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第二十七話 「思い出の言葉」


 ババロアの襲撃の後、私たちは騎士団の方に呼ばれた。

 襲撃された時の状況やババロアとの関係など、諸々の事情聴取のためである。

 それらを終わらせて、クリムと一緒にアトリエまで戻ると、ようやくして緊張の糸から解放された。

 クリムも同じ気持ちだったようで、長々としたため息をこぼしている。


「はぁ、それなりに時間かかったね。外もすっかり暗くなってるよ」


 窓の外を見ると、確かにいつの間にか日が落ちていた。

 私が素材採取に行ったのは早朝だったのに、もうこんなに時間が経っていたなんて。

 改めてそれを知ると、思い出したようにドッとした疲れが押し寄せて来る。

 クリムにそれを悟られたのか、気遣うような言葉を掛けられた。


「今日はもう疲れてるだろうから、錬成の作業は明日にしときなよ。色々あって気持ちも乱れてると思うし、今はゆっくりと休んで……」


 私もそうしたいところではあったが、このまま休むわけにはいかなかった。

 今から寝床についたとしても、きっとぐっすり眠れるはずがない。

 私はどうしても、クリムに聞きたいことがあるから。


「……ねえ」


「んっ?」


「どうしてクリムが、お母さんのあの言葉を知ってるの?」


「……」


 ずっと気になっていたことを問いかける。

 ババロアとの最後の会話でクリムが言ったあの台詞。

 あれが私の頭の中に引っかかり続けていた。


「……あの言葉って?」


「『錬成術は自分のためじゃなくて、誰かのためを思って起こす奇跡』。これ、お母さんが何度も私に聞かせてくれた言葉だよ。錬成術のことを私に教えてくれる時、いつもこの言葉を聞かせてくれた」


 一言一句、まったく同じ台詞だった。

 有名な錬成師さんが残した言葉でもなく、これはお母さんが独自に持っていた考えである。

 たまたま似たような考えを持っていたとしても、一言一句同じ言葉が口から出てくるだろうか?

 どうしてクリムが、お母さんのその言葉を知っているのだろう?

 今、クリムが気まずそうに目を逸らしているのも気掛かりである。


「……そんなの偶然だよ」


「偶然って、こんな偶然あるわけないよ。これはお母さんの言葉だもん。それがたまたまあの時に出てくるなんて絶対に……」


「ショコラと母親の会話をたまたま聞いてて、それを覚えてただけの話だよ」


 そう言われてしまっては、これ以上追及する術はなかった。

 確かに私とお母さんの会話をどこかで耳にしていて、それが頭に残っていた可能性も充分にある。

 それが偶然、あの瞬間に口からこぼれてしまったとしても不思議はない。

 でもあの時、クリムは確かな意思と怒りを持ってババロアにこの言葉をぶつけていた。

 私がそうしようとしていたのと同じように。

 これは本当に偶然だろうか? 昔どこかで耳にしただけの言葉をあの瞬間に口にすることができるだろうか?


「それはもう置いといて、今日のところは早めに休みなよ。明日も疲れを引き摺られるとこっちも大変だし」


 クリムはそれ以上、この話をしたくないと言うように終わらせようとしてくる。

 いまだに納得できていない私は、続けて彼に言及しようと口を開きかけた。

 しかし……


 コンコンコンッ。


「クリム様」


「……?」


 突然、アトリエの扉が叩かれた。

 名前を呼ばれたクリムが扉を開けると、そこには王国騎士さんがいて、クリムに一枚の手紙を渡す。


「こちらがアトリエ宛てに届いておりました。送り主は錬成師ギルドとなっております」


「錬成師ギルド?」


「普段は冒険者からの依頼が多い中、こちらが届いておりましたので、早めにお渡しした方がよろしいかと思いまして」


 騎士さんはそれだけを伝えると、すぐにこの場を去って行った。

 確かに錬成師ギルドからの手紙は珍しい。

 クリムはギルドから束縛を受けずに宮廷で活動をしているので、ギルドとの関係は皆無と言ってもいいからだ。

 それなのに宮廷錬成師宛てに手紙? と疑問に思っていたら……


「これ、ショコラ宛ての手紙だ」


「えっ?」


「しかも、『品評会への招待状』って書かれてる」


「……」


 品評会への、招待……?

 それって見習い錬成師として、師範となる錬成師の元で五年の修行をしなきゃ出られないんじゃ……?

 だから私はババロアのアトリエを三年で追い出されて、どうしようもない崖っぷちに立たされたというのに。

 クリムからその招待状を受け取って、中身を確認してみると、確かにそこには品評会へ招くという旨が書かれている。

 どうやら私の作った武器で活躍した冒険者さんたちが、たくさん宣伝をしてくれたおかげらしい。

 それでギルドでの悪評も無くなって、力を認めてもらえたみたいだ。


 それとババロアのアトリエにいた職人たちの告発によって、劣悪な労働環境だったことも明るみに出たらしい。

 そのおかげで私は今までの徒弟期間も認められることになって、それらを総合した結果品評会への出展が許されることになったそうだ。


「アトリエにいたみんなが……」


 じゃあ、あの地獄の三年間は、無駄じゃなかったってこと?

 これで私は、品評会へ作品を出展できる。

 そこでもし実力を認めてもらうことができたら、晴れて念願だった自分のアトリエを開くことができるようになるんだ。

 それはすごく嬉しい。お母さんが叶えたがっていた夢を、私が代わりに叶えてあげることができるんだから。

 でも……


『品評会は一ヶ月後。この機会を逃しますと次回の開催は一年後となります。テーマは道具、武器、防具、すべて自由となっております。最高の錬成物の出展をお待ちしております』


「……」


 アトリエを開くことは確かに私の夢で、目標で、お母さんとの約束だ。

 でも、自分のアトリエを開けるようになったら、この師弟関係は終わりになってしまう。

 基本的に品評会で腕を認められた錬成師は独り立ちをしなければならない。

 そうなれば宮廷錬成師として活動する多忙なクリムとは、滅多に会うことはできなくなるだろう。

 私も私で自分のアトリエを持ったら忙しくなるだろうし、顔を合わせて話す機会なんて皆無になると思う。

 元からただの手伝いとしてクリムのアトリエに入ったので、いつかはこうなるだろうと思っていたけど……

 いくらなんでもこれは、早すぎる気がする。


 私はまだ、ここで習いたいことがある。

 何よりクリムから聞かなきゃいけないことがある気がするんだ。

 それをちゃんと聞き出すまでは……


「…………『その人がいつまでも、自分の近くにいてくれるとは限らないんだから』か」


「えっ?」


「本当になんでも見透かしたようなことを言う人だな。確かに言いたいことは言える時に言っておいた方がいいよね」


 クリムはそう呟きながら、静かに笑みを浮かべていた。

 いったい何のことだろうと思ったけれど、それを問いかけるより先にクリムが言う。


「さっきは嘘吐いてごめん。あの言葉、本当は知ってたんだ。というかあれは、僕の錬成師としての信念でもある」


「錬成師としての、信念……? お母さんの言葉が?」


 なんでお母さんの言葉を信念にしているのだろう?

 お母さんとクリムに接点はなかったはず。

 だからお母さんからあの言葉を聞く機会そのものがなかったと思うんだけど……

 頭をひどく混乱させていると、そこに追い討ちをかけるように、クリムが衝撃的な事実を口にした。


「だってチョコさんは、僕の錬成術の師匠だから」

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