勇者亡き世で魔王退治を! 1
魔王城に入って数時間が経過した。
先頭はティト、その次にパメラと球体で移動するネクタ、一番後ろはグローシェの順番で1列になって移動している。
「……おっと。床にもドアが生成されるようになりましたね」
ドアノブに足を引っ掛けそうになるのを寸で避けながらティトは言った。
ドアは最初は通路の側面に規則正しく並んでいたが、進むうちに不規則な並びとなり、次第に天井にも出現するようになっていた。とりあえず開けてはみるが、他のドアと同じくがらんとした部屋が存在するのみで何かあるわけではない。
「歩きづらくなって嫌だな。一番最悪なのが躓いた拍子にドアが開いて落とし穴よろしく落下しかねないことだが……」
「どうなるか私が予行練習としてやってみましょうか?」
「やめてくれお嬢……。命を張るな……」
「じゃあこのスライム落としてみます? あっクソこいつ打撃技繰り出してきた」
「やめろやめろ!! 今そんな事してる場合か!!」
真顔で提案するパメラと、小競り合いを始めたティトとネクタにグローシェはうんざりとした顔をしながら通路の先を見る。
一向に突き当たりがみえない。曲がり角や昇降のある道ならともかく一本道だ。道を引き返すことも試しに行ったが結果は変わらなかった。
魔王は歓迎しているのか拒否をしているのか――それも分からない。
不意にパメラが足を止めた。
じっと目の前を見つめている。掲示板を見ている動作だ。
しかし、どうも様子がおかしい。なにか焦っているようであった。
「お嬢?」
「パメラ様?」
ティトとグローシェに声をかけられ、パメラは我に返ったようだ。
「あの……掲示板が鯖落ちしました」
「なんだって!?」
「鯖……なんですって? 専門用語?」
「サーバーダウンだ。掲示板が利用できなくなった」
「ほほう……と、いうと?」
「お嬢が安価を使えなくなる」
「えっ、それまずくないですか?」
いくら『強制服従』が弱まっているといってもパメラは未だ呪いの支配下に置かれている。
魔法陣の展開も、あたりに漂う『それ』から魔力を借りての魔法使用も身体に負荷をかけなければ利用できない。
いくら不死に近い身体とはいえ体力的な問題はある。無理に身体を酷使して動けなくなる可能性があるため、魔王の前で行うことはリスクが高すぎるのだ。
安価が使用できないという状況下は、ティトが言う通り「まずい」。便所の落書き程度の価値しかないアラクネットではあるが、パメラの場合はその落書きにも頼らなければいけないため死活問題だ。
――頼みの綱の『聖女パワー』も彼女の意思だけでは出せない。
「魔導大板から見ても同じだ。いつごろ元通りになるか分からないぞ……」
ニチャニチャ動画のほうはまだ未発展なところもあるのでよくメンテナンスに入ったり挙動がおかしくなるが、アラクネットはもう十数年は続いている負のインターネット文化である。
想定されるものはあらかじめ予防線を張っておくか、実際のバカからの攻撃を受けてプロテクトを増強している。そのため最近ではちょっとやそっとした出来事ではこうならない。
そうなると想定外の攻撃を食らっているのか、とうとうチーム内部で意見が割れたか――。
「ネクタ。チャットルームに入れましたか?」
パメラに似た形をとったネクタはぎこちなく首を横に振る。
「……となると、私だけの問題ではないようですね……」
「チャットっていうのは――掲示板ではなくて特定の個人と話せるところだったっけ? それもダメなのか」
「はい。そちらもアクセスが出来なくなっています。そもそも作ったのは私のはずなんですけど……」
ティトはあまり自分が触れられない話に飽きたのか足元のドアを開け始めた。
生まれつき文字が「踊って見える」ために文字ばかりが並ぶ掲示板やチャットのことは彼にとって遠い世界でしかない。パメラが安価を使えないという情報だけ知れれば問題はないのでグローシェは放っておく。
「お嬢の、なんだっけ、魔法を使うための器官は変わりないか?」
「魔術回路にはなにも。『女神の輝石』も特に変化はありません」
「ティトは?」
「俺も魔術回路に問題はないですよ~」
