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聖女パワーをぶち込まれる楽しみにしておいてください! 3


 目を覚ますという行為がいつ以来だったのか、魔王は覚えていない。

 本当に久しぶりに、意識が落ちていた。

 ほんのわずかな間のことであったが、それまで漫然と過ぎていた時間に区切りがついたかのように感じる。

 魔王は背中に床の硬さを感じながらぼんやりと大穴のあいた天井を眺める。肉体などあってないようなものだというのに身体がひどく重たく感じた。これもまた、久しぶりの感覚だ。


 魔力が自分の身体にほとんど無いことに気づく。

 彼は湧き水のように常に魔力を充填しており、それこそ国をひとつ滅ぼすぐらいの魔法を使わない限りはこのようなことは起きない。

 ちからを封じられているというよりは、没収されているような感覚だ。


 隣を見ると、少女が横たわっていた。

 ぐったりと四肢を投げ出している。まるで死体だ。わずかに肩が動いているのでかろうじて生きていると分かる。

 顔は白銀の髪に隠れている。魔王は手を伸ばし、髪を払おうとした。

 その手が止まる。 ()()の腕が視界に入ったからだ。


「――」


 エルフから移植された腕でも、ハーピィの組織を植え付けられた腕でもない。

 手首まで覆うこの服は詰襟の学生服だとぼんやりと思いだした。

 かつて、魔王が『魔王』ではなかったときの――。


 その腕が容赦なく踏まれた。

 首元には戦斧の刃をひたりと当てられる。


 視線だけ動かせば、『僧侶』と『姉御』の敵意に満ちた瞳が魔王を睨みつけていた。

 『スライム』が少女の身体を抱き寄せ、魔王から遠ざける。

 嫌われたもんだな、と彼は他人事のように思った。そもそも好かれる要素も皆無ではあるが。


「……帰りたいって願いの何がいけない?」


 感情のない乾いた言葉が口から出てくる。

 どこでもいい。家でも、国でも、自室のベッドでも、誰かの隣でも、なんの変哲のない道でも。

 狂おしいほど帰りたい場所を、魔王は持っていた。だからこうなってしまった。

 引き返すことができないところまで行き着いてもなお、帰りたい。


「その願いのためにパメラ様の命を使おうとしたのが気に入らないんですよ」

「別に君に気に入られようなんて思っていないけどね」

「話を逸らさないでください。お前はずっと独りよがりな思考しかしないな」

「それはお互い様でしょ。聖女ちゃんの本当の思いを汲めていないくせに」

「なに?」

「……そこまでにしておけ。ガキじゃないんだから」


 大きく息を吐きながら『姉御』が仲裁に入った。

 当初は静観を決めていたようだが、『僧侶』が短刀の鞘を半ば抜いているのを見て口を出すしかなかったのだろう。


「魔王。あんたはアタシたちに命を握られている状態だ。命乞い以外で口を開くな」

「聖女ちゃんが僕を倒したのにその威を借りるって恥ずかしくないの?」


 刃が魔王の首に食い込む。

 冷ややかな目を彼から離さないまま『姉御』は淡々と言う。


「とりあえず一回死ぬかどうか試すか……」

「姉御、斬首はやめましょう。俺生首見たくないんですよね」

「アタシも無理だが仕方ない。黙らないんだもんこいつ」


 トラウマでもあるのか『僧侶』は心底嫌そうな表情をする。それでも覚悟を決めたようで、『姉御』に向けて頷く。『姉御』は戦斧の柄を握りなおした。

 ふぅ、と魔王は息を吐く。


「仮に僕を殺したとして、聖女ちゃんにどういう影響があるかどうかは思考の範囲外みたいだね。そこのスライムちゃんみたいに魔力で意識が繋がっている可能性もあるし、あるいは命そのものが接続されているという危険性について少しは考えないの? あれだけ守ろうとしていた聖女ちゃんを君たちの手で終わらすというのは皮肉めいていていいけどね」

「わ、早口だし長い。端的に言ってくれます?」


 間を開けて、魔王は言う。


「殺すのはやめてね?」


 命乞いだ。

 ふたりは絶句し、顔を見合わせた。

 

「なっさけない……」

「もう少し威厳というものがないのか。魔王の肩書が泣くぞ」


 誰も従えていない孤独な化け物に威厳なんて必要だろうか。

 魔王は胸の内だけでつぶやいた。

 それにしても甘い。命乞いを聞くことはおろか、敵が生きていると見れば即座にとどめを刺すべきだ。そうでなければ旅を続けることは難しい。

 この様子だと普段同じような状況なら即座に殺しているだろう。

 今回、魔王がせいぜい脅し程度で済まされている理由は推測しなくとも分かる。

 『聖女』が魔王を生かしたから、それにならって必要以上の危害を与えてこないのだ。


「……喉の奥がすっぱい……」


 首をさすりながら『聖女』が上体を起こした。

 三人の様子を見て少し考えた後に状況が飲み込めたのか、「ああ」とつぶやいた。


「魔王は無力化したので、大丈夫ですよ」

「無力化?」


 『聖女』は『スライム』に支えられ立ち上がる。

 ふらふらと『姉御』のそばまで行くと戦斧を下ろさせた。


「魔力は私が()()()()()()。私の許可が無ければ魔法を行使できません。それから――」


 『聖女』は自身の影を指さした。

 いびつに伸びた先を見れば、魔王と繋がっている。


()()()()()()()()()()()()()()()()


 さらりとした発言であったが、『聖女』以外の全員が驚愕した。


「封印……!? このドクサレな存在を自分の影に!?」

「どういうことだお嬢、魔王は今外に出ているじゃないか」

「聖女パワーでそこまで出来るのずるくない?」


 騒ぐ三人の前で『聖女』は手のひらを下ろすジェスチャーをした。

 どぷん、と魔王の身体が沈む。

 抵抗する間もなく彼は完全に影の中へ飲み込まれてしまった。


「えっ、なにこれ!? 感触が気持ち悪い!」


 影の中から魔王の叫び声がするが、『聖女』は無視して話を進める。

 『スライム』は嫌そうに影を見つめていた。


「本当は自由を奪うという行為をしたくはないのですが……野放しだと、神々がうるさいので。苦肉の策です」

「……パメラ様。どうするんですか、そいつ」

「……」


 気まずそうに顔をそらした。

 無言で俯く。さながら説教を受けている子どものようだ。


「どうするんですか、だって。聖女ちゃんの回答は?」


 影の中から声がする。踏むと「いてっ」と悲鳴があがった。


「まあ……だいたい分かるけど、それでもアタシはお嬢の口から聞きたいな。怒らないから言ってみな」

「それ絶対怒る前フリですよね」


 『姉御』の助け舟に茶々を入れて『僧侶』は小突かれる。小突くと言っても、オークのちから加減なのでつんのめっていた。

 短いじゃれあいをしながら、全員が『聖女』の答えを待つ。


 当の彼女は手を組んでは離し、そわそわと落ち着かない。

 ぎゅっと瞼を閉じ、開け、落ち着かない様子で目を泳がせる。


 覚悟を決めたように息を大きく吸って、言った。


「――魔王も連れて行っていいですか?」

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― 新着の感想 ―
連れて行ってあげて!ブリリアントに愛らしいあの子のいるところへ!!(涙
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