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第十三話 「趣味」


 至高。

 初めて見る状態だ。

 錬成品の状態は『最良、良、可、悪、最悪』の五段階だけじゃなかったの?


「錬成物の性能や効果は、状態によって大きく変わるようになってる。中でも『最良』の状態の錬成物は、性能や効果が格段に高くなってるんだ」


「そ、それはもちろん知ってるけど……」


「でも実は、その上には『至高』っていうもう一つの状態が存在する。至高の状態の錬成物は、最良の状態よりもさらに別格に性能や効果が高くなってて、僕はその至高の錬成物を生み出すことができるんだ」


「な、なんでそんなことが……」


 できるのよ、と問いかけようとしたら、それを読んだクリムが先置きするように答えてくれた。


「【至高の錬成師】っていう称号を持ってるから、僕は限界を超えて錬成物を『至高』の状態に仕上げることができるんだよ」


「……」


 ず、ずるくないそれ?

 普通は最良が限界のはずの状態を、それを超えて至高の状態にまで引き上げることができるなんて。

 クリムに同じものを作らせたら、状態では絶対に勝てないということになってしまう。


「もちろんそれに伴った想像力が必要になってくるから、その分錬成術を磨いていかないといけないけどね」


 不満そうにそう言ったクリムは、私の手から丸薬を取り戻して最後に言い切った。


「至高の状態で完成させられることに加えて、僕もある程度は性質付与ができる。ま、そんなわけだから、横に並ばれることはあっても追い抜かれることは“まだ”ないよ」


「…………やけに自信満々じゃない」


 まあ、確かにそんな称号を持っているなら自信があるのも頷ける。

 それに私よりも断然知識が豊富で、色々なものを正確に錬成できるみたいだから。

 私なんかまだまだだな。

 クリムよりもすごい傷薬を作れるかも、なんて自惚れもいいところだった。

 でも、『“まだ”ないよ』か。

 それなりに腕を買ってもらえているとわかって、私は少し嬉しい気持ちになった。


「あっ、それならさ、私が採って来た素材でクリムが錬成すればいいんじゃない?」


「ショコラの素材で……?」


「そうすればSランクの性質がいっぱい付いた、至高の状態の錬成物が出来るんじゃないの?」


 私が採って来た素材には規格外の性質が付与されている。

 それを錬成に使えば性質を受け継がせることができるので、至高かつ超性質満載の錬成物になるんじゃないの?

 まさに最強の錬成物だ。

 と、思って提案してみたのだけれど……


「……ショコラの採って来た素材は使わない」


「えっ?」


「使えるわけないだろそんな素材。それで僕の錬成物の質が良くなっても、周りから評価されるのは僕だけになるじゃないか」


 確かに、実際に手掛けるのがクリムである以上、私はただの素材採取係としてしか認識してもらえない。

 それを気にして、私が採って来た素材を使おうとしなかったってことか。

 何よりそんなやり方で名前を広めるのは、クリムが一番嫌がりそうなことだ。

 クリムだったら、自分の力だけで錬成師として名を広めたいはずだから。


「それが嫌だったから素材採取係としてじゃなく、錬成の手伝いをしてもらおうって思ったんだ。僕をどこぞの傲慢な錬成師と同じにしないでくれ。ショコラの採って来たものは、ショコラが自分で使いなよ」


「……う、うん。わかった」


 クリムが気を遣ってくれたのだとわかり、私は“言いようのない気持ち”で頷きを返す。

 私のことなんか気にしなくていいのにな。

 私はお世話になっている立場なんだから、どんどん利用してくれて構わないのに。

 まあ、クリムがそう言うなら、自分で採って来たものは自分で使わせてもらうとしよう。


「あっ、クリムも【孤独の採取者】の称号を取ればいいんじゃないの? そうすれば自分で採って来た素材で最強の錬成物が出来るんじゃ……」


「いや、取ればいいって簡単に言ってるけど、それの取得条件ちゃんと見てなかったの?」


「取得条件?」


 そういえばなんだっけ?

