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第五話 「拾われました」


 クリムのアトリエに拾われることになった後。

 彼の案内で宮廷に向かうことになり、私たちは二人で王都の大通りを歩いている。

 その道中、チラリと彼の背中を見て、人知れず他愛のないことを考えていた。

 やっぱり昔に比べて、随分と大きくなっている気がする。

 十八の男性にしては華奢な方なんだと思うけど、小さい頃から見ている私としてはすごく大きくなったように感じるな。

 むしろ昔は私の方が若干背が高かった気がするし。

 そんな私は今では立派なおチビさんで、クリムとはだいぶ目線が変わってしまった。


「……僕の顔に何か付いてるのか?」


「……別に」


 凝視していたことを悟られてしまって、気まずい思いで目を逸らす。

 昔はこんなに険悪な感じじゃなかったんだけどなぁ。

 ていうか今さら気付いたんだけど、もしこれからアトリエで一緒に働かせてもらうってなっても、こういう気まずい空気感で過ごさなきゃいけないってことだよね?

 それはなんか嫌だな。かといってすぐに仲直りしろと言われてもできるものでもないし。

 その対策はおいおい考えるとして、私はとりあえず気になっていることをクリムに尋ねることにした。


「そういえば宮廷錬成師のアトリエで修行しても、徒弟期間を終えたってちゃんと認めてもらえるのかな?」


「……どういうこと?」


「だってさ、宮廷錬成師とか宮廷画家って、ギルドから抜けて宮廷専属の職人になってるんじゃないの? だからギルドからの束縛を受けたりせずに、自由に職人活動ができるって聞いたことあるよ」


 だから仮にクリムのアトリエで雇ってもらって、錬成師として修行をしたとしても、結局はギルドに腕を認めてもらうことはできないと思うんだけど。

 その辺りはいったいどうなっているんだろうか?


「修業先が宮廷錬成師のアトリエでも、品評会への出品は許されるようになるって聞いたことあるよ」


「えっ、そうなの?」


「僕も宮廷錬成師になってしばらくしてから知ったことだけどね。それに修行期間は五年じゃなくて三年でいいらしい。それだけ宮廷錬成師っていう肩書きが強いんだろうね」


「……」


 ……三年。

 本来は五年かかるはずの徒弟修行が、たった三年で済むようになるなんて破格すぎる。

 品評会への出品が許されるようになるということ以上に、そちらの情報の方が衝撃が強かった。


「基本的に宮廷錬成師の弟子になろうなんて人はいないから、このことを知らない錬成師も多いって話だよ。だから今まで徒弟入りを志願してきた人はいないし。単に萎縮して志願して来なかっただけかもしれないけど」


