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地下帝国より

 ――暗黒竜の封印が解ける少し前の時間。

 地下帝国、アカルディアにて。


 外、それも王都へつながる通路をラナン・キュラスは迷いもなく進んでいた。


「ラナン様、ラナン様! どちらへ!?」


 彼女を追うのは顔のただれた女だ。名をシーティと言う。

 ラナンは振り向きもせずに早口で告げる。


「わたしは外へ出向きます。シーティ、あなたは戻ってください」

「なぜ外に!? ご自分の立場が分かっていますか!?」


 シーティの言うことはもっともだ。

 今、ラナンは大切な儀式からの脱走者という身分である。当然国からは許されるはずがない。

 王宮の体裁もあって大々的に指名手配をされているわけではないものの、憲兵には見かけ次第捕縛するようにと通知が出ている。

 更にこの数日は王の葬儀に伴い王都には大勢の憲兵が配備されている。そんな中をのこのこと出ていけばあっという間に捕まってしまうのは火を見るより明らかであった。


「今しかありません。世間の目が王に注視されている今、『鎮めの庭』の警備は手薄なはずです」

「……っ、本当に暗黒竜を目覚めさせるつもりですか!?」

「ええ」


 意思は固いのだろう。短くラナンは肯定した。

 ――封印された暗黒竜を解き放って王城周りを壊させる。

 以前よりそのような作戦を考えていることをシーティとしてはおとぎ話のような気分で話を聞いていた。だが、ラナンは本気だったようだ。


「壊します。パルメリア王国を」

「ラナン様――改めてお聞かせください。ラナン様は、国を滅ぼして何をしたいのですか?」


 ラナンの歩調が緩やかになった。


 シーティとしても、パルメリア王国に思い入れはない。

 自分を売った両親も、元雇い主もどうでもいい。だが、それでも失われていい命というものはないはずだ。

 また、普段は冷静なラナンがこの件になるとひとが変わったように強引に事をつき進めていくこともシーティにとっては恐怖だった。いったい何に突き動かされているというのか。


「……」

「私でよければラナン様と地獄の底までお供いたしましょう。……しかし、堕ちる理由を知りたく思います」


 本心だ。

 地下の人びとは重い傷を負ったシーティの世話をよく見てくれたが、しかしただれた顔を見て誰もが目を背けることに彼女は強い孤独を覚えていた。

 そんな中で現れたラナンは、シーティの顔を笑わずしかし憐れみもしなかった。彼女をかわいそうな女として扱わずに仲間としてそばにいることを望んだ。それがどれだけうれしかったことか。

 だから望まれるのならばどこにでも行くつもりだ。身代わりとして激しい拷問を受け、口を閉ざしたまま死ぬことも出来る。

 それでも、理由は欲しかった。盲目的に死んでいけるほどシーティは強くもなければ向こう見ずではない。


「……ばからしくて、子供じみた理由です。きっと呆れるかもしれません」

「それでもあなた様には大切なものなのでしょう?」


 ラナンはとうとう足を止めた。

 うつむいて、ぽつぽつと話す。


「ローデフォン・エリゾ・ダーリア様はご存じですね」

「はい」


 ダーリア家は王都ではあまり裕福ではない貴族であるが、先祖代々とんでもない秘密を隠し持っている一族だ。

 パルメリア王国の地下に這う通路をすべて把握している。国が認知しているものなどごく一部に過ぎない。

 先祖の言付けによって王宮には報告せずひそやかに入り口が暴かれないように守ってきた。王都から身を隠さなければならない者、傷つけられた者たちを匿う場所としてずっと機能してきたのだ。

 けして善良な者だけが地下帝国にいるわけではないが――それでも、役目を全うするべくダーリア家は手に届く範囲で彷徨うものを地下へ案内していた。


「ダーリア家当主の妻子は、事故により重傷を負いました。……当主は聖堂に助けを求め、治癒魔法使いを派遣してほしいと頼みましたが、聞き入れられませんでした」

「……寄付金が少ないからですか」

「そうです」


 そういうものだ。金さえあれば解決する。

 今の聖堂はそういう考えだ。

 必要だと訴えられても安売りはしないと突っぱねる。

 魔法の価値を吊り上げることは――利用者と使用者を減らし、魔法を衰退化させることにもなるのに。


「それを聞いて、その晩にダーリア家の門扉を叩いた者が居ました」

「ラナン様ですか?」

「いいえ。恥ずかしいですが、『かわいそうに』と思っただけで何もしませんでした。実際に行動したのは、パメラ・ドゥーという聖女候補です。わたしは焦って追いかけただけ」


