1 最初の戦い
大きな叫び声が背後から聞こえてくる。
「小僧、後ろだ!!」
すばやく振り向くと醜悪で巨大な生き物が自分のすぐ後ろに立ち大きく腕を振りかぶっている。
俺の二倍はあるであろう身長、浅黒く盛り上がった筋肉の配置は明らかに人間のそれとは違っている。4つある目にはそれぞれ憤怒の色が浮かんおり、大きく飛び出た牙からは赤い液体が滴っていた。
一瞬後にはその腕の先についている鋭い爪が振り下ろされ体が引裂かれるであろうことが予想できても体が動かない。
避けることも、受けることも不可能だと理解した俺は、無様なことに俺は目をつぶった。
諦めた訳じゃない。
だが他にできることはないと体が理解していた。走馬灯などを見る暇もない。ただ後悔という感情が自分を支配していることだけは気づいていた。
瞬間、閉じたまぶたを突き通して閃光が網膜に届く。
ほぼ同時にハンマーで叩かれたような衝撃と爆音が全身を襲い、身体のあちこちが硬いものに打ち付けられた。
何が起きたのか理解できず、目を開くと自分が地面に転がっていることに気付く。衝撃で平衡感覚を失っている上に着慣れない甲冑のせいで立ち上がるのに時間がかかったが、なんとか体を起こし周りを確認しようやく何が起きたのかを理解した。
俺が立っていた城壁の武者走り用の通路は大きな衝撃を受け石造りの床が大きく砕けている。その中心には先ほどの生き物がうずくまっていた。
背中に生えていた翼は片方が根元からもげており、身体の半分程が焼きただれたように変色している。まだ息はあるようだがもはや行動は不可能な様だ。
「とどめだ!小僧!」
耳鳴りがまだ止んでいなかったが隊長の怒鳴り声はなんとか聞こえた。
自分の腕に意識的に命令を下し、なんとか鞘から"刀"を抜き化け物に近づく。
この世界の住人が実際に生命体だということを聞いてからは、殺傷ということにかなり敏感になっていたが、自分に害を為す生き物にまでは仏心を持つことはできない。
爆発の原因がいる塔にチラッと目をやる。
こちらからは中は確認できないが、そこにいる人物達がどんな気持ちでこちらを見ているのかは想像出来た。
用心深く近づきながら訓練で叩き込まれた内容を反芻する。
完全に動けなくなり、床に這いつくばっている化け物の首筋に焦点を合わせ、深呼吸をしゆっくりと刀を振りかぶった。
異変に気付いたのか、身体同様にぼろぼろになっている頭をこちらに向けた。呼吸音とも声ともつかない音が喉から絞り出されている。
その瞳を見る前に俺は刀を振り下ろした。肉が裂け、骨に当たる。刃はそこで止まってしまった。
「確実に胴体と首を切り離すことによって再生を防げ。とにかく切り離すんだ。一太刀でなんて思うな。到底貴様らには無理だ。動けなくなったら、無様に何度でも奴等の首に刃を叩き込み、削り、引き剥がせ。それがお前らが生き残る唯一の方法だ」
もう一度振りかぶり、振り下ろす。鈍い音と、高い音が混ざり合う。血しぶきが上がり俺の顔にかかる。