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異世界からの英雄たち

 日が昇る少し前の時間帯。

 森の中はしんと静まり返っており、あらゆる生き物が眠っているかのようだ。

 ――ただ一匹を除いては。


 牙の鋭い四つ足の魔獣が大気の匂いを嗅いでいる。

 つい2日前に襲い、手負いにしたヒトらを追ってここまでやってきたのだ。食事以前に、確実に獲物の息の根を止めたいという執念の強さが魔獣にはあった。

 一歩、また一歩と魔獣は手負いの獲物に近づかんと歩みを進めていく。

 その先には小さな村がある。

 細々と農耕で食いつないでいる村だ。魔獣への備えや戦力などあるわけもない。近隣の国へ助けを求めても、まず相手にはされない。貴重な戦力を貧しい土地に割く理由はないからだ。

 だがら、なすすべもなく蹂躙され、跡形もなく消えていくことを息をひそめて待っている。


 魔獣はとうとう踏み固められた道を見つけた。何度も何度もヒトが歩き作られた道で、生活が営まれている場所が近いことを示している。

 鼻を鳴らして走るために足の筋肉を盛り上がらせた時だ。


「えっと、【お願い、魔獣を足止めしてください!】」


 たどたどしい詠唱とともに魔獣はつんのめる。

 魔獣は唸り声を上げながら立ち上がると、声の主を確認しようと鼻を動かす。

 目の前。姿は見えないが居るということを確信して頭から突っ込む。が、張られた魔法の盾により魔獣は跳ね返された。


 魔法の盾が解除されると同時に、姿を隠す魔法も解除されてふたりの少年が姿を現す。

 似た顔つきの少年だ。どちらも詰襟の制服を着ているが、長剣を持った少年は着崩しており、魔法杖を持った少年はかっちりと着込んでいる。

 魔法杖の少年は青ざめた顔で長剣の少年の後ろに隠れていた。


「これさ、ちゃんと仕留められる!? 大きくない!? 牙、百本ぐらいない!?」

「安心しろって、ちゃんとやっつけるから。聞いていた話と特徴が一致しているな。こいつで間違いないだろう」

「倒せる!?」

「倒しますけど!? そこの木の後ろ行っとけ!」


 魔獣は体制を整え、目前の邪魔者を睨みつけた。蹄で地面を掻き、土がえぐれていく。

 長剣の少年も剣を構えてするどい眼差しで相手を見据える。


 同時に動き、交差した。

 一拍。

 魔獣の身体から血が吹き出して重い音を立てながら倒れる。


「……やったの!?」

「やってないフラグだろそれ」


 油断なく長剣の少年は魔獣に近寄った。魔法杖の少年も彼の背中からおっかなびっくり覗き込んだ。

 血がだくだくと傷口から洩れ、目は閉じている。


「杖でちょっと突いてみてくれ」

「う、うん」


 魔法杖の少年はそろりと魔法杖で魔獣の足を小突こうとした瞬間。

 ばちっと魔獣は目を開け、首を上げてびっしりと刃が生えた口を開けて目の前の長剣の少年の腕に嚙みついた。

 長剣の少年は一瞬顔をしかめたものの剣で喉元を突き刺し、捻りながら剣を抜けば大量の血が剣と少年の手を濡らす。

 魔獣は喉の奥から血の泡を吐き、今度こそ本当にこと切れた。


「いろは!」

「いてえ~! めっちゃいてえ! くれは助けて!」

「ま、待ってね、【お願い、魔獣の口を開けてください】」


 唱え終わると魔獣の顎がばきばきと嫌な音を立てながら開く。

 解放されたもののずたずたになった腕を見て、長剣の少年はこれ以上なく嫌な顔をする。


「今はアドレナリン出てるからそうでもないけど、これから絶対痛くなるやつだ……」

「大丈夫……?」

「分かんない……」


 似た顔を同じように歪めていると、村の方から駆けてくる足音が聞こえた。


「いろはくん! くれはくん!」


 セーラー服の少女だ。真っ青な顔で、息を上げながら走り寄ってくる。