 確か国家転覆未遂罪とかで指名手配をされている少女の名だ。

 可愛げのない仏頂面の指名写真が妙に人気らしく、地下でも一部の間で話題に上がっている。


「当主に口外しないことを条件に、パメラは治癒魔法で妻子を治しました。ほんとうに、あっという間です。ひと晩を覚悟しましたが、数分もかかりませんでした」

「治癒魔法使いが、聖女候補が、どうしてそんなことを……?」

「『治せると思ったから』。それだけです。見返りがあったわけではなく、ただ話を聞いていて自分なら治せると思ったから、行ったそうです」


 そんなことがあるだろうか。わざわざ危険を冒してまで行って、理由は自分のちからが通じると思ったから、なんて。


「当主からの礼はバレてはいけないので固辞しました。かわりに、地下の存在を教えてもらって……それを元に一回だけ探検には行きましたね」

「なにしてるんですか」

「なにしてたんでしょうね……」


 地下通路には魔獣が住み着いているエリアもある。

 そんなところを聖女候補とはいえふたりで探検に行くのはあまりにも無謀すぎるだろう。遠い目をしているので若気の至りだったのかもしれない。

 ふうとラナンは息をついて、額に手を当てた。悔やむように眉間にしわを寄せる。


「それから数年して王妃様が亡くなった夜、わたしは逃げ出しました。次期聖女となる重荷に耐えきれませんでしたし……聖女になるにあたって、様々な……いえ、これはいいでしょう」


 それはシーティも聞いていた。

 聖女になることを嫌がり、すべてを捨てて逃げてきたのだと最初に聞いた覚えがある。


「ダーリア様のもとに逃げ込み事情をお話ししたところ、地下帝国を教えてもらいました。その後のことはお分かりでしょう」

「はい」

「ああ……逃げ込んだというのは、厳密には正確ではありません。本当は、パメラがわたしを転移魔法でダーリア邸に送ったのです。いつのまにかどこぞの貴族と逃げたことになっていますが、噂とはそういうものですね」

「え?」


 転移魔法というものがどういうものかは分からない。

 ただ、どうやらパメラという者がラナンを逃がしたらしい。


「……? 待ってください、もとはラナン様が聖女になるつもりで、しかし今は――指名手配ですが――パメラ様が聖女、ですね?」

「わたしが逃げたからパメラは聖女となりました」

「……」


 逃がされたのか、置いていったのか。

 シーティは聞かなかった。どちらでもいいからだ。


「そのパメラを、国は貶めています。異邦人という出自の不明な者を婚約者としてそばに置く王子も、それをよしとする国も許せません」


 ――だから、一度全部壊してしまいたいのです。

 ラナンははにかんでそう言った。


「残念ながらわたしひとりでは国は壊せません、だから暗黒竜のちからを利用するのです」


 言葉の端に浮かぶのは狂気だった。

 歪んだ正義感が、パメラに対する罪悪感が、彼女をこうも変容させてしまったのだろう。

 シーティは黙って頷いた。それでもラナンに付き従うと決めていたから。



 ――そして、今。地上にて。


「……」

「……」


 何故かは不明だが、暗黒竜の封印が解けていた。


 呆然とラナンとシーティは空を眺める。

 これから王城へ忍び込み、『鎮めの庭』へ侵入し、封印を解くという非常に危険な作戦を実行しようとしていたが、計画がふっ飛ばされた。

 暗黒竜の出現により慌てて出動したのであろう憲兵の気配で我に返ると、逃れるために近くの時計台に飛び込んだ。


 そこでやけに距離間の近い女ふたりに会うのだが、それは別の話である。






 ラナンは強い眠気に襲われていた。

 目の前の白銀の少女に魔法をかけられたのだと気づいたが、抵抗するには遅すぎる。

 ラナンの下では転移魔法が今まさに発動しようとしていた。


「パメラ……!」


 ラナンはかすれた声で叫ぶが、返事は帰ってこなかった。


 花びらが舞う。祝福の魔法だ。ささやかな幸福を祈るおまじない。

 色鮮やかな景色の隙間で、青い目から雫がこぼれたように見えた。


「ラナン。幸せになってね」


 ふっつりと意識が途絶える。

 ――シュリッテ王妃が亡くなった晩のことであった。

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