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第三話 「幼馴染」


「どうして、ショコラがここに……?」


「そ、それはこっちの台詞よ。クリムこそどうして王都に……」


 八年ぶりに幼馴染と再会した私は、泣いていることも忘れて彼をじっと見据えてしまう。

 昔よりもだいぶ背が伸びて、声も落ち着いた印象になっていたけれど、変わらない幼なげな顔を見て彼だと気付けた。

 どうしてクリムが王都フレーズにいるのだろう?

 確か行商人のお父さんから商売についての基礎を学ぶために、今は旅路に同行しているはずじゃ……


「――っ!」


 直後、私はハッとして顔を覆う。

 そして急いで目元を擦って涙を拭った。

 泣いているところを見られてしまった。

 よりにもよってクリムに。

 するとクリムは、私が目元を擦っているせいでさらに泣いたと思ってしまったのか、戸惑ったような声を漏らしていた。

 直後、唐突に私の腕を掴んで引っ張って来る。


「ちょ、ちょっと何!?」


「何って、この状況だったら僕が泣かしたみたいに見えるだろ。とりあえず人気のない所に行こう」


 そのまま町の通りを十秒ほど進んだところで、手頃な裏路地を見つけた。

 クリムはそこに私を連れて行き、僅かに進んだところで足を止める。

 空き家に挟まれた薄暗い小道。

 人気はないので、私が泣かされているように見られる心配はないけど、それとは別の緊張感が……

 その後、クリムは慌てた様子で私の腕を放した。


「ご、ごめん、急に引っ張って……」


「それは、別にいいけど……」


 私としても往来で泣いている姿を晒すのは嫌だったし。

 ただ、そのせいでクリムと二人きりの状況になってしまった。

 私としてはそっちの方が望ましくない展開だったかもしれない。

 だって、クリムは……


「それで、どうしてここにショコラがいるんだ? ポム村にいたはずじゃ……」


「……別に、なんだっていいでしょ」


「……」


 素っ気なくあしらうと、クリムはそれにムッとした表情を返してきた。

 直後、肩をすくめてぶっきらぼうに言う。


「……そうだね。別になんだっていいことだ。そっちがどこで何してようが」


 私とクリムの間に険悪な空気が流れる。

 それもそのはずで、私たちは今、絶賛“喧嘩中”の間柄だからだ。

 およそ八年前に起きてしまった大喧嘩が、いまだに糸を引いている状況。

 私はクリムを許さないし、クリムだって私のことを恨み続けているはず。

 昔は、二人きりでよく一緒に遊ぶくらい、仲が良かったのに……


「ていうかそっちこそ、どうして王都にいるのよ? 行商人のお父さんについて行って、色々学ぶって言ってたでしょ」


 そのために村を離れたはず。

 そう疑問に思って問いかけてみたのだが、クリムに呆れた顔をされてしまった。


「自分のことは話さないのに、僕にも同じ質問するんだ」


「うっ……」


「後先考えずに発言するのは相変わらずだね。まあ、別にいいけど」


 カッと一気に顔が熱くなる。

 なんだか向こうだけ冷静で、こちらが空回ってしまっている感じが恥ずかしい。

 確かに自分のことを話さないくせに向こうのことを聞くのはおかしいよね。


「それじゃあ、僕のことを教えるから、その代わりにそっちのことも……」


 教えてくれ。

 とでも言うつもりなのだろう。

 それなら平等だけれど、なんだかクリムに主導権を握られているような気がして、その悔しさから私は先手を打った。


「私が王都にいるのは、三年前に家を出てここに来たからよ。錬成師になって、アトリエを開くためにね」


「アトリエ……」


 クリムは納得したように頷く。


「そういえばチョコさ……母親の夢を代わりに叶えるって、みんなに言ってたっけ。それで十五で家を出たってことか」


「うん。だから私は今ここで、見習い錬成師として修行してるの。で、そっちは? お父さんの跡を継ぐために、一緒に旅して勉強するんじゃなかったの?」


 私のことは教えた。

 だから今度はこちらが教えてもらう番だ。

 どうしてクリムの方こそ王都にいるのか。


「父さんとは三年前に別れたんだよ。僕は僕でやりたいことを見つけたから」


「やりたいこと?」


「で、今は王都でその仕事をしてる。父さんも背中押してくれたし、行商人じゃなくてこっちの道で行くって決めたんだ」


「ク、クリムは今、何をしてるの……?」


 私の記憶では、クリムはとてもお父さんのことを尊敬していた。

 それで村のみんなにも行商人の跡を継ぐと言って、幼い頃から勉強していたと思うんだけど……

 怪訝な目を向けていると、言いづらそうな様子のクリムから、驚くべき事実を突きつけられた。


「宮廷錬成師」


「えっ?」


「だから、錬成師として宮廷に雇われてるんだ」


「……」


 宮廷、錬成師……?