「……私もそんなの全然知らなかった」


 でもまあ、とりあえず徒弟期間として認めてもらえるみたいでよかった。

 どこのアトリエも雇ってくれなくなって、かなり絶望的な状況に陥ってしまったけれど、なんとか首の皮一枚繋がった感じだ。

 ただそれも、クリムのアトリエでへまをやらかさなければの話だけど。

 一応、徒弟期間中に特別な功績を挙げた場合も、職人としての腕を認められて品評会への出品が可能になるとは聞いたことがある。

 そうすれば三年も修行しなくてもよくなるけど、こっちはほとんど望み薄だからね。

 変な期待はせず、三年間修行をやり遂げることを第一に考えよう。


「さっ、着いたよ」


 クリムの案内でしばらく町の通りを歩くと、やがて目的地の宮廷へと辿り着いた。

 もう三年もこの町で過ごしてきたけれど、ここまで宮廷の近くに来たことはなかったなぁ。

 白を基調とした城砦が大きな城壁に囲まれており、門では騎士たちが出入りしている。

 その外観だけでもかなりの威圧感があり、近づくのもすごく躊躇われた。

 そんな場所に、クリムはずかずかと近づいていく。

 致し方なく私も、ビクビクしながらその後に続くと、門の近くでクリムに止められた。


「宮廷内にアトリエがあるから、そこに案内したいんだけど、まずはトルテ国王にショコラのこと話してくる。ちょっとここで待ってて」


「えっ、ちょ……!」


 そう言うや、クリムは足早に城内へと入って行った。

 たった一人、城門の前に待たされた私は、心細い気持ちで身を小さくする。

 一人でこんな場所に置き去りにしてほしくなかった。

 門番の人たちから怪訝な視線を向けられる。

 横を通り過ぎて行く騎士様たちから物珍しげに見つめられる。

 正直騎士さんってあんまり得意じゃないんだよね。

 見られているだけで、こちらが何か悪いことでもしているのではないかという気にさせられてしまうから。

 早くクリム帰ってこーい、と念じながら十分ほど待っていると、不意に後ろから……


「もしもーし、おチビさーん?」


「――っ!?」


 聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。

 明らかに私に向けられた声に、思わずびっくりしながら振り返る。

 するとそこには、騎士団の制服を来た、癖のある紺色の髪の男性が立っていた。


「……な、なん、でしょうか?」


「いやいや、ここらであんま見ない子だなぁって思ってさ。城に何か用だったりするのか?」


 突然話しかけて来て何かと思ったけれど、私が城門近くにいたから声を掛けて来たのか。

 騎士として不審者を城に入れないために、見覚えのない人物が付近にいたら声を掛けるようにしているようだ。

 紺色の前髪の隙間から、同色の瞳でじっと見据えられた私は、異様な迫力を感じて口籠ってしまう。


「い、いや、その……別に怪しい者ではないと言いますか……ただここで人を待っているだけっていうか……」


 一言で説明するのはなんとも難しい。

 そのため変に言い淀んでしまい、ますます怪訝な目を向けられてしまった。


「怪しい者ではないって、ますます怪しく見えてきちゃうなーそれ。なんとなーくで声かけてみたけど、まさか本当に黒だったのか? 面倒なことは勘弁してほしいんだけどなぁ」


「い、いや、違いま……!」


「とりあえずまあ、ちょっとこっち来て取り調べさせてもらってもいいかな? 白だったらすぐに解放してあげるからさ」


 男性騎士はそう言いながら私の腕を取ってこようとする。

 ここから離れるわけにはいかないのに。

 苦手な騎士に連れて行かれそうになって、思わず身を強張らせていると……


 横から伸びて来た腕が、『ガッ!』とその男性の腕を止めた。


「ちょっと待ってください」


「ク、クリム……?」


 横には、待っていた幼馴染の姿があった。

 クリムは呆気にとられる私を見て、そっと後ろに下げてくれる。

 背中で庇ってもらいながら、妙な安心感を覚えていると、騎士さんがクリムを見て僅かに目を丸くした。


「あれっ、クリム君じゃん? なに、もしかしてクリム君のお知り合いだった?」


「はい、お騒がせしてしまって申し訳ございません」


 何やら慣れた様子のやり取り。

 二人の方こそ知り合いだったのだろうか?


「ク、クリム、この人は……?」


「王国騎士団、近衛師団の師団長……ムース・ブルエさんだ」


「し、師団長?」


 私は改めて、クリムの背中越しに男性騎士さんを見据える。

 近衛師団の師団長のムースさん。

 紺色のくせっ毛を気怠げに掻きながら、欠伸を噛み殺しているこの騎士さんが、一師団を指揮する師団長さん?

 まるでそんな風には……


「そうは見えない、とでも思ってるのかなぁ?」


「い、いや、そんなことは……!」


「ははっ、冗談冗談。それによく言われるから気にしてないよ。俺もなんで、こんな面倒くさがりな自分が師団長に選ばれてるのかよくわかってないし」


 なははぁと、こちらの気が抜けてしまいそうな声で笑っている。

 本当になんなのだろうこの人。

 話せば話すほど騎士らしさみたいな印象が薄れていくんだけど。


「ていうか、怖がらせちゃってごめんね。まさかお客人だとは思わなくてさ。しかもそれがクリム君のとはね。滅多にお客人なんて呼ばないのに」


 次いでムースさんは、改まった様子でクリムに問いかけた。


「で、どうしてこの子をここに連れて来たのかな? あっ、もしかして二人は恋仲だったり……」


「アトリエの手伝いをしてもらおうと思って呼んだだけですよ」


「手伝い? あぁ、そっか、色々と忙しいって言ってたからね。最近は特に開拓師団が、魔物領域に厄介な魔物の巣を見つけたっていう話だから、そのための武器と薬が大量に必要らしいし。で、この子がその手伝いを……」


