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中隊長と聖女

 南海のキイダゥ。

 あるいは、国家保安軍第一中隊長。

 そして絶賛思春期の娘を持つ悩めるパパである。


 数日前に起きた事件の報告書を書いたり読んだり叱ったり叱られたりの後処理がどうにか終わり、怒りの振替休日の真っ最中だった。


「ぎゅー」

「ぐえー」


 娘のナアテァが数日前から居候しているヒトに抱きついた。

 ようやくヒトの脆い身体の構造に慣れたらしく骨が折れる音はだいぶ減っている。毎回折れてはいる。

 呆れるキイダゥの横で妻が怒った。


「ナアテァ! あんた庭の掃除はしたの!?」

「後でやる!」

「それ今日で3回目よ! さっさとやらないと穴という穴にカニのはさみを詰めるからね!」


 よくある母親の脅し文句である。カニもいい迷惑だなと思ってしまう。

 ナアテァは舌をべーっと出したあとにしぶしぶ庭へ行った。子供が嫌いな家事のひとつに入る、流れてきた海藻を取り払う仕事をするのだ。放置しておくと根付いてしまうので大事な仕事であるのだが。


「ごめんなさいねパメラさん。嫌なら嫌と言わないと、あの子分からないんだから」

「大丈夫ですよ。私も構っていただけてうれしいので」

「あら、そう?」

「はい」


 にっこりとパメラは笑う。

 完璧な笑顔だ。大人なら世渡りのひとつだと思うが、子どものうちからこんなにも隙のない笑顔が作れるのは少し心配になる。


「やだ、もうこんな時間。じゃあわたしは集まりに行ってきます。あなた、ナアテァがきちんとお仕事したか確認してくださいね」

「ああ」

「それからパメラさんに変なことを言わないようにお願いします」

「……ああ」


 わりと直接的に『粗相はするな』ととげを差された。パメラへの扱いがぎこちなさ過ぎるからだろう。

 完全に水の揺らぎが無くなるのを確認して、キイダゥは肩を下ろす。その様子を見てパメラは口元に手をやった。


「サメに勝てる中隊長様でも、奥様は怖いですか」


 海を越えた(まだ越えてはいないが)あたりから言語の制約がだいぶ減ったらしい。

 国や術者から離れたからだろうとパメラは言っていたが、キイダゥからすればここまで来てなおも自由の身になれないのかと思ってしまう。


「悪かったな、妻には逆らえなくて……」

「良いではないですか。いくら強くとも、大切なひとと自然体で過ごす時間は必要でしょう。とくにあなた様のような立場であるならば」

「……出来すぎた回答だ」

「そうでしたか?」


 淀みなく口に出るということは、慣れているから。

 この旅の間というのは考えづらい。母国で『聖女候補』の頃に学んできたのだろうか。

 大人の機嫌を見ながらおべっかを使うのは不健全だなと考えてしまう。少なくともナアテァは大人に生意気な口を利く年頃であるし、キイダゥも同じぐらいの年齢の時は媚のひとつも売れなかった。

 説教したときもさんざん反抗的な言い訳をしていたナアテァとは対照的に随所で「求める謝罪」をパメラはしていた。スレを見ていれば本心だとは思わないが。

 くだらない周りの会話を漏らさず聞いて、耳障りの良い返答を返すことが世渡り的には正しいとしても、それは『聖女』に必要なのか。


「肯定と受容と、最後に相手を持ち上げるようなことを意識すれば簡単ですよ」

「参考にさせてもらおう」

「それと、キイダゥ様に申し上げたのは本心です」

「素直に受け取っておく」


 これは彼女なりの、親愛から来るやり取りなのだろう。まったく可愛げがないが。

 パメラは家の中を泳ぐ魚に視線を向けた。

 どうやら陸では魚に近い大きさの生き物が当たり前に家に入ることはないとのことで、何か少しでも派手な魚が来ると彼女の目はそちらへ行く。

 こういう時は年相応な顔だと思いながらキイダゥは聞く。


「ムシと、雪と、海か。外に出てみてどうだった?」

「うーん……そうですね」


 伸ばした人差し指から小魚が逃げるのを残念そうに見送りながらパメラは答えた。


「文化の違いを見るのは確かに面白いのですが、疲れます。世界がこんなに広いと知りませんでした」

「だろうな」

「それから、皆様異種族の私にとても優しくしてくださる」

「随所随所でひどいのはいるだろ……。ここだって、お前の国よりは扱いは杜撰だと思うが」

「そうですか? 話しかけて困られこそされますが、無視されたり唾を吐かれていませんよ」

「どんな仕打ちされてんだ!? 聖女候補だったんだろ?」

「私はドゥーなので」


 キイダゥはパメラの顔をそれとなく見る。

 変わらず平然とした表情だった。言葉端にわずかに寂しさが覗いていたのは、気の所為だったのか?

 キイダゥの視線に気づき、パメラは気まずそうな表情を浮かべた。


「ごめんなさい、気持ちの良い内容ではありませんでした。気持ちが緩んでいるようです」

「……」

「スレには書かないでください」

「書くわけないだろ」


 真っ先にそれがでてくるあたりネット中毒者である。

 

「スレ民、人の不幸を聞くとその場では同情的に振る舞うくせにのちのちどうでもいいときに話題に上げて騒ぎ立てるので」

「もう少し健全なネットをしなさい……。アラクネットなんて性格が最悪なクソしかいないんだから……」


 そのまんま自己紹介になってしまうなと苦い顔をする。

 まあ少女の行き先を匿名で指示しているあたり、クソ以外何物でもないのだが。


「終わんないっ! パパ手伝って!」


 疲労困憊といった表情でナアテァが顔を見せた。頭には海藻がくっついている。


「しばらくサボっていたからだろ」

「う〜! でも大丈夫だと思ったんだもん!」

「仕方ないな……あくまでナアテァがするんだぞ、分かっているな?」

「わーい、パパ大好き!」

「調子いいことで」


 キイダゥとナアテァとの関係は思ったよりも早く修復に近づいている。距離の詰め方はナアテァのほうが上手かった。

 とはいえ、油断をしてはならないが――

 今までの子どもたちは放任でも良かったので同じようにしてしまったのがいけなかった。考えればほとんど家にいなかったのも反省点である。


「いいのですか? 甘やかして」

「まあ、たまにはな。……そっちだって大層な理由を並べて俺の家に居候したのはナアテァのためじゃないのか?」

「怖い思いをさせた責任は感じていたので。思ったより気にはしてなくて良かったです」

「律儀だな」

「中隊長様の一人娘を寂しがらせるわけにもなりませんもの」


 そういえば家族構成を話してなかった。


「あいつは末っ子だ。上のとは10歳離れてるし、そっちは家もでている」

「あら。ふたりきょうだいですか?」

「12人」

「じゅうにっ……!? マーフォークはお子様が多いのですね」

「ヒトはどうだか知らないがだいたい5、6人だ」

「あ……そうですか……」


 ラブラブなんですね、と言われたがそのラブラブの意味が分からなかったのでキイダゥはとりあえず頷いた。

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