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僧侶とスライムと聖女

 漁村。

 古い倉庫を改造して作った賭場は、異様な雰囲気に包まれていた。


「もう一戦、やらせてくださいよ――」


 不敵な笑みを浮かべながら言う男の名は、ティト。

 数ヶ月に難破船が隣町に漂着し、そのまま移住した者たちのリーダー的立ち位置にいる人物だ。

 隣町とは交流があるので賭場に現れるよりも前から情報は仕入れていた。町を害しているならば暴力も辞さない――と動向を見張っていたが、他の漂流者たちとともに畑仕事や漁に勤しむばかりで今のところ怪しい動きはない。

 と、思っていたのだが。


『やっぱり賭け事がないと人生って色褪せてしまうんですよね。そんなわけで朝焼けの空みたいに鮮やかな色を取り戻しに来ました』


 突然訪れたティトに、賭場に集まっていた輩は恐怖した。

 何を言っているか分からなかったからだ。恐怖は未知から来るのである。なにが「そんなわけで」だ。

 しかも足元にはスライムがいる。ティトの歩みに合わせて動くのでどうやら従えているようである。

 恐怖に恐怖を重ねると人は何故か冷静になった。まあ……やりたいならやれば……? と彼を席につかせた。


 そして――……


「なァにがもう一戦だバカヤロー!!」

「自分の力量も分からないんか!?」

「お前もう賭けるモンねーだろ!!」


 ボロ負けしていた。


「アッハッハッハ! ウケる〜!」


 そもそもこの賭場、そこまで厳しくはなかったりする。

 雅な趣味など持てるほど裕福ではなく、娯楽が少なく仕事以外の時間を持て余す男たちの暇つぶしだからだ。

 胴元は生活が破綻しない程度に、儲けすぎて周りから反感を得ない程度に調整しながら行っている。

 独自ローカルルールを使い旅人から銭を巻き上げることは確かにあるが、ここまで負けるバカは誰もが初めてであった。


「ウケねえよ帰れよ」

「笑うな」

「最悪なタイミングでなんでツッパすんの?」


 ひとしきり大笑いしたあと、ティトは神妙な面持ちで服を脱ぎ、畳んだ。

 頭に巻いた布とパンツ以外、身に付けるものはなくなり、筋肉質の身体が存在を主張していた。

 唖然とする周りをゆっくりと見回して息を吸う。


「服、賭けられます?」

「賭けられるわけねェよなに考えてんだ」

「頭ン中腐って溶けてんのか?」

「ほんま帰って」


 非難轟々である。

 ティトはやれやれと傍らにいたスライム――ネクタを持ち上げた。


「じゃあコレは賭けられますか? 煮ても焼いてもいいんで」

「!?」


 ネクタはうねうねと暴れる。逃げるより溶かしたほうが手っ取り早いことに気づきティトの表皮を吸収し始めた。

 惨事になる前にティトは治癒を開始するので傍目にはなにも起きていないように見えている。

 このふたりにとっては普段通りの流れであった。毎日のようにこのように争っている。お察しの通り非常に仲が悪い。


「魔物を賭けるな」

「帰れ」

「やめろよ嫌がってるだろ」


 ほかで賭博をしていた連中も手を止めてこの騒ぎを遠巻きに眺めている。

 いったいどちらが折れるのかと、それすらも賭けの対象になりつつあったときだ。

 倉庫の出入り口から息も絶え絶えにひとりの男が飛び込んできた。顔は真っ青で失禁したのか股間が濡れている。


「出、出たぁっ! お化け!! 海にお化けが立っていた!!」

「お化けだア? ハハハ、今更何をびびってんだ」

「この前船から落っこちたムゾのとっつぁんじゃないのか?」

「ちゃんと引き上げて弔ったぞ」

「じゃあナケじじいか?」

「ナケさんは化けて出てくるタマかねぇ」


 本気にしているのかしてないのか、ざわざわと好き勝手言葉が交わされる中でネクタはティトの手から離れる。

 そしてなにかじっと考えるように静止した。たまにある行為で、まるで誰かと交信しているかのようだ。

 その様子を見たティトは立ち上がる。


「そのお化けというのはどのような容姿ですか?」

「え!? なんでパンイチ!? ――あ、容姿、容姿だよな? ま、真っ白な髪によ、白い服着た女が、浅瀬に突っ立っていたんだ。遠目だが、ありゃ子どもだな」

「白い女性ですね?」

「あ、ああ……」


 問い返すティトの横でぴょん、とネクタは跳ねる。そのまま丸くなり転がって出入り口から出ていってしまった。

 ティトも靴を突っかけて追いかけようとする。ふと気づいたように賭場を振り返った。


「すいません! 一旦抜けます!」

「帰れよバカヤロー!」

「服は着ていけ! おい!」


 怒号を背にティトとネクタは海へ向かった。

 


 星の輝きが水面を照らしている。

 並んだ小舟が並ぶ先、水平線の手前に目を凝らす。いくら星明かりがあるとはいえ、夜の海だ。暗闇が広く腕を伸ばしている。


「ネクタ、あの人だと確信しているんですね?」

「……」


 ネクタはなにも言わない。声帯がないのだから話せないのだ。

 それでも自分の柔らかな身体を使い肯定を示す。


「なら、どこに……」


 つぶやいたとき、波の音にまじりメロディが耳に入る。かすかではあるが気のせいではない。 

 ティトとネクタはそちらへと向かっていく。

 次第にそれがたどたどしい歌であることに気づく。そして、声の主の姿も。


 膝までを海水に浸けた白銀の髪の少女は、浜辺に背を向けていた。

 それでも、ティトには、ネクタにも、誰なのかがすぐに分かった。


「パメラ様!」


 ティトは声を張る。

 歌が止んで、少女は振り向いた。最後に見たときより髪は伸びたが、それ以外は変わりがない。

 ネクタが波に飛び込もうとする寸ででティトは掴み、肩に乗せた。そのままざぶざぶと海へ入る。


「ティトさん、ネクタ――」


 パメラはふたりのもとに歩いていこうとして、砂に足が沈みその場から動けなくなる。


「引き潮ですから勢いが強いんですよ。どうぞ、手を」

「……ありがとうございます。なんで下着しか着ていないのですか?」

「色々ありまして」


 陸まで出るとネクタがパメラに飛びついた。


「……ネクタ、大きくなりました?」

「もりもり食べてましたから。改めて、お久しぶりです。パメラ様」

「お久しぶりです、ティトさん。……様ってつけるのはやめてください」

「いいではありませんか。俺がそう呼びたいだけです」


 パメラは納得していない表情だが、ティトとしても変えるつもりはない。

 ごまかすように話題を変える。

 

「きょうだいも喜びますよ。今は寝ているでしょうから、明日の朝にでも会いに行きましょう」

「ちゃんと面倒見てくださったんですね。ネクタのことも」

「そりゃあ、文字通り命をかけたあなたの願いを反故にするほど俺も酷くありません。そこのスライムは24回ぐらい売ろうか考えました」

「仲悪いのですか?」

「嫌よ嫌よも嫌のうち、ですよ」

「仲悪いんですね」


 風が出てきた。積もる話はあるが、一旦休むべきだろう。


「隣町で部屋を借りているんです。少し歩きますよ」

「ええ、大丈夫です。その前に、ティトさん」

「なんでしょう?」

「服を着てくれませんか?」

 


 


 

 

 

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