 再びムースさんから視線を向けられて、私は思わずクリムの後ろで小さくなってしまう。

 そんなことをしていると、クリムがこちらを振り向いて告げてきた。


「ってわけで、さっそく僕の手伝いをしてもらおうって思ったんだけど、さすがに僕の独断だけで宮廷内のアトリエに入れることはできなくてさ。ショコラには最低限の“試験”を受けてもらうことになった」


「えっ?」


 ……試験?


「ちゃんと宮廷錬成師の手伝いができるかどうか判断するための試験だよ」


「も、もし、その試験に落ちたら……?」


「それはまあ当然、僕のアトリエで雇うって話は無しになるかな。僕の手伝いもまともにできないような見習い錬成師なんか、ただの一般人と変わりはないし、そんな人間を宮廷に入れるわけにはいかないだろ」


「……まあ、確かに」


 宮廷側からしてみれば、私はまだなんの実績もない一般人と同じだし。

 少なくともクリムの手伝いができるということを証明しなければ入れてもらえないというのは至極当然だ。

 それには納得できたけれど、急に試験だと言われてさすがに身構えてしまう。


「心配しなくてもいいよ。あくまで最低限の“素材採取能力”と“錬成技術”があるかどうか確かめるために、簡単な素材採取と傷薬の錬成をやってもらうだけだから」


 そう言いながらクリムは一枚の紙をこちらに手渡してくる。


「少し量は多いかもしれないけど、ここに書いてある素材を集めて来て、指定の数の傷薬を錬成してほしい。一応魔物素材も含まれてるけど、討伐難度は低めの奴だからまあ大丈夫でしょ」


「う、うん、わかっ……」


 私は紙に目を落としながら同意を示そうとしたが、そこに書かれている内容を見てつい口を止めてしまった。


「えっ、“これだけ”でいいの?」


「はっ?」


 クリムの目がきょとんと丸くなる。

 同じく私も瞳を見開いて固まってしまう。

 宮廷錬成師の手伝いになるための試験って言うくらいだから、かなりの量の素材を持ち帰って来て、大量の傷薬を錬成しなきゃいけないと思ったんだけど。

 試験に指定された傷薬は『清涼の粘液』と呼ばれる、溶液(スライム)の粘液を素材にした初歩的な傷薬で、指定数はたったの三つだけだった。


「これだけって、ここに書いてあるだけでもそれなりの量だと思うけど」


「えっ? そ、そうなんだ……」


 私の認識がおかしいのだろうか。

 現在時刻は十四時ちょっと。

 ここに書いてある素材は王都の西にある森――『ブールの森』ですべて手に入れることができる。

 王都から程近い距離にあり、素材の採取難易度と量から察するに、今から集めに行っても日没前に帰って来ることができると思う。

 本当にこれだけで合格だと認めてもらえるのだろうか?

 私にとって素材採取は、朝早くに王都を出て日付が変わらなかったら上出来というくらいの、超過酷な重労働だったから。


「一日で集め切れないと思ったら、無理に採取を続ける必要もないから。日を跨いでも問題ないし、安全第一で採取に行って来てほしい。僕はここで試験官役の騎士と一緒に待ってるから」


「う、うん。わかった」


 ババロアのアトリエとの極度の温度差に戸惑いを禁じ得ない。

 ここまで心配されて素材採取に行かされるのは初めてで、私は多大な違和感を抱きながら森に向かって走り出した。

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