていた。形状からオオカミだろう。手の指は5本だが、爪は薄く平べったいものではなく鋭い鉤形の形をしている。
ワーウルフでもヒトでもない、その中間と言った風貌だ。
青年はネクタの前で止まった。ぐるりと見回したあとに彼は再度ネクタを見る。
「あなたが聖女様ですね?」
『?』
表情からして青年に悪意は一切ないらしい。本当によく分からないまま聞いてきているのだ。
ネクタは表情こそ変わらないものの動揺しているのが見て分かる。沸騰した湯のように服の部分が波打っているからだ。
ちらちらと隣のパメラに視線を送っていた。代わりに否定してくれと訴えているのだ。人違いだと伝える能力――音声を出力する声帯がネクタにはないので。
青年はネクタとパメラを見比べ、首を傾げた。そしてパメラに話しかける。
「そっちは聖女様の従者さん?」
「いや、こちらが――」
ティトが慌てて訂正しようとするも、それに被せてパメラは答える。
「いかにも、そちらのお方は聖女でございます」
青年以外の全員がパメラを二度見した。
当の本人は涼しい顔をして青年を見つめている。
「さて、私どもは貴方様を存じ上げません。名を伺ってもよろしいですか?」
「あ、ごめ……いや、失礼いたしました。オレ、じゃなくて、わたくしはルボと言います」
ケモノ耳をぴこぴこと動かしながらルボは頭を軽く下げる。
「案内人として、皆様のお世話をするように派遣されました」
「案内人?」
『?』
「入国すぐに来なかったのはなぜ?」
「どこから派遣されてきたんですかねえ」
「それは強制か?」
口々に質問されてルボは黙る。
「あー……」と意味のない音を出しながらキョロキョロと目をさまよわせたあと、回答を思いついたらしい。
「はい!」
元気に頷いた。
どう考えても質問をまったく理解していない。とりあえず回答のポーズを取ったことが出会ったばかりでもよく分かる。
パメラたちは目配せしあい、肩をすくめた。
「……ルボ様。どこか座ることが出来る場所で、お話をお聞かせいただいても?」
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【チャットルーム1 に スライム さん が 入室しました】
スライム:□□□■
聖女:せっかくの機会です
聖女:ヒトの身振りを覚えておけばなにかの役に立つかもしれません
スライム:□■□□
聖女:いざとなれば種明かしと謝罪はしますから大丈夫です。あちらが先に決めつけて間違えてもいますからね
スライム:□□□□
聖女:それに、今のあなたはとても上手に振る舞えている。もう少しこのままでいきましょう
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