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第四話 「喧嘩別れ」


 クリムのアトリエで……?

 あまりにも唐突だったため、言葉の意味を理解するのに数秒かかってしまった。

 まさかそんな提案をしてくるなんて、思ってもみなかったから。

 あのクリムが、私に対して……

 思いがけないことを言われたせいで、何も返せずに固まっていると、クリムは改めて勧誘の言葉を掛けてきた。


「行くとこ、他にないんだろ? なら僕のアトリエに来て、徒弟として働いてみないか?」


「な、なんで……? なんで急に、そんなこと……」


 ようやくのことで疑問を返すと、クリムは銀髪を掻きながら答えてくれる。


「最近やたらと、騎士団の方から武器防具や傷薬の錬成依頼を出されて、そろそろ一人で回すのがきつくなってきたんだ。だからできれば、仕事の手伝いをしてくれる人がいればいいと思ってたんだよ。ショコラは素材採取係として働いてたみたいだし、ちょうどいいと思って」


「……」


 宮廷錬成師としての仕事がきついから手伝いが欲しかった。

 取ってつけたような理由ではなく、クリムの顔を見るに本当に厳しい状況のようだ。

 でも、私が聞きたいのはそんなことではない。

 アトリエに誘ってきた理由ではなく、私が本当に聞きたいのは……


「もちろん無理な仕事量を押しつけたりはしないし、錬成術の修行の時間だって設ける。わからないことがあったら僕が教えるし、給金だってそこそこ払えると思うよ。だから、まあ、その……お互いに利点が多いと思ったから、こうして誘ってみたって言うか……」


