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第二十三話 「私の居場所」


「クソッ!」


 ショコラとの再会の後。

 自身のアトリエに戻って来たババロアは、部屋に入るなり卓上に置いていた道具を床にぶち撒けた。

 今ではそれらを片付けてくれる職人や徒弟たちもいなくなり、客も来ないせいでアトリエは閑散としている。


「見習い錬成師の分際で楯突きおって……!」


 今まであのような態度を示してきたことは一度もなかった。

 あの言いなりだったショコラが、よもや反抗してくるなんて。

 まるで飼い犬に手を噛まれたような気分になり、ババロアの怒りはさらに燃え上がっていく。

 このままではまずい。

 失ってしまった客たちを取り戻すことができない。

 何としてもショコラに素材を集めさせなければ。


 アトリエの不調により、八つ当たりをするように職人たちを追い出してしまった。

 そのせいでババロアのアトリエの信頼は地の底まで落ちている。

 彼らもすでに別のアトリエに拾われたらしいと聞いたので、今さら戻って来てくれる者たちはいるはずもない。

 今ではババロアが自分自身で素材を集めて、錬成作業を行っている。

 錬成物の質が落ちたのもそうだが、作業効率まで悪くなったせいで余計に盛り返すのが難しくなってしまったのだ。


「ショコラさえ、ショコラさえいれば……!」


 作業効率も良くなり、また前のような錬成物も生み出すことができるようになる。

 ババロアのアトリエの復興に、ショコラ・ノワールは絶対に欠かせない人物なのだ。

 だからなんとかしてショコラを連れ戻す方法を考えるが、上手い方法は簡単には見つからない。

 あの様子からしてこちらの言葉には耳を傾けないだろうし、恫喝も効果がなかった。

 ならいっそ、ショコラが採取した素材を強引に奪うか?

 いや、一度は成功するだろうが、その後は警戒されて強奪ができなくなる。

 結局はその場しのぎにしかならない方法だ。

 やはりショコラはまた素材採取係としてアトリエに縛りつけたい。


「何としてもショコラを、俺のアトリエに……」


 ババロアは散らかった部屋の中心で、金髪を掻きむしって考え込む。

 しかしいい案が思い浮かばずに、ババロアは怒りに狂って目についたものを床にぶち撒けた。


「こうなったら力尽くでも……」


 そんなことを考え始めたババロアの視界に、ふと一つの錬成物が映り込む。

 前に依頼を受けて作ったけれど、危険な性質が付いてしまっために売り物にならなかった品だ。

 ババロアが暴れた衝撃で棚から落ちたようで、それを見た彼はハッとなって思いつく。


「これを、使えば」


 追い込まれた男が考えついた、悪魔的な方法。

 この錬成物を使えば、ショコラをまたこのアトリエに縛りつけることができる。

 元はこの錬成物もショコラが採取して来た素材で作ったものだ。

 ショコラは自分自身の力のせいで苦しめられることになるのだと思い、ババロアは久しく愉快な笑みを浮かべた。




――――




「あっ……」


 素材採取から戻って来て、クリムに指導を受けながら冒険者の武器の錬成をしていると……

 思うように錬成ができず、失敗ばかりを繰り返してしまった。

 注文書には湾曲する曲剣が書かれているけれど、上手く集中できずに波打つような剣になってしまう。


「ご、ごめん。また失敗しちゃった」


「いや、別に謝る必要はないけど」


 せっかく教えてもらっているのにまるで上達しないので、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 こうも失敗続きになっている原因は自分でもわかっている。

 素材採取に向かう途中、町で再会したある人物のことが、いまだに脳裏に残っているからだ。


『ショコラ、俺のアトリエに戻って来い……!』


 まさか今さらババロアからそんなことを言われるなんて思わなかった。

 いや、クリムも言っていたように、今までのババロアの活躍はすべて私が持っている【孤独の採取者】のおかげだったのだ。

 それに気付いたとなれば、アトリエを復興させるために私を連れ戻そうと考えても不思議ではない。

 もしかしたらまだ諦めてはおらず、またどこかで私に声を掛けてくるかも……

 そんな不安が頭の片隅にあるせいで、私は錬成術に集中し切れていなかった。


「ショコラ、どうかした?」


「えっ?」


 さすがに違和感を抱いたらしいクリムが、顔を覗き込みながら問いかけてくる。

 私は慌ててかぶりを振って取り繕った。


「い、いや、なんでもないよ」


「……そっか」


 クリムはそう言って、引き続き錬成のイメージを丁寧に伝えてくれる。

 そうだ、今はこっちに集中するべきだ。

 せっかくクリムが研究の時間を割いて私に教えてくれているんだから。

 それにまた声を掛けられたら、何度でも同じように拒絶すればいい。

 私はあのアトリエに戻るつもりは一切ないんだから。

 あれだけ散々こき使われた場所に、わざわざ戻るわけがない。

 私の今の居場所は……


「で、複雑な形状の武器は、実物を見たり触ったりしながら錬成を繰り返すのが効果的で……」


「……」


 説明を続けているクリムの顔を、静かに横から見つめながら私は思う。

 私はまだ、クリムのアトリエで学ばなきゃいけないことがある。

 それにクリムから聞かなきゃいけないことがある気がするんだ。

 だからここを離れるわけにはいかない。

 私は改めて決意を抱き、僅かにわだかまっていたババロアへの恐怖心を、人知れず振り払ったのだった。

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