聖女パワーをぶち込まれる楽しみにしておいてください! 1
魔王は一歩踏み出す。
安定しない足取りだ。今にも倒れ込みそうになりながら、さらに一歩。
だらりと下げられた腕、その手に握られている剣はガリガリと床に傷を作っていく。
「なんか胸のつかえが取れた気がするよ。つかえというか、刺さっていた剣を物理的に抜いたんだけど」
「……」
「めっちゃくちゃ喋りますねあいつ」
「久しぶりに喋ると止まらなくなるの分かるんだよな……」
パレミアム国にも『聖剣』はある。
それこそ、魔王を倒した剣として勇者が持ち帰ったと言い伝えられているものだ。
さすがに刀身は年月に耐えきれず崩壊寸前であり、儀式のときは代わりの剣が使われてはいるが、今も城内に大切に保管されている。
実際に魔王を貫いた剣ではなくとも、人々を安心させるために勇者がそう語ったとしておかしい話ではない。
『聖剣』と呼ばれるにふさわしい現物はたった今魔王によって変異されたが。
「ティト、お嬢、ひとついいか? これ、勝利条件は?」
「敗北条件ならパメラ様から『女神の輝石』が奪われるなんですけどね」
「……聖女パワー」
パメラはぼそりと言う。
「聖女パワーを彼に当てます」
「となると、アジ落ちだかサバ落ちだかがどうにかなるまでの耐久戦ですか」
「安価、誰か反応してくれそうか?」
「アラクネットのカスどもに祈る他ありません」
サーバーが復帰したとして、何人がすぐに気づくか未知だ。
さらには国王の急死も重なっている。宮廷内の情勢は乱れるだろう。その片鱗を国民が察知したら安価どころではないかもしれない。
はるか遠くの場所でくたばりそうな少女の動向を、誰が真摯に待っていてくれるのだろう。
あとアラクネットのバカどものことなので緊迫した状況にそぐわない安価を出す可能性もある。むしろ、安価に反応されないことよりもそちらのほうがあり得る。
「祈りながら、戦います」
「いいね」
グローシェは心底面白そうに笑った。
それから表情を引き締める。
「ティト、一回アタシが出る。そっからどうするか考えろ」
言うがいなや、グローシェは魔王に向かって駆け出した。
床から黒い水晶のようなものが生えるが、オークの硬い足は物ともせずに砕いていく。
横なぎに戦斧が振られる。それを、魔王は緩慢な動作で受け止めた。鋭い音が響き渡る。
戦斧から片手を外し、グローシェは魔王の左腕――入れ墨の入った腕を掴んだ。そのまま握りつぶす。力の抜けた魔王の手から剣が抜け落ちて落下する。
その隙を逃さず、戦斧を振りかぶったグローシェだったが動きが止まった。
「……!?」
まず感じたのは、激痛。彼女の手が魔王の腕を掴んでいる部分からじわじわと黒く変色していく。
わずかな思考時間を経てグローシェは戦斧を振り下ろす。確かに刃が魔王の身体に当たったが、感触としては薄いなめし皮を斬ったような、そんな軽いものであった。
魔王は足で剣を掬い上げるようにして拾い、その流れでまっすぐにグローシェに向かって突く。戦斧の側面で防ぎ、跳ね飛ばすと後退した。
そうしている間にもグローシェの腕に黒いシミが広がっていく。
「魔力の拒否反応だね。全身に回れば致死確実だけど、一段階上の魔力で上書きすれば治るよ――って、ああ」
魔王は首をかしげて微笑んだ。
「オークは魔力を持たないのか」
「……ムカつく野郎だ」
グローシェは膝をついた。力尽きたのではない。次への布石だ。
後ろからティトが駆けつけ、彼女の背に飛び乗り、跳躍をする。走りながら口にしていた魔法を魔王にぶつける。
火の玉が魔王の顔半分を焼き尽くした。
ティトは勢いを殺さずに魔王の胸に短刀を突き刺し、そのまま押し倒す。
「【イカデカコノ悪シキ者ニ深キ傷ヲ負ワセタマエ願イタテマツル】――!」
短刀の刺さった場所を中心に魔王の身体の表面にひびが入る。
そこから出てきたのは赤い血ではない。黒い霧だ。
「ひどいなあ」
嘆息と共に魔王は言葉を漏らす。顔の半分が焼け焦げていても支障はないらしい。
手にしていた剣の切っ先をティトの太ももに突き刺した。
ティトは歯を食いしばり、脂汗を額に浮かばせながら突き刺した短刀で一気に下まで切り裂く。
中身は空洞だった。
心臓も、肺も、胃も――生命活動に必要なものは存在しておらず、がらんとしている。
「残念ながら僕に内臓はもうないんだよね」
「はっ……、内臓がないぞう~って?」
「えー、めっちゃおもしろ~」
ふっとふたりに影が落ちる。
グローシェの足が魔王の頭を踏み潰した。それから動く腕でティトを抱き上げると即座に離れて距離を置く。パメラとネクタがふたりに駆け寄る。
「傷が……」
「パメラ様、俺は俺でやるので姉御を頼みます」
太ももを自己治癒しながらティトは呻く。
パメラはグローシェの腕に触れた。もう少しで肩まで黒いシミが届きそうだ。
「……私の魔力を注ぎますね」
「難しいのか?」
「治癒以外でひとの身体に魔力流し込むのが苦手なんです。一度、練習台の先生の指をふっ飛ばしてしまって……」
「それ後で言えなかった?」
「いきますね」
有無を言わさずパメラはグローシェの肩を両手で包んだ。
グローシェは自分の腕が失われる恐怖に一瞬身体をこわばらせたが、すぐにその考えは霧散する。暖かい液体を掛けられているような感覚が腕に流れ込んできたからだ。
痛みが失せていく。徐々に黒いシミがひいていき、完全に消えた。最後の最後で加減を間違えたか、爪にヒビが入ったが誤差の範囲だ。
「どうですか?」
「元通りだ……」
「よかったです」
「パメラ様の魔力で魔王の魔力を打ち消したってことですか?」
「はい」
「それって……」
「うん、そう。聖女ちゃんは僕に匹敵するちからがあるってこと。使いこなせているかは別問題とするけど」
気配も足音もなく魔王がすぐそばに立っていた。
顔と胴体の修復はされ、元通りの姿だ。攻撃など一切されていないかのように。
「ここまで頑張るパーティはいなかったから楽しかったけど、そろそろ飽きてきちゃった。もういいよね?」
言い終わるよりも前にグローシェとティトが同時に攻撃をする。
いずれも通ったものの明確なダメージはない。
ひらりと魔王が手を仰ぐとふたりは重しを乗せられたように床に崩れ落ちる。
パメラは片足を踏み出し、灌水棒の先端を魔王に突きつける。無言のまま魔法陣が展開された。
「聖女パワー(仮)」
「かっこかり!?」
魔王とパメラは、その場から消えた。




