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第九話 「孤独の採取者」


 クリムに手を引かれてやって来たのは、王都にある大きな神殿だった。

 様々な神聖的儀式を行う場所で、一般市民にはあまり馴染みがない。

 私もここに来たのは一度か二度だけだ。

 たぶん他の人たちもその程度だと思うけど、騎士とか冒険者は頻繁にここにやって来ていると聞いている。

 その理由は……


「ショコラが“称号”を授かってないかどうか、ここで確かめる」


 称号。

 神様から祝福されて授かる“加護”のこと。

 先天的に授かる称号と、後天的に授かる称号がある。

 前者は完全に運と血筋によって発現するものだけど、後者は特定の行動をして条件を満たした者が授かることができる。

 そして称号には付随している能力があり、それらは『スキル』と呼ばれている。


 神殿では神様に祈りを捧げることで、人に宿っている称号やスキルを確認することができるのだ。

 それらを映し出したものを『ステータス』と呼び、神様から授かった恩恵のすべてがそこには記されている。

 で、こうして神殿に連れて来られたということは……


「もしかしてクリムは、私が何らかの称号を授かってるから、性質付きの素材を採取して来られたんじゃないかって考えてるの?」


「それくらいしか可能性はないだろ。まあ、そんな称号聞いたこともないから、正直可能性は低いと思うけどね。でも一応調べておこうと思って……」


「そ、そういうことだったんだ……」


 ショコラの体のことが知りたいんだ。

 なんていきなり言うから、本当に何をされるのか戸惑ってしまったものだ。

 紛らわしい言い方をせず、最初からそう言えばよかったのに。


「でも、ステータスを調べても意味ないと思うよ。私、昔に村の教会でステータスを調べたことがあるけど、何の称号も持ってなかったし。今日まで素材採取係しかやってなかったんだから」


「だから一応って言っただろ。もしかしたら何かの拍子に称号の取得条件を満たして、それで得た称号が性質付きの素材に関係してるかもしれないんだから」


 まあ、“絶対”にあり得ないとは言い切れないからね。

 それに他に考えられる可能性もないから、クリムの言う通り調べてみてもいいかも。

 そう思った私は、クリムと一緒に神殿の奥へと進んで行った。

 そこには男性の聖職者さんがいて、さっそく調べてもらうことになる。

 ステータスを調べる方法は、神殿にある“巨大な鏡”――『神鏡(しんきょう)』に触れながら式句を唱えるというもの。

 鏡は神様との親和性が高く、それに触れることで神様とより近い距離で対話ができるという。

 特に神殿に設けられた神鏡(しんきょう)は神聖な力を蓄えていて、神様からの啓示を聞くのに最適だと言われているのだ。


「では、神鏡(しんきょう)に触れながら式句を唱えてください」


 聖職者さんに促された私は、後ろでクリムが見守る中で奥の壁に設けられた巨大な鏡に手を触れる。

 純白の飾り枠は波打つような模様で、天窓から射し込んでいる陽光が全体を眩しく照らす中、私は言い間違いがないようにゆっくりと式句を唱えた。


「【我が身に宿る恩恵を映し出せ】」


 瞬間、鏡面がほのかに白い光を放ち始める。

 それはじわりと形を変えていき、文字となって鏡面に私のステータスを映し出してくれた。


◇ショコラ・ノワール

性別:女

年齢:18

称号:【孤独の採取者】【聡明の魔術師】


◇称号

【孤独の採取者】・孤独な素材採取者の証

        ・魔物領域での長時間の素材採取を継続日数300日で取得

        ・採取した素材に上等な性質を付与


【聡明の魔術師】・熟練の魔術師の証

        ・魔法による魔物討伐数10000体で取得

        ・魔力成長率2倍


「な、なに、この称号……?」


 神鏡(しんきょう)に映し出された自分のステータスを見て、私は唖然としてしまった。

 本当に称号を授かっていた。しかも見たことも聞いたこともない称号を。

 孤独の採取者。

 加えてそれだけではなく、冒険者や騎士が授かると言われている聡明の魔術師の称号まで宿っている。

 自分が知らぬ間に、二つの称号を神様から授かっていた。


「『採取した素材に上等な性質を付与』、か。とんでもないスキルだ」


 クリムは複雑そうな表情で苦笑を浮かべている。


「基本的に自然界に存在する素材にはなんの性質も宿ってない。けどショコラは、【孤独の採取者】の称号に付随してるこのスキルで、採取した素材に性質を“付与”してたんだ。しかもかなり上等な性質を」