「そうじゃ、ないよ……」


「えっ?」


「なんで私に、“優しくするの”って聞いてるの」


「……」


 クリムの碧眼が僅かに見開かれる。

 私としても直接的すぎる問いかけかと思ってしまったけれど、聞かずにはいられなかった。


「私のこと、嫌いなんじゃないの? 憎いんじゃないの? なのになんで、私に優しくしようとするの……?」


 脳裏に幼き日の光景が蘇る。

 お母さんのお墓の前で、クリムと大喧嘩した時の光景が。

 あの時に私は、クリムが私のことを心底嫌っていると確信した。


 昔、私とクリムはよく二人きりで一緒に遊んでいた。

 特別な理由はなく、家が近所で同い年の子だったから、遊び相手にちょうどよかったのだ。

 しかし六歳くらいになると、次第にクリムは他の男の子たちに遊びに誘われるようになった。

 それでも彼は、私が独りぼっちになることを危惧してか、私との遊びを優先してくれた。

 それがとても嬉しくて、もしかしたら私はあの時クリムのことを異性としても意識し出していたのかもしれない。

 けれど、八歳になったある日のこと。

 クリムと二人で遊んでいる時に、村の男の子たちに囲まれたことがあった。

 そのくらいの年齢の子たちは、異性と遊ぶことを異端視する傾向があり、加えてクリムは彼らからの誘いを何度も断っていたため執拗に揶揄われてしまった。


『お前そいつのことが好きなんだろ』


『だから俺たちよりもそいつを優先してたんだろ?』


 この時の私は、悪い意味ではなくいい意味でドキドキしながら話を聞いていた。

 こんな状況ながらも、クリムがいったいどう答えてくれるのか、私はすごく気になったから。

 だからこそ、その後にクリムが放った一言が、今でも脳裏によぎることがある。


『好きなわけないだろ、こんな奴』


 揶揄ってくる子たちを追い払うための方便。そうだとは思った。

 しかし私はその一言に、かなりのショックを受けてしまった。

 その後、それでも村の子たちがしつこく揶揄ってきたので、クリムはとうとう手を出してしまった。

 それからクリムは、村の子たちに遊びに誘われることがなくなってしまった。

 一方で私も、クリムが他の子たちと遊べるようになればいいと思って、こちらから遊びに誘うのをやめてしまった。

 私と一緒にいると、またクリムが揶揄われてしまうかもしれないと思ったから。

 何よりあの時の言葉が、私の心に重く響いているせいである。

 そしてクリムの方からも誘って来ることが無くなってしまったため、私たちはそれきり疎遠になってしまった。


 でも、仲違いはこれだけで終わらなかった。

 本当の大喧嘩をしたのはこの後のこと。

 それから二年後の十歳になった時、お母さんが病気で死んでしまった。

 私はすごく悲しくて、毎日毎日お墓参りに行った。

 集めると死者の魂を呼び寄せると言われている『夜光花(やこうばな)』の花を森まで摘みに行って、それをお供えした。

 そんな日々を繰り返していたある日、クリムが唐突に私の前に現れた。


『そんなことしたって無駄だよ』


『無駄……?』


『ショコラの母親はもう死んだんだ。そんなことしたって死んだ人間は戻って来ることはないんだよ』


 なんとも心ない言葉だと思った。

 本心ではそんなことわかっているつもりだったけど、少しでもお母さんのことを忘れたくないから私はお墓参りに行っていたのに。


『あんたには関係ないでしょ。関係ない奴が、勝手に割り込んで来ないでよ』


 そう返すと、クリムは血相を変えて私の腕に掴みかかって来た。

 そのまま私の手元から夜光花を取り上げて、信じられないことに目の前で“踏み潰した”。


『無意味なことをやめろって言ってるんだ! 見てるこっちが苛つくんだよ!』


 どうしてクリムがいきなり、とても怒った様子で、こんな心ないことを言って来たのかはわからなかった。

 しかし彼のその言動で、私はお母さんへの想いを否定された気持ちになってしまった。

 きっと私のせいで村に友達がいなくなってしまったから、クリムは自分のことを恨んでこんなことを言って来たのだと思った。

 恨まれているんじゃないかという自覚はあった。

 でもだからって、お母さんへの想いを一方的に否定してくるなんて、私はどうしても許せなかった。


『あんたなんかに何がわかんのよ! お母さんのこと、なんにも知らないくせに!』


 そうして私たちは完全に縁を切った。

 だから不思議に思った。

 どうして今さら私に優しくするのか。

 私のことをあれだけ嫌っていて、優しくする理由なんてないはずなのに。

 わざわざアトリエに誘ってくることなんて、しないはずなのに。

 クリムは私からの問いかけに、若干詰まりながらも答えてくる。


「別に、優しくしようと思って誘ってるわけじゃない。仕事量に頭を抱えてるっていうのは本当の話だ。だから好き嫌いの問題じゃなくて……」


 次いで彼は不機嫌そうな顔になって、肩を大きくすくめる。


「ていうかそっちこそ、僕のことなんて顔も見たくないくらい嫌ってるだろ。そんなのはお互い様だ」


「……」


「だからまあ、僕のアトリエなんかじゃ働きたくもないだろうって思ったけど、こっちは心底手伝いが欲しい状況だから、一応聞いてみた。それだけの話だよ」


 それなら別に、私じゃなくてもいい気がするけど。

 錬成術の手伝いなら他の見習いたちでも充分にできるだろうし。

 むしろ徒弟を破門された私より断然信頼できると思う。

 それなのにわざわざ嫌いな私を誘うのはどうしてなんだろうか?


「で、どうする? 僕のところに来るのか、来ないか。別に僕はどっちでもいいけど」


 ぶっきらぼうに今一度問いかけられた私は、微かに埃を被った裏路地の地面に目を落としながら考え込む。

 確かにクリムのことはまだ嫌いだ。

 あの喧嘩は八年前の出来事とはいえ、そう簡単に許せるようなことではないから。

 でも、感情的な問題を差し引いても、この誘いは見習い錬成師の私にとって絶好の機会である。

 ただでさえ今、破門されたという噂がギルドで広がって、どこのアトリエも雇ってくれなくなってしまっているし。

 この機を逃したら、たぶんもう一生、アトリエを開くという夢は叶わなくなってしまいそうな気がする。

 私はお母さんの夢を代わりに叶えて、お母さんがすごい錬成師だったっていうことをみんなに伝えたいんだ。

 改めて強い意志を胸に抱き、私はクリムの方を見て小さく答えた。


「…………行く」


「……そ。それならさっそく宮廷に行こう。トルテ国王や王国騎士団の人たちに色々説明しなきゃいけないから」


 そう言うや、クリムは元来た道を戻るようにしてそそくさと歩き始めた。

 私は慌ててその後を追いかける。

 その最中、あまりにも淡々とクリムが話を進めてしまうので、思わず私は彼の背中に問いかけた。


「で、でも、本当に私でいいの? 私、徒弟を破門されるような錬成師なのに……。クリムの足とか引っ張るかもよ」


「特別難しいこと頼むわけじゃないから安心しなよ。とりあえずまずは簡単な素材採取だけやってもらうつもりだから。それに邪魔だと思ったらすぐに追い出すし」


「じゃ、邪魔って……」


 いやまあ確かに、雇い主のクリムにはその権限がある。

 気に入らなければ追い出すこともできるし、私は雇ってもらう身だから何も言うことができない。

 逆にそういう緊張感がある方が、こちらとしてはありがたいかもしれないけど。

 昔馴染みだからと変に気を遣ってもらうより、一人の見習い錬成師として扱ってもらいたいから。

 同情なんかで一人前になれたとしても、お母さんに顔向けできない。

 改めて緊張感を抱きながらクリムの後をついて行くと、やがて明るい大通りが見えてきた。

 そして裏路地から出る直前、私はハッとしてクリムの袖を掴んで止める。


「あっ、その……!」


「んっ?」


「いや、なんて言うか、その…………」


 そういえば“これ”を言うのを忘れていた。

 嫌いな相手にこんなこと言うのは、かなり癪というか躊躇われるのだけど。

 どうしようもない状況を助けてくれたのは事実なので、さすがにこれだけは伝えておかないとまずいよね。


「…………あ、ありがと」


「……ん」


 顔が熱くなるのを自覚しながら、私はクリムの後に続いて宮廷へと向かった。

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