 まず長剣の少年の腕を見て、次に血だまりに沈んだ魔獣に視線を移す。


「これは……何があったの?」

「俺らで倒しました。イェイ」

「い、イェーイ……」


 自慢気にピースする長剣の少年と、控えめに真似をする魔法杖の少年。

 少女はぽかんとした後、頬を引きつらせながらこぶしを作った。

 やべ、と少年たちは顔を見合わせる。


「いつもいつも無理をすんなって言ってんのに……このバカども!!」

「ちょっと待って! 俺怪我人なんだけど!」

「そうだよ、治療が先じゃないかな!?」

「やかましい! 殴ってから治療します!」


 げんこつの音が響く中、朝日が昇りあたりが明るく照らされていった。


□□


 安藤いろは。

 安藤くれは。

 千田円美ちだまるみ

 彼らはいわゆる異世界トリップと呼ばれる事象に遭い、この世界に飛ばされてきた高校生だ。 

 創造神トードリナは3人へいずれ襲い来る災厄から世界を守ってほしいと頼み、魔力を与えた。

 従う道理はなかったものの、災厄が除けられたら元の世界に戻す――つまり解決しなければ元の世界には戻れないことを告げられ、飲み込むしか選択肢はなかった。

 以来、最初に訪れたパレミアム国に身を寄せ、依頼を受けたり気になる情報を聞いてはちからを強めるために国内外を飛び回っている。


 いろはとくれはも魔法の力は申し分なかったが、ずば抜けて円美が優れていた。複雑である治癒魔法を使いこなし部位がそろっていればきれいに治すことができるのだ。

 パレミアム国の本心は円美を外に出さず囲っておきたいようであったが一方で機嫌を損ねて逃げ出されても困ると判断したのか今のところ自由の身である。

 とはいえ野放しではなく見張りはいる。毎回追跡されていることに3人が感づいては撒くのがおなじみとなりつつあった。


「怪我を負った村人を治療しただけでなく、魔獣退治まで……なんと礼を言えばいいのやら……」


 騒ぎを聞きつけてやってきた村人たちは魔獣の死体を見てすべて理解し、涙ながらに長剣の少年――いろはたちに頭を下げている。


「泊めていただいた恩です。そうじゃなきゃ魔獣がここに来るなんて知りませんでしたから」


 困ったように笑いながらいろはは答えた。腕の傷も穴の空いた制服もすっかり元通りだ。代わりにたんこぶができているが。

 円美は黙って微笑んでおり、魔法杖を握りしめたくれはは極力人々と目を合わせないように明後日の方向を向いている。


「お礼をねだるのもなんですが、朝食をいただけませんか?」

「おお、そのぐらいすぐにご用意いたしましょう!」


 周りに指示を出し始めた村長から2、3歩下がると小声でふたりにいろはが問う。


「……こんなんでOK?」

「OK」

「OK」

「よし……」


 たまにとんでもない謝礼を渡してこようとするところがあるので先手を打とうという話になったのだ。

 一族に伝わる宝石とか、当主の娘とか、内臓とか、何かの毛皮とか、奴隷とか、様々だ。断るのも骨が折れる。

 宿や朝食の要求ならまあいいのでは、という結論に至った。なんかひとり五人前とか不吉な言葉が聞こえたが気のせいということにする。


「朝飯食ったらちょっと寝ようぜ。暗黒竜の巣に行くんだからコンデションはしっかり整えないとな」

「わたしも賛成」

「僕も」


 異世界で、魔法なんてちからをもらって、いつか来るという災厄を見据えながらの生活に3人は慣れたわけではない。

 だが幼い頃から一緒に過ごしてきた仲間がいるから乗り越えてきた。たまに喧嘩はするが互いを思いやるからこそだと理解している。

 これからもそれは変わらない。

 





 そのはずだった。



 

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