 称号にはそれぞれ取得するための条件があり、【孤独の採取者】も例外ではない。

 私はその条件を満たしたから称号を獲得できたわけで、神境に映し出されたステータスにそれも記述されていたと思うけど、正直よく覚えていないなぁ。

 クリムはそれを正確に覚えていたようで、呆れた表情で返してきた。


「『魔物領域での長時間の素材採取を継続日数300日で取得』。そんなことしてる暇がないし、そもそも条件に曖昧なところがありすぎて取得できる気がしないんだよ」


「曖昧?」


「まず“長時間”がどれくらいの時間を指しているのか。あと“素材採取”はどれくらいの素材を採ればいいのか」


 あぁ、確かに曖昧なところだらけだ。

 “継続日数300日”というのは明確に数字が記されているけれど、それ以外の記述は具体性に欠くものが多い。

 特にクリムの言った“長時間”と“素材採取”のところが。


「魔物領域を一時間くらい探索して、素材を一つ持ち帰るくらいのことなら三百日続けてる人間がいても不思議じゃないだろ。でもこれまでに【孤独の採取者】の称号を授かった人間の記録は残されていない。それくらいのことじゃダメってことだ」


 クリムはカゴに琥珀の丸薬を仕舞いながら、続けて私に問いかけてきた。


「ちなみにショコラは一日どれくらい素材採取をしてたの?」


「えっと、平均八時間くらいかな? 去年とかは特にひどくて、十時間は魔物領域で素材採取をしてたと思う。一日で集める素材の数も、魔物素材なら最低三十個、自然素材は日が暮れるまで集めさせられてたかな」


「……」


 何の参考にもならないね、とクリムはまた呆れるようにこぼした。


「ま、その辺りのことが曖昧だから、再現性がなくて試す気にもならないってことだよ」


「なるほどねぇ。あっ、それじゃあ逆に、私が【至高の錬成師】の称号を取っちゃえばいいんじゃない? そうすれば私も錬成物の状態を至高まで上げられるし……」


 なかなかにいい考えかと思ったけれど、これまたクリムに呆れられてしまった。


「錬成術によって最良の錬成物を一万種以上生み出した者」


「へっ?」


「【至高の錬成師】の称号の取得条件だよ。『錬成術によって最良の錬成物を一万種以上生み出した者』」


「い、一万種!?」


 生涯、凄腕の錬成師が手掛けるとされている錬成物の種類が一万種と言われている。

 素材集めに時間が掛かるのはもちろん、錬成物それぞれの理解を深めて錬成術を磨かなければならず、一万種の錬成を成功させるのは一生をかけても不可能と言う者も多いほどだ。

 だというのに、それをすべて最良の状態で仕上げた?


「それができる自信があれば、試してみてもいいんじゃないかな。少なくとも僕は錬成術に打ち込んで丸々七年は掛かったけど」


「た、たった七年で、一万種の錬成物を……?」


 とても真似できるものではないと思ってしまった。

 一万種の錬成物を生み出すだけでも苦行だろうに、それをたった七年でなんて。

 幼い頃から、がむしゃらに素材を集めて、組み合わせを考えて、ひたすらに錬成術を試していた証拠。

 並の熱意では成し遂げられないことだ。

 これは素直に尊敬の念が湧いてくる。

 そうだよね、よく考えたら今目の前にいるのは、齢十五で王国騎士に力を認められて宮廷入りを果たした天才錬成師なんだよね。

 そんな人物と簡単に肩を並べられるとか、同じ力を手に入れようとか考える方が間違っていたのだ。

 本物の才能というものを、私は今一度痛感させられた。


「ていうかクリム、“趣味”で始めたって言ってたのに、そこまで錬成術に打ち込めるなんてすごいね。本当に錬成術好きなんだ」


「……」


 なんとなしにそう言ってみると、クリムはなぜか気まずそうにこちらから目を逸らしてしまった。


「…………趣味でここまでやるわけないだろ」


「えっ?」


「いや、なんでもない」


 何か言ったような気がしたけれど、クリムはそれ以上何も答えることなく作業机の方に戻って行った。

 私も私で、大切な仕事が残っていたのだと思い出し、すぐに傷薬の錬成に取り掛かることにした。

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