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勇者亡き世で魔王退治を! 4

 パメラの影がぞわりと蠢いて無数の手の形に変わる。

 驚く一同に、影の手は軽く手を振った。


「もしかして、私が壊した祠の……」

「その認識で覚えられているのは複雑だけど、よく分かったね。そう、我々は根の国の神だ」


 根の国、と聞こえた時点で片手間に扱う相手ではないと察したのだろう。

 ティトは身振りでパメラへ会話に集中するよう伝える。


「なぜ、ここに?」

「我々は死のあるところならばどこにでもいる。――という答えが欲しいわけではないか。端的に言うと、少しばかり助力したいのです」


 様々な声が様々な口調で話すが自然と聞き取れた。

 パメラが答える前に不機嫌そうな声が割り込む。


『神が定命のものへ直接干渉するのはいいの? ロカポリー神すら間接的にしか聖女ちゃんに接触しないのに』

「さあ? 誰かさんのせいで死に、存在を折り重ね、神と成ったばかりの我々には何がいけないのかまだ分からないものでね」

『……。もう少し分かりやすく質問してあげようか? 神に成り立てのあなた方が、僕に勝てるとでも?』

「いいえ。我々はお前に殺されて今も利用される者たちが可哀想で……しかしそんな巨大ではあの世に手を引いてやれぬ……おお、おお、哀れになぁ……」


 根の国の神は泣き真似をしたが、ころりと声の調子を戻す。


「だが、そこまで砕かれれば我々もようやく連れていけるというもの」


 ネクタに影の手が伸び、黒く変色した場所を掴み何処かに消し去る。次の瞬間にはパメラの影は彼女の形に戻った。

 入れ替わるようにして、魔獣の周りに積み重なる瓦礫の隙間から、影の手が湧き出す。

 下へ下へ――硬いはずの床をたゆませて、ここではない場所へ魔獣を引きずりこんでいった。抵抗の様子はなく、むしろ委ねるようにして魔獣は沈んでいく。

 圧迫的に存在していた魔獣は消え失せ、がらんとした空間だけが残る。


「我々はここまでです。彼らの身体を二度と魔王に使わせないためには、奥深くへと案内しなければなりませんから」


 別れの言葉の時間も惜しいと言わんばかりにまくしたて、ふっと声が途絶えた。

 根の国の神が現れてから消えるまでのあいだ、理解が追いつかずただ見守っていたグローシェはそっとパメラに聞く。


「終わった……のか?」

「いえ。まだ本体がいます」


 一回り小さくなったネクタが跳ね、パメラの腕の中へ飛び込んだ。驚きつつも安堵したようにパメラは抱きしめる。

 ネクタは血で汚れたパメラの顔をぬぐってあらかたきれいにすると、定位置である頭の上に移動した。


「ああ、接待用とかほざいていましたからね。今から本体お披露目ですか、楽しみだなぁ」


 軽口を叩きながらティトは油断なく辺りに気を張り巡らせる。グローシェはパメラを自分のそばに寄せ、何かあればすぐに庇えるように体制を整えた。


「グローシェさん」

「ん? ああ……あんまり盾としては期待しないでほしいが、無いよりはマシだろう」

「魔王が狙っているのは私です。近いと、一緒に狙われてしまう……」


 グローシェはため息を漏らしてパメラの背中を優しく叩いた。


「悪いが、それで離れることはしてやれないよ」

「そうそう、一緒に狙われるか単独で狙われるかですよ」

「……――私はっ!」


 パメラが言いかけた時だ。

 どこが起点かは分からない。しかし壁が、床が、天井が、すべて白く塗りつぶされていく。瓦礫も取り込まれてまっさらな空間へと様変わりしていった。

 窓も出口もない、さながら白い箱の中のようだ。

 誰もが息を呑む。パメラとティトは濃い魔力を察知し、グローシェは強い敵意を感じたのだ。


 永遠とも一瞬とも思える静寂のあと。

 忽然と、それは現れる。

 

 異様な姿かたちをした何か。その風貌から男であることは辛うじて分かる。

 床にまで届く伸ばしっぱなしの黒髪。

 痩せて肋骨が浮き出た胴体。

 右手は鱗が生えており、左腕は入れ墨の入った線の細い腕。

 右足は腿から先が鳥の足であり、左足は血管が浮き出て脈打っていた。

 頬は火傷か薬品かでただれており、それが首元まで続いていた。

 落ちくぼんだ瞳は、左右が違う色だ。左が赤で、右が黒。どちらも光はなく、虚ろに一点を見ている。


 魔王、その姿だ。


 首元には銀色に輝く首枷が嵌められており、そこにつなげられた4本の鎖が天井から垂れ下がっている。

 そして、胸には剣が深々と突き刺さっていた。


「あー…。あ、ん? わ、わー、あー、えー、テステス。声帯使うの久しぶりだからうまく声出せてるかな?」


 ひび割れた唇からは先ほどまで聞こえていた声と同じものが出ている。


「あなたが、その姿が、魔王――」

「そう。改めてはじめまして、聖女ちゃん。なんというか、君たちそんなびっくりしないでよ。変な身体なのは重々承知しているし、僕だって本当はもっとマシな姿に変えたいぐらいなんだから……」


 ティトはグローシェに目くばせする。

 グローシェは小声で伝えたいことがあるのだと察するとわずかに屈み、彼の言葉をよく聞こうとした。


「ちんこがないですよ、あいつ!」


 けっこう大きい声だった。


「い、今はどうだっていいだろ……!」

「玉もない!」

「本当にどうでもいいから黙ってくれ……!」


 でもでもだってと続けようとするため、グローシェはティトの頭をわしづかむ。

 思わず魔王の下半身を見て目をそらした。「ね!?」と同意を求めてくるティトの頭に指の力を込めた。


「やめてあげてください、魔王が気にして服を生成しています」

「そういうのって黙っているもんじゃないの!? 仕方ないじゃん取られちゃったんだから!!」


 黒いローブで首元から足先までをすっぽりと隠しながら魔王は叫んだ。


「も~……。今までそんなことを言うひといなかったよ? 自分に恥じらいという感情が残っていたことにも驚いたけど」


 呆れた表情で魔王は鎖の1本を手にした。そのまま引っ張ると、鎖そのものが崩れて消える。残りの鎖も同じようにして外していくと、最後に首輪に手をかけた。

 紙を割くよりも簡単に、首輪は壊れる。

 パメラにはその封印が誰によって掛けられていたものか直感で分かっていた。初代聖女であり女神メァルチダが彼をこの場に留めるためにつなぎとめたものだ。

 それをあっさりと解いていく。


「魔法でもメンテナンスをしないで1000年も稼働するものはないよ、聖女ちゃん。封印は劣化するし、傷はふさがる。消えないのは憎しみだけだ」


 胸元の剣を引き出す。

 ひと振りすると、刀身を魔力が包み込み黒い刃が出来上がった。

 魔王は言う。


「やろうか、聖女ちゃん」


 パメラは掲示板を呼び出した。相変わらず503の数字が並んでいる。

 まだ、アラクネットは復旧しない。

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