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第二十八話 「幼き日の記憶」


 クリムは幼き日の記憶を呼び覚ます。


 昔、気になっている女の子を傷付けてしまったことがある。

 幼い頃からよく一緒に遊んでいる女の子。

 名前をショコラ・ノワールという。

 性格は基本的には大人しめ。

 若干の人見知り気質で、臆病なところもある。

 でも好きなことについて話す時はすごく元気になる、そんな女の子。


 クリムはショコラと遊ぶのが好きだった。

 子供ながらに外ではしゃぐような遊びではなく、二人で静かに過ごすだけで楽しかった。

 だから村に住んでいた他の男の子たちからの誘いも、ずっと断り続けていた。

 けれど、八歳になったある日、村の男の子たちに囲まれた。

 彼らからの誘いを何度も断っていたため、その怒りを買ってしまったようだ。


『お前そいつのことが好きなんだろ』


『だから俺たちよりもそいつを優先してたんだろ?』


 別にこれくらいの揶揄いなど、無難に受け流せばよかった。

 しかしクリムは図星を突かれたこともあって、冷静な返しをすることができなかった。

 この年頃の男子は、異性への好意を異常なまでに恥ずかしいものとして捉えている。


『好きなわけないだろ、こんな奴』


 だからクリムは、ショコラへの好意を悟られないように、わざと冷たい態度を示した。

 その時のショコラの顔は、今でも忘れられない。

 ずっと仲のいい友達だと思っていた相手から、このようなことを告げられたらショックを受けるのも当然だ。

 別に異性として好きと言ってもらいたかったわけではないだろうが、この一言が原因でショコラとは疎遠になってしまった。

 せめてあの時、“仲のいい友達”だと言えていたら、どれだけよかっただろうか。


 それからクリムは、謝ることもできずに一人ぼっちの時間を過ごしていた。

 いつもみたいに遊びに誘って、この間のことを謝れば済むのに、クリムにはそれができなかった。

 もしかしたらあの時の発言のせいで、好意を悟られてしまったのではないかと危惧していたから。

 そうでなくてもあんなことを言ってしまった手前、もう前みたいに普通に話しかけることはできない。

 気まずい空気になるのは確定的だ。

 だからクリムは謝罪したい気持ちがありながら、一歩を踏み出すことができずに葛藤し続けた。

 せめて何か一つ、話しかけるきっかけさえあれば……


 そんなことを思っていたある日のこと。

 母親から、『家の畑で採れた野菜をノワールさん家に届けて来て』と言われた。

 ショコラと疎遠になった日から、まったく近づこうとしなかったノワール家。

 正直行きたくはなかったけれど、ここで変に断ってしまった方が不自然に映ると思った。

 その時は父親も母親もショコラと疎遠になっていることに気づいていなかったから、それを悟られないように野菜を持って行くことにした。

 緊張しながら久々にノワール家の玄関を叩くと、出てくれたのは幸いにもショコラのお母さんだった。

 名前を、チョコ・ノワールという。


『あっ、クリム君。うちに何かご用?』


『そ、その、うちの母が、野菜持って行けって』


『あらっ、わざわざありがとう』


 そんな他愛のない会話だったと思う。

 あまり記憶がないのは、早くそこから立ち去りたい気持ちで一杯だったからだ。

 そして無事に野菜を手渡すや、クリムは早々にその場から立ち去ろうとした。

 だが……


『あっ、そうだ、ショコラのこと呼んで来てあげるね』


『えっ!?』


 一番恐れていた展開になってしまった。

 どうやらノワール家の方も、自分とショコラが疎遠になっていることは知らなかったらしい。

 だから当然のようにショコラを呼びに行こうとして、クリムは慌ててチョコのことを止めた。


『だ、大丈夫です! 僕、すぐに帰りますから』


『……』


 この時のクリムは、割と平静を装えたと思っていた。

 しかしチョコには内心の焦りを悟られてしまったらしく、さらには隠し事まで見抜かれてしまった。


『もしかして二人さ、喧嘩とかしちゃった?』


『えっ……』


『なんか最近、ショコラが外に遊びに行かなくなっちゃったし、クリム君もまったくうちに来てなかったからさ』


 ショコラからは何も聞いてはいないみたいだが、彼女の様子とクリムの様子を見てそうだと悟ったらしい。

 いきなり真相を当てられて、クリムは思わず固まってしまった。

 その反応が余計に裏づけになってしまって、これ以上の言い逃れはできないと観念した。

 そしてクリムは、ひどいことを言って傷付けてしまったとチョコに明かした。

