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第十一話 「クリムのアトリエ」


 神殿で称号を確かめた後、いよいよクリムのアトリエに向かうことになった。

 神殿を出た時にはすでに日は落ちかけていて、城には夕暮れ頃に到着する。

 試験に合格している私は、宮廷への立ち入りを認められている状態なので、クリムに付き添う形で初めて城の中へと入って行った。

 白を基調とした内壁と天井の高い廊下。滅多に見ることのない高貴な雰囲気を放つ騎士やご令嬢たちと何度もすれ違い、私の緊張感は否応なく増していく。

 その中でクリムは、時折騎士や令嬢たちと気軽に挨拶を交わしていて、なんだか別の世界の住人のように映ってしまった。

 そんな彼の後ろをビクビクとついて行くと、やがて居館にある一室へと辿り着く。


「ここが僕の錬成工房(アトリエ)だよ。居館の部屋の一つを、アトリエとして借してもらってるんだ」


「お、お邪魔します……」


 招かれたその部屋は、かなり広々としていた。

 左の壁際にはアトリエらしく、大きな作業机と素材棚が置かれており、反対の右の壁際は本棚とソファがある。

 真ん中が広々と空いているのは大がかりな錬成術を行うためのスペースにしているのだろう。

 どの設備も、私が想像しているものより一回り大きく、さすが宮廷錬成師様のアトリエだと痛感させられてしまう。

 さすがに立派だなぁ、と思う傍らで、私は一つの不安を静かに募らせていた。

 ……ここで、共同生活をするわけだよね。


「基本的にアトリエの中にあるものは自由に使ってくれていいよ。寝起きや着替えも隣の部屋が空いてるから。あと、城の設備は使用人か騎士に許可をもらってから使うようにしてくれ」


「……」


 クリムは普段と変わりない様子で淡々と説明をしている。

 向こうが気にしていないのならそれに越したことはないんだけど、少しは思うところがあったりしないのだろうか?


「今日はもう遅いから、アトリエの手伝いは明日から……」


 と、言いかけたクリムは、ずっと黙っている私を見ていよいよ首を傾げた。


「どうかした? さっきからやけに大人しいけど。借りて来た猫みたいに」


「いや、だってさ……」


 正直口にするのは躊躇われるけれど、この際だからと思って問いかけてみた。


「クリムは気まずくないの? 私と二人きりでさ……」


 喧嘩中の相手と接する気まずさ。同い年の異性と二人きりの気まずさ。

 その二つの意味を含めて尋ねてみたのだが、クリムは平然とした様子で返してきた。


「別に、ただの仕事上の協力関係ってだけだから。ショコラと二人きりでもなんとも思わないよ」


「……ふ、ふぅーん」


 改めてクリムの口からそれを聞けたのは、なんだか安心できるけれど……

 うーん、それはそれでムカつくような気がする。

 別にクリムに意識してもらいたいとか、そういう気持ちがあるわけじゃない。

 ただ、これでも一応私は女の子なのだから、異性としてまったく意識されていないとなると悔しい思いが込み上げてくる。

 女の子として見くびられているというか、舐められているというか。

 ちんちくりんだったクリムのくせに。


「あぁ、そうですか。まあクリムはもう立派な爵位付きの宮廷錬成師だから、たくさんの令嬢様ともお近づきになって、色々と大人らしい交際をしてるんでしょうね」


「はあっ!?」


 半分冗談、半分そうなんだろうと思って言ってみたけれど……

 クリムは予想外にも前のめりになって、強めに返してきた。


「そんなわけないだろ! だって僕はずっと……!」


「……?」


 ずっと……?

 瞬間、クリムはハッとした様子で口を閉ざす。

 次いでこちらから視線を逸らすと、何かを誤魔化すように無造作な銀髪を掻いてこぼした。


「な、なんでもない」


 いったい何を言いたかったのだろうと不思議に思ったが、私はそれ以上追及することはしなかった。

 それからクリムは、隣の部屋に続いている扉を開けて指で示す。


「いいからもう寝なよ。明日は朝早くから手伝いをしてもらうつもりなんだから。腹ごしらえと湯浴みがしたかったら使用人にでも聞いてくれ」


「そういえば私って、明日から具体的にどんな手伝いすればいいの? 簡単な素材採取とかって言ってたけど、クリムの代わりに何か採ってくればいいのかな?」


「いいや」


 てっきり代わりに素材採取をしてくればいいのかと思っていたけれど、そうではないらしい。

 じゃあ私はいったい何を……? と思っていると、不意打ち気味に衝撃のことを伝えられた。


「初めはそのつもりだったけど、ショコラには錬成の方の手伝いをしてもらおうと思う」


「えっ……」


「今日の試験結果を見て気が変わった。ショコラには王国騎士たちが使う“傷薬”の錬成を任せる」


「き、騎士たちの傷薬!?」


 なんか、いきなりとんでもない仕事を任された。

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