ネクタとともに床下の部屋を覗き込んでいたティトは手のひらをひらひらと振った。
となると、やはりサーバーに問題が生じたと考えるべきだ。しかしアラクネットだけならともかくパメラの個人的なチャットも影響が出ているというのは納得がいかない。
「同時期に通信を妨害できる者、お嬢はなにか心当たりはないか?」
「そういうちからを持っているなら、魔王か、メァルチダか、トードリナです」
「メァルチダって、お嬢の?」
「そうです。しかしメァルチダは女神となるときに自ら自我を手放していると聞き及んでいますし、現に私が器となって以降彼女の意思らしいものは感じ取れません。その状態でサーバーエラー起こせるのかと言われると……」
ネクタと小突きあいながらティトが戻ってきた。
「創世神トードリナはそちらの勇者さんと初代の聖女さんによって封印中なんですよね? 封印を解くために暗躍している可能性もありますが、アラクネットを止める必要ってあります?」
「ないと思います。アラクネット開発陣は王都関係者ではありませんし、王都はあまりインターネットを好ましく思っていないため上層部は遠ざけています。もしトードリナが私の妨害をするならもっと前からしていたでしょう」
「なるほど、なるほど」
「そうか……」
実のところ、そんな感じはしていた。
ひとつひとつ可能性を潰していたのは自身を納得させるためと他者と情報を共有したかったからに他ならない。もっとも、女神たちの仕業だったところで最悪なことには変わりはないが。
今パメラからアラクネットごと安価を取り上げて誰が得をするのか?
消去法でなくても分かる。
魔王だ。
「パメラ様。魔王がどんな奴かは知りませんが――もし戦うことになったとしますよ?」
「はい」
ティトは穏やかに微笑んだ。
「万が一、俺が重症を負ったり魔王の駒にされたら即座に見捨ててください。息の根を止めても構いません。約束してくれますね?」
「……」
パメラは目を少しだけ見開き、首を小さく横に振った。潅水棒を両手で握りしめて俯く。
小さな子どもが納得のできないことを言われたかのように控えめで頑なな態度だった。
ティトはグローシェに視線を移す。彼女は肩をすくめてみせた。
「姉御。頼みますよ」
「はいはい。アタシのときも……いいな?」
「もちろんです」
パメラは青い目をティトとグローシェ交互に向けた。
ネクタは彼女に寄り添って事の成り行きを見守っている。
「――」
ひどく短い言葉がパメラの口からこぼれた。
なにに対してなのかは明言せず、それ以上を彼女は語らない。表情もさして動かず、事情の知らない者であれば風の音と聞き間違えたのではないかと思うほどだ。
パメラは長い瞬きのあとに唇を数度動かしてから声を出した。
「あなた方の覚悟に劣らぬように、私も覚悟を決めましょう。戦力としては頼りないでしょうが、聖女として役割を果たします」
毅然とした声音にティトとグローシェが頷いた。
その時、通路すべてのドアノブが一斉にガチャガチャと音を立て始める。天井、床、壁、あらゆるところから鳴り響き――始まりと同じように唐突に終わる。
気づくとあれだけあったドアは忽然と消え去り、ひとつの大きなドアだけが彼らの前を塞ぐように存在していた。
後ろを振り向けばのっぺりとした壁がすぐ背中にあり、後退の手段は絶たれている。
もう引き返せない。進むだけだ。
パメラは一同を見て、無言で同意を得るとドアノブを握った。
ゆっくりと開いていくと――草や苔、蔦に浸食された空間が広がった。
錆びついた鉄骨、ガラスがすべて割れた窓。上階の通路にある手すりはひしゃげており、そこを使って移動することはできないだろう。
その中心部に、歪な生き物がいる。魔獣だ。
10メートルはある大きさで、例えるならムカデのような形をしている。胴体は悪辣なパッチワークのように、金属部分や毛皮、皮膚で覆われている。
そこからは無数に様々な種族の手足が生えているが移動するには大きさも高さもばらばらで思うように動くことはできないだろう。
顔らしき部分には無数の目がついており、ぎょろぎょろとあたりを見渡している。
『こんにちは、聖女ちゃん』
「……!? こいつ直接脳内に!?」