 本当は謝りたいけれど、気まずくて話しかけられないとも。

 するとチョコは……


『ショコラと仲直りしたい?』


 優しい声音でそう問いかけてきた。

 てっきりショコラを傷付けたことを叱られると思っていたクリムは、安堵から涙を滲ませながら頷いた。


『し、したいです。ショコラと仲直りしたい。でも、話しかけるきっかけがなくて……』


 今さら改まって声を掛けるのはさすがに躊躇われる。

 その気まずさがあるから、今日までずっと話しかけることができていなかったから。

 何か一つきっかけさえあれば、そこから話を広げていつも通りの関係に戻れるのに。

 その難題に対して、チョコは一つの回答を用意してくれた。


『それなら、錬成術教えてあげよっか』


『えっ?』


『ショコラも今ね、私の真似して錬成術の練習してるの。でもなかなか上手くいってないみたいだからさ、クリム君も錬成術の練習して、ショコラより上手くなって錬成術のこと教えてあげればいいんじゃないかな?』


『……』


 目から鱗が落ちた気分になった。

 確かにそれはいいきっかけになると思った。

 少し前にも錬成術にハマっていると聞いたことがあったので、仲直りのきっかけにするならこれしかないと思える。


『どう、ちょっとやってみない?』


 その日からクリムは、チョコに錬成術を教えてもらうことになった。

 もちろん、仲直りを目指すショコラにはこのことを隠す前提で。

 ショコラには趣味で始めたと言ったが、本当は仲直りのきっかけ作りのためにチョコから錬成術を学び始めたのだ。


 チョコは独学で錬成術を習得したらしいが、腕は店持ちの錬成師と遜色はなかった。

 むしろ独学で習得した分、多方面に知識が豊富で、特殊な素材の組み合わせや独自のレシピなども持っていた。

 加えてとても優しく、教えるのが上手で、丁寧に錬成術のことを教えてくれた。

 それと、色々と鋭い人でもあった。


『クリム君ってさ、ショコラのこと好きでしょ?』


『えっ!?』


『だからムキになって、みんなにあんなこと言ったんだよね? “好きなわけないだろ”って』


『……』


 図星を突かれて、動揺のあまり誤魔化す余裕もなかった。

 それほどわかりやすい言動はしていなかったと思ったが、チョコの慧眼の前ではクリムの心は丸裸同然だった。


『ショコラのどこが好きなの?』


『そ、そんなの恥ずかしくて言えるわけないよ』


『えぇ、私すっごく気になるなぁ。教えてくれないんだったら、錬成術教えるのやめちゃおっかなぁ』


『えぇ!? それはずるいよチョコさん!』


『うそうそ、冗談冗談!』


 そう言ってたまに揶揄ってきて、控えめに歯を見せて笑う人だった。

 他にもチョコについてよく覚えていることがある。

 彼女はお菓子作りが得意だった。

 しかもただのお菓子ではなく、錬成術によるお菓子作りの達人だった。

 飲食物については錬成術よりも手製に限ると言われているが、チョコの場合は錬成術で作ったお菓子の方が美味しく、そんな珍しい特技を持っていた。

 クリムはチョコの作ってくれる錬成菓子が好きで、度々自分でも作ってみようと試したことがあった。

 しかし恐ろしいまでに難しく、チョコに錬成のコツを聞いてみたら、彼女は得意げな様子で答えてくれた。


『錬成術は自分のためじゃなくて、誰かのためを思って起こす奇跡なの』


 だから食べさせたい人のことを強く思い浮かべれば、美味しいお菓子が錬成できる。

 と、教えてもらったけれど、結局お菓子の錬成は上手くいくことはなかった。

 ただ、その言葉はクリムの胸に強く響き、今では錬成師としての信念にもなっている。

 だから『錬成術は金を生み出すためだけに存在する力』とババロアに言われて、ついこの言葉を返してしまった。

 これを幾度となく聞いているはずのショコラが目の前にいながら。

 あれは確かに不覚ではあったが、後悔はしていない。

 それくらいクリムにとってこの言葉は、譲れない信念であり、彼を支える力となっていた。


 それを教えてくれたチョコと修行を続けて、いつの間にか半年の時が過ぎ去っていた。

 そろそろ錬成術の基礎も身についてきたので、これをきっかけにショコラに話しかけようと考えていた。

 自分も実は、最近錬成術にハマっているのだと。

 もしよかったら一緒に錬成術の練習をしないかと。

 その流れでひどいことを言って傷付けてしまったことを謝れればいいと思ったのだが……


 そんな折に、恩人のチョコが病気で倒れた。

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