旅の終わり、世界の一旦の終わり
宿場の一階は旅人たちが出立前に軽食をつまめるサービスがある。
その端でテーブルに座り、いろは、くれは、円美はそれぞれを睨んでいた。中心ではチビ暗黒竜が果物を食んでいる。
暗黒竜退治からすんなり帰国したはいいものの、家と呼べる場所まではもう少しかかるのでここで一晩泊まったのだ。
「黒曜石みたいな色だし、黒曜でいいんじゃないかと私は思ったんだけどねえ?」
「俺はもっとかっこいい名前がコイツに似合うと思う。バーニングドラゴンがいい」
「僕はラブリーブリリアントスイーティーちゃんにしたい。異論は認めない」
議題はチビ暗黒竜の名前だ。
一夜温めていた名前を発表することになり、各々自信満々に答え――この有り様である。
全員自分の案を譲らない。
しかも方向性が違うため、妥協点もみつからなかった。
「ラブリーなんとかはさすがに生命の軽視にも程があるでしょ。短くわかりやすい黒曜が一番いいわよ」
「他の子と名前が被ってたらどうするのさ!? あといろはのバーニングドラゴンって安直すぎでしょ!」
「安直でいいだろうが別に! ラブリーブリリアントスィーティーはさすがに……さすがにやばいだろ。お前のセンスが」
とりあえず2:1でラブリーブリリアントスィーティーが劣勢であった。
話が平行線のため、第三者の意見が必要だと一致して彼らは声を揃えて問う。
「「「おやっさんはどう思う!?」」」
かれこれ1時間ほど言い争うバカたちに、店主は呆れ声を出す。
「全部混ぜるとか……?」
チビ暗黒竜は「黒曜バーニングドラゴンラブリーブリリアントスィーティー」となった。
しばらくすると、あまりに長すぎる名前のためにくれは以外は「スー」と呼ぶようになった。
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いろはは泉の精霊にいたく気に入られてしまい森を出られない呪いをかけられ、一行は一週間彷徨うことになった。
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魔獣からパレミアム国の第二王女を救ったことで、第二王女がくれはに惚れ、文通から開始した。あまりに内容がカスのため円美の添削が入った。
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創世神トードリナは災厄の日について語った。すべてを破壊し、混沌を引き起こす存在が生まれると。
いつ起きるのかは答えなかった。
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円美はどんなひとが相手でも治癒を施した。お代はもちろんもらっていた。宝石から、道端の花まで。
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パレミアム国の近くを通りがかった奴隷商の隊列を強襲し、奴隷となりそうだった人々を救出した。送り届けた先でトラブルが起きたりして、3ヶ月は国に戻れなかった。
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創世神トードリナからの神託により、魔獣を倒しにいった。
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スーはすっかり大きくなり、ベッドで寝るには窮屈となっていたが諦めずにいろはやくれはと添い寝した。いろはは毎回布団を取られてキレたし、くれはは床でよく目覚めた。
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彼らが異世界に来てから4年が経った。
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喧嘩をした。
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「なるほど、これが君のたどってきた旅路なわけだ」
白衣の男はディスプレイを興味深げに見ていた。
その横には手術台に全裸で横たわる若い被験者がいる。彼から言葉は発されない代わりにせわしく眼球が上下左右に動きまわっていた。
身体には黒いインクで魔法陣がいくつも描かれている。どの国でも使用が禁じられている魔法ばかりが皮膚を彩っていた。
いくつものコードが被験者の頭に伸びている。電極だけでなく直接針状のものも頭に刺さされていた。
頭部だけではない。身体中があらゆる管やコードにつながっており、さながら蜘蛛の糸に捕まったかのようだ。
手足は拘束されていない。だが、被験者は動かない。禁術により動きを制限されているため、どれほど意識下では逃げたくとも逃げられない。
「異世界になんの義理もないだろうに、人助けをしてきたその高潔な魂は称賛に値する」
白衣の男の表情はぴくりとも変わっていない。本心でないことは誰が見ても明らかだった。
ガラスで仕切られた隣の部屋を男は温度のない目で見る。拘束魔法と太い杭で自由を奪われたスーがぐったりとしていた。
その部屋の隅では耳の先端を切られたエルフが虚ろな表情でなにかをつぶやきながら次の実験を待っていたが――被験者からは見えない。
「君がいなければ我々は暗黒竜にも会えなかった。礼を言う」
白衣の男は視線を被験者に戻した。
「さて、お人好しの異世界の民。今度は我々の技術の発展のために助けてくれないか」
「……、……」
「とはいえ、奴隷使役術式をかけられているから君には拒否権は存在しないが。まああれだ、一応の承諾を得たほうがなんとなく気持ちが軽くなるからね」
画面の数値を確認し終えた白衣の女が、男に近寄る。
やはり、被験者を見る目にはなんの感情も乗っていない。作業台に乗る物質を確認した、その程度だ。
「ダーリン、お話は終わり? もう始めたいのだけど……」
「ああすまない。準備は済んだ、始めよう」
男と揃いの指輪をつけた女はにこにこと笑いながらを魔法陣を展開し、同時に機械のスイッチを押した。
耐え難い激痛が被験者を襲う。しかしうめき声をあげることすら許されず、自身の苦痛を外部に伝えることはできない。
きゃらきゃらと少女の笑い声が彼の頭に流れ込む。幻聴ではない。トードリナだ。
『痛そ〜。でも、痛みを感じてるならまだ大丈夫だね!』
「……」
『災厄まで頑張ってよ? そしたら、元の世界に戻してあげるから!』
その言葉を最後に被験者は、いや彼はトードリナの声を聞かなくなった。
それでも、すがっていた。
いつかは自身の片割れと円美が助けに来てくれると。
いつかは、いずれは――。
僅かな希望にすがらなければ気が狂いそうだった。あるいはもう狂っていたのかもしれない。
度重なる実験の末。
最後には、彼は自分の名前を思い出せなくなっていた。他にも、自分に指があったこと、目玉が2つあった事、声を出せたこと。それらを忘れていたから。
なんのためにふたりを待つのか忘れかけていたが、それでも待っていた。
――結果的に、災厄は起きた。
片割れと円美は確かに来た。
彼とスーはその時まで生きていた。
ただ、ひとつ予想とは違っていたのは、彼は『倒す側』ではなく――『倒される側』であったこと。
生命を奪った。弄んだ。潰した。溶かした。
神々を乱した。消した。融合させた。分裂させた。
あらゆる技術が損なわれた。失われた。投げ出された。破壊された。
ひとつの神話を終わらせたその存在の名を、魔王と呼ぶ。
「ここまで来てしまったのなら仕方がない。早くおいで、聖女」
魔力を押し固め接続したアラクネットの掲示板を流し読みしながら、ソレは呟いた。
「僕はここにいる」