「わ、私が、採取した素材に……」


 我ながら凄まじい力だと直感する。

 採取した素材にとんでもない性質を付与できる力。

 本来は錬成術を極めた熟練の錬成師たちしか付与できないはずの性質を、私は素材を採取するだけで付けることができてしまうのだ。


「えっ、ちょっと待って? ていうことは、私が今まで採取してきた素材には、全部上等な性質が付与されてたってこと?」


「まあ、そういうことになるね。【孤独の採取者】の称号を授かってからにはなるけど、今日まで集めてきた素材には希少な性質が付与されてたに違いない。だとすると、“ババロアのアトリエ”がここ最近で繁盛してるのも納得がいく」


「ど、どういうこと……?」


 ほくそ笑んだクリムは、不意に私の背後に回り込んで来る。

 そして私のリュックから、採取して来たばかりの長寿草を取り出すと、それをこちらに見せながら続けた。


「ものに宿ってる性質は、錬成によって引き継ぐことができる。つまりこれを錬成の素材に使えば、簡単に超性能の錬成物を生み出すことができるんだよ」


「そ、それじゃあ……」


「ババロアは近頃、高品質の錬成物ばかりを生み出してアトリエを繁盛させてる。でもそれは奴の実力でもなんでもなかったんだ」


 クリムは心地よい笑顔でこちらを見つめながら、はっきりと断言した。


「ショコラが最高品質の素材を採取してたおかげで、ババロアは超性能の錬成物を量産できてたってことだよ」


「……」


 私の、おかげで……

 ババロアが生み出していた良質な品々は、全部私のおかげだったってことなの?

 それなのに私は、素材採取係としてこき使われて、最後には過労で倒れてアトリエを追い出された。


「何よ、それ……」


 例えようのない感情で胸を満たしていると、クリムは私の手を取って、聖職者さんに挨拶しながら歩き始めた。

 そして神殿を出ると、近くのベンチに腰掛けて、一度落ち着いてから話を再開させる。


「にしても、どうして今まで誰も気付かなかったんだよ。普通、超性能の錬成物が出来上がったら、何かあると思って素材とか確かめたりするだろ」


「錬成は基本的にババロアが担当してたから。他の職人さんたちは品評会に向けての修行をしてたし、徒弟とか私は雑用係だったし……」


「まあ、外から採取して来た素材を、わざわざ魔力消費の激しい鑑定魔法を使って確認まではしないか。見た目は完全に普通の素材だし、状態は見れば一目瞭然だから」


 クリムは手に持った長寿草を揺らす。

 次いで彼は、心の底から呆れたような表情を浮かべて続けた。


「おまけに、とんでもない性質の錬成物が出来上がっても、それを全部自分の腕のおかげだとしか思わない“傲慢な奴”も、いるみたいだしね」


 ババロアへの皮肉が、とても効いていると思った。

 確かにあの傲慢の性格があったから、今日まで私の隠されたスキルについて誰も気が付くことがなかったのだ。

 私自身、そのせいで自分の力にはまるで気付かなかったし。

 私も思わず呆れた気持ちになっていると、クリムは私の心を代弁するように笑みを浮かべた。


「今頃ババロアの奴、錬成物の品質がガタ落ちして焦ってるんじゃないのかな。ざまぁみろって感じだね」


「……うん」


 その姿を想像し、なんだか少しだけ心が洗われた気がした。

 その後、私はクリムと一緒に彼のアトリエまで向かうことになる。

 ババロアのアトリエではなく、クリムのアトリエに。


 ここから私の、第二の錬成師人生が始まる。

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