 宮廷に雇われて、王族もしくは王国騎士団からの依頼を受けて活動をしている錬成師のこと。

 ギルドに所属している錬成師とは違い、ギルドからの束縛などを受けずに自由に錬成術での活動ができる。

 加えて宮廷内にアトリエを設けてもらえて、販売実数ではなく固定給をもらっているため生活も安定しているらしい。

 同時に宮廷職は一世代限りの男爵位ともなるそうで、れっきとした貴族の一人ということになる。

 クリムが今、その宮廷錬成師?

 必然的に多くの疑問が、湧き水のように溢れ出てくる。


「い、今の宮廷錬成師って、確か『シュウ』っていう人じゃ……」


「それ偽名。行商人の息子としてあちこち旅してきたから、僕のこと知ってる奴もいると思って別名義で宮廷錬成師やらせてもらってるんだ。平民生まれの人間が宮廷に雇われてることをよく思わない人たちも多いから」


 確かに妬みや嫉みの弊害を受けやすいと思う。

 だからクリムという平民の名前を隠して、偽名を使っているんだ。

 それはわかったけど……


「どういう経緯で宮廷錬成師なんかになれたのよ? 確か宮廷職になるには、王族との深い繋がりが必要で、その上で力を認めてもらわなきゃいけないって聞いたことある。それこそギルドで職人として認めてもらうより断然難しいって。そもそもクリムって、錬成術やってたっけ?」


 思わず口早になって問いかけると、クリムの肩がビクッと揺れたような気がした。

 なぜか彼は気まずそうに目を逸らし、言葉を詰まらせながら答える。


「……じ、実は僕も、昔から“趣味”で錬成術をやってたんだよ」


「えっ、そうなの? そんなこと一度も言ってなかったような……」


「言う必要がないと思ってたから言ってなかっただけだ。で、父さんの旅について行ってる間も、趣味の錬成術を続けてて、たまに僕が作ったものを父さんが商品に並べてくれることがあったんだ」


 クリムは当時のことを思い出すように、裏路地の小道から空を見上げて続ける。


「それである時、たまたま僕が作ったものが王国騎士団の団長さんの目に触れることがあってね。それで僕の腕を買ってくれて、宮廷錬成師として王宮に呼ばれることになったんだよ」


「な、何よ、それ……」


 そんな恵まれた偶然が本当にあるのだろうか。

 趣味でやっていただけの錬成術で……

 王国騎士団の人に実力を認めてもらって……

 宮廷錬成師として王宮に呼ばれるなんて……

 それなのに私は、小さい頃から本気で錬成術と向き合ってきたのに、徒弟期間もまともに終えられずに、アトリエを追い出されて……


「まあ、色々と運がよかったってだけだよ。僕自身、まだ身に余る職務だと思ってるし。王国騎士団のための武具を揃えたり傷薬を作ったり、毎日てんてこまいでさ。ところでそっちは……」


