聖女パワーをぶち込まれる楽しみにしておいてください! 2
草原の中を少年が駆けていた。隣には小さな竜が飛んでいる。
そのすぐ後ろをへろへろの足取りでもうひとりの少年がついていく。
先頭を走っていた少年は振り返り、笑ったようだ。というのも、顔だけがまるで切り貼りされた絵のようにはっきりとせず、顔つきはおろか表情も分からない。もうひとりも同じだ。
「くれは! 遅いぞ!」
「そっちが早いんだよ、いろは!」
言い合いながら彼らは進んでいく。
残されたのはさざめく草々だけ。
今のは――誰の記憶であったか。
端で見ていたパメラはひどく懐かしく思うような気持ちになる。
だが、自分の感情ではない。
「……メァルチダ様?」
呟く。
湧き上がる身に覚えのないこの悲しさは、国の繁栄を祈り『女神の輝石』にちからを込め自我を消したはずの、メァルチダのものなのか?
「聖女パワーでひとの過去を覗き見なんていい趣味してるよ」
ひどく顔を歪めた魔王が目の前にいた。
パメラは無表情で見上げる。
「神性と偶然の産物を再現して行ったことが魔王退治ではなく、自分を隔離して仲間を守ることか。涙ぐましいね」
「本物の聖女パワーを味わいたかったですか?」
「無理でしょ。アラクネットのボケどもが君の期待するように動くと思う?」
それは本当にそうなのであった。
「そもそも掲示板もまだ動いていないよ。『すべての機能に制限がかかっています』だってさ」
魔力によって作り出した、魔王にしか見えない魔導大板を使い掲示板を見ているのだろう。
読み上げられたその文言にパメラはわずかに目を見開いたが、しかし魔王が気づくことはない。
「『強制服従』さえなければこんな苦労しなかったのにねえ。安価に従うこともなく、好きなところに行けたかもしれないのに」
「……」
「ああ、そうだ。『強制服従』の解除方法、実はひとつ知っていたんだった。教えてあげる」
「え?」
魔王の手がパメラの左胸にめり込んだ。
『女神の輝石』を掴み、パメラの魔術回路に指を伸ばす。
「魔術回路を暴走させて破壊するんだ。ね、簡単でしょ?」
◯
すり潰されるような痛みがふっと消えた。
頭を上げると、少女は消えている。化け物も一緒に。
ティトは悔しさに顔を歪ませながら床を殴った。近くにいたネクタが驚いてグローシェの後ろに逃げる。
魔王の魔法が解けたのか白い空間は跡形もなくなり、足を踏み入れたときと同じ、崩れかけた建物の内部に戻っていた。
穴のあいた天井からは曇天が覗いている。
「……お嬢はどこに行った?」
「俺が! 知るわけないだろっ!」
ティトは怒鳴り声をあげる。
数秒して、気まずそうに顔をそらした。
「……すみません。焦りとか苛立ちがどんどん出てきてしまっていて……」
「いや、アタシも悪かった。もう少しタイミングを見て声をかけるべきだったよ」
「なんで姉御が謝るんですか……」
ティトは立ち上がり、周辺を見渡す。
彼ら以外に一切の気配はない。あそこまで巨大な魔獣がいたことが嘘のようにがらんとした廃墟だ。
魔法でパメラの位置を探ろうとしたが、魔力が枯渇していることに気づいた。攻撃や治癒で気づかない間に使い果たしていたようだ。
これ以上使えば生命力に手を出すことになる。単純に生命力が減るだけでなく、魔力の暴走が起こりやすくなると言われている。
そのためここで無理に魔法を使っても良い方向には向かない。無理に自分を納得させティトは深々とため息をついた。
もしパメラが命を落としているのならばネクタがいち早く気づくだろう。それかただのスライムに戻ってしまうか。
「お嬢の……なんていうかな。自分が犠牲になればまわりに被害がいかないだろう、みたいな考えは危なっかしいな」
自分が最初に投げ込まれた壁で探し物をしていたグローシェは、目当てのものを見つけ出した。
画面の半分がひびの入った魔導大板だ。端も欠けており、無事とは言い難い。
どうにか画面は表示されるが、買い替えを真剣に検討するレベルだ。
「……え? 魔王城に来てから一週間経っている……? 壊れたか?」
感覚としてはまだ半日も経過していない。
だが表示される時間はどう見ても一週間後の日付だ。
「時間の流れが外と違うんでしょう。現在の時計の進み具合は?」
「違和感はないな」
「なら安価も問題はなさそうですね」
「ああ。でも肝心の掲示板が復活していないと意味は――あれ?」
グローシェは驚いた声をあげる。
「アラクネットが復活してる!」
◯
結果的に、パメラの魔術回路は暴発しなかった。魔王は触れることができなかったのだ。
魔法陣が彼女の胸に浮かび上がる。魔王の指先から腕が結晶化し、カラカラと軽い音を立てながらひび割れていく。
繊細に編まれたレースのような魔法陣は淡いピンクの光を放っている。
「円美……?」
外側から剥がれていくようにして魔王の腕が崩れた。
口から血を流しながらもパメラは離れず、魔王の胸ぐらを掴む。ぐっと力を入れ、自分の顔に魔王の頭を近づける。
赤と黒の瞳と青い瞳がかち合った。
「一発殴ると、言いましたよね」
パメラの手の甲に白銀の――見るからに強力な魔法陣が浮かび上がっている。
並の魔法使いなら準備段階で魔力の枯渇を起こして数名は死ぬだろう、そんな代物だ。
「……ま、まさか」
「そのまさかです。本物の聖女パワーです」
「嘘だっ! 掲示板にアクセスできないはずだろ!」
「あなただけがアクセスできないんですよ」
「なんで!?」
「さあ? 問い合わせフォームから聞いたらいかがですか?」
まあその前に、とパメラは拳を握る。
「食らえ!! 聖女パワーッッ!!」
パメラは渾身の力で魔王の頬を殴った。




