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第二十二話 「今さら遅いです」


『素材集めもまともにできない無能はここから出て行け』


 当時の嫌な記憶が脳裏をよぎる。

 およそ一ヶ月前にババロアから告げられた一言。

 過酷な労働を強いられた結果、過労によって倒れてしまい、私は無能のレッテルを貼られた。

 そしてアトリエを追い出されて、破門された悪評が広まってどこのアトリエも引き取ってくれなくなってしまったのである。


 その元凶であるババロアが、私に声を掛けてきた。

 なんで今さらババロアが私の前に現れたのだろう?

 それにさっき、『やっと見つけた』って言っていた。

 私のことを探していたような口ぶりに、なおさら疑念が強まる。


「な、何の用、でしょうか……」


 いまだに罵詈雑言を受けていた時のトラウマがあって、私は自ずと声を震わせる。

 それでもなんとか言葉を絞り出すと、ババロアは耳を疑う台詞を返してきた。


「ショコラ、俺のアトリエに戻って来い……!」


「……はっ?」


 アトリエに、戻って来い?

 この男は、いったい何を言っているのだ?

 自分からアトリエを追い出したくせに。


「な、なんで今さら、そんなこと……」


「お前、俺に力を隠していたな……!」


「えっ?」


 ババロアはそう言って、自分の懐に手を入れる。

 そこから黒い“何か”を取り出すと、前に突き出して私に見せつけてきた。

 私は思わず息を詰まらせる。

 黒くて湾曲した、動物の角。

 それは、炎鹿(ブレイズバンビ)の黒角だった。


「そ、それって……」


「お前が採取して来た素材だ。これには規格外の性質が宿されてる。この力のことを、お前は今まで黙っていたんだな……!」


 ババロアは憤慨した様子で鼻息を荒くしている。

 どうやら私が持っている称号の力に気が付いたらしい。

 となれば、ババロアが私のことを探していたのも大方の予想がつく。

 私を追い出して以降、ババロアのアトリエの名前はあまり聞かなくなっていた。

 おそらく私が採取した素材を使えなくなり、ババロアの錬成物の質が大幅に低下したのだろう。

 それが原因で客足が遠のき、今になって私の力に気が付いたババロアが、必死になって私のことを探していたのだ。

 また素材採取係として、アトリエに連れ戻すために。


「なぜ今までこの力のことを黙っていた……!」


「別に、黙っていたわけじゃ……」


 私だって自分の力のことを知らなかったのだ。

 まさか素材採取係をしていただけで称号を授かっているなんて思わなかったから。

 しかも自分が採取した素材に、とんでもない性質を付与していたなんていったい誰が気が付けただろう。

 それによってババロアの活躍を陰で支えていたなんて、もっと想像がつかないこと。

 ババロア自身も、他の職人たちも、私でさえ、アトリエが繁盛していたのはババロアの実力のおかげだと思っていたのだから。


「いや、そのことはもはやどうでもいい。それよりもさっさと俺のアトリエに戻って来るんだ」


「も、戻って来いって言われても……」


「俺のところでまた素材採取係をやらせてやる(・・・・・・)と言っているんだぞ。いいからさっさとついて来い!」


 ババロアはそう言ながら、こちらの手を取ろうとしてくる。

 強引なその様子を見て、罵られていた時の記憶が蘇り、私は全身は強張らせてしまった。

 逃げられない。逆らえない。この人の言いなりになるしかない。

 これまでも、これからも、私はずっと……ババロアの道具なんだ。


『じゃあ、僕のアトリエで働いてみないか?』


 瞬間――

 クリムの声が頭の中に響いて、私は咄嗟に手を引いた。

 それによりババロアの手が空振り、奴は不機嫌そうに顔をしかめる。

 威圧感のあるその表情に、またも身が竦んでしまいそうになるけれど、私は意を決してババロアに言い返した。


「……嫌、です」


「あっ?」


「嫌、です……! 私は絶対に、あのアトリエには戻らない……!」


 語気を強めてそう言うと、ババロアは驚いたように目を見張った。

 まさか私が反抗的な態度をとってくるとは考えていなかったのだろう。

 確かに昔の私だったら、ババロアに逆らえずに言いなりになっていたと思う。

 でも、今は違う。

 私はもう、ババロアのアトリエの素材採取係じゃない。

 クリムのアトリエの見習い錬成師だ。

 あんな苦い記憶しかないアトリエには、絶対に戻ってやらない。


 確固たる意思を主張するようにババロアを鋭く睨みつける。

 その険悪な雰囲気を感じ取ってか、横切る人たちが僅かに視線を向けてきていた。

 そんな中、その視線を気にする余裕もないくらい、ババロアはひどく怒りに打ち震える。


「ふ、ふざけるなよショコラ……! 三年間面倒を見てやったのを忘れたのか!」


「面倒を、見た……?」


 これまた耳を疑う言葉を掛けられる。

 それがきっかけとなって、いよいよ恐怖の気持ちが怒りの感情へと変化していった。


「“面倒を見た”って、あれで面倒を見ていたつもりだったの?」


「……なんだと?」


「三年間、ろくに錬成術のことも教えないで、素材採取ばかりやらせてたくせに。寝ぼけたこと言わないで!」


 私は胸に秘めていた怒りを、爆発させるようにババロアにぶつける。


「休みもほとんどない。修行の時間だって設けてもらえない。挙句の果てに使い潰されてアトリエを追い出された。それでよく“面倒を見てた”なんて恩着せがましいことを言えたわね!」


 横を通り過ぎて行く通行人たちの視線も気にせず続ける。


「理不尽に徒弟を破門されたせいで、ギルドに悪評が広まって他のアトリエにも相手にされなくなった。一時は本当に夢を諦めかけるところまで追い詰められて、私は三年間を無駄にされかけたのよ……! それなのに今さら、あんたのところに戻るわけないでしょ!」


「……」


「それに私はもう、別のアトリエで手伝いをさせてもらってるの。だからもう二度と私に話しかけて来ないで」


 言いたいことだけをぶつけて、私はすぐさま背を向ける。

 そのまま立ち去ろうとすると、ババロアの焦る様子が背中越しに伝わって来た。


「ま、待てショコラ! まだ話は終わってない! 今ならまだ聞かなかったことにしてやるから、もう一度よく考えて……」


「ついて来ないで!」


 私は振り返ることもなく、素材採取に向けて町を出て行った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分の相手への行った行いは時を経て自分に戻ってくる。 まさに報いといえようか。
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