 クリムが逸らしていた目をこちらに戻すと、途端に彼は驚いたように目を見開いた。

 それもそのはず。

 私が我知らず、涙を滲ませていたから。


「な、なんでまた泣くんだよ……!? 僕、何かした?」


「う、うっさい……! 見んなバカ……!」


 私は咄嗟に顔を背けて涙を隠す。

 クリムに負けて悔しい。

 という気持ちより、自分はいったい何をしているのだという惨めさが涙を出させていた。

 あんな劣悪なアトリエで三年間を棒に振って、それどころか錬成師としての道も閉ざされそうになっていて。

 自分はどこで間違えてしまったのだろう。どうするのが正解だったのだろう。

 そもそも私は、錬成師に向いていなかったのだろうか。


『さっさと失せろ、この才能なしが』


 目の前に宮廷錬成師となった幼馴染が現れて、自分の才能を否定された気持ちになってしまった。

 加えてババロアからの悪態も思い出してしまい、心がぐちゃぐちゃになって涙が止まらなかった。

 どれくらいそうしていただろう。

 それなりの時間、クリムから顔を逸らして泣き続けていたが、彼はその間何も言わずに待っていてくれた。

 やがてこちらの気持ちが落ち着いてくると、それを見計らって気遣うような言葉を掛けてくれる。


「……何か、あったのか?」


「……」


 クリムに心配なんてされたくないと思った。

 でも、今の私はその一言だけで、すごく救われたような気持ちになった。

 ババロアのアトリエを追い出されて、他のどのアトリエからも拒まれるようになって。

 自分が本当に、誰にも必要とされていない、誰の目にも留まらない存在のように感じていたから。

 ここまで惨めな姿を見せた手前、変に隠す理由もない。

 私は溜まっていた鬱憤を晴らすように、クリムにすべてを打ち明けることにした。

 劣悪な環境のアトリエにいたこと、そこを無慈悲にも追い出されたこと、そのせいでどこのアトリエも雇ってくれなくなってしまったことを。


 クリムは、静かに話を聞いてくれた。

 時折私が感情的になって、支離滅裂なことを言ってしまっても、何も言わずに小さく頷いてくれた。

 やがてすべてを話し終えた時、私の心はほんの少しだけすっきりとしていた。

 誰かに話すだけで、こんなにも心が軽くなるんだ。

 湿っていた頬を拭いながら、一息吐いていると、そこでようやくクリムが口を開いた。


「ババロアのアトリエか。僕も名前は聞いたことがあるよ。ここ最近、急激に出品物の質が向上して、成績を伸ばしてる勢いのあるアトリエだ。あそこで素材採取係をやってたんだ」


「私がいたところ、そんなに有名だったんだ……」


「まあ、あそこの品はこの町のアトリエじゃ頭一つ抜けて上質だし、熱心な愛好家も多いから。けどその裏では工房長が徒弟を虐げてたっていうのはひどい話だ。で、どうしてそんなアトリエに入ったんだよ? 評判とか何も調べなかったの?」


「ギルドに登録した時、そこしか徒弟枠の空きがなかったんだからしょうがないでしょ。私の場合、田舎村から出て来たばかりだったから、他の錬成師との繋がりもなかったんだし」


 基本的に徒弟の枠は、他の見習い錬成師たちとの取り合いになる。

 そして田舎から出て来たばかりの私は、他の錬成師たちに比べて断然不利な立場になるのだ。

 町で育った見習いたちは、少なくともそれなりに錬成師同士で繋がりがあるから、私よりは優遇してもらえるだろうし。

 そんな中でたった一つ、入れてくれるというアトリエがあったら、飛びついてしまうのも無理はないじゃないか。

 次に徒弟枠が空くのがいつになるのかまったくわからなかったし。


「まあ、場合によっては一年や二年待たなきゃいけなくなる可能性もあるらしいからね。それに下調べしたところで実態なんて簡単に掴めないだろうし。で、最悪なアトリエに入ったと」


「……そうよ。本当に最悪なアトリエにね」


 徒弟としてこちらを雇ったくせに、ろくに指導もせず素材採取ばかりをやらせてくる劣悪なアトリエ。

 あんなところで時間を無駄にしてしまったことが、本当に情けなくて悔しい。


「本当、何やってたんだろう私。あんなアトリエでいいようにこき使われて、ろくに錬成術もやらせてもらえないで、三年どころじゃなくて、錬成師人生そのものを無駄にしちゃった」


「……」


 また瞳の奥が熱くなってくる。

 残っていた感情が我知らず溢れ出てくる。

 私は涙を堪えながら、自嘲的な台詞を弱々しくこぼしてしまった。


「やっぱり私、才能なかったのかな。お母さんみたいなすごい錬成師には、もうなれないのかな……」


 別に、クリムに何かを答えてほしいわけじゃなかった。

 ただ感情を曝け出せる相手になってくれればいいと思った。

 そのまま何も言わずにいてくれたら、それでいいと思っていたのに……


 クリムは、耳を疑う言葉を掛けてきた。


「じゃあ、僕のアトリエで働いてみないか?」


「えっ?」

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