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第十話 「アトリエの失墜」


 ババロアのアトリエ、工房長室。

 そこにはいつにも増して機嫌を悪くする、工房長の姿があった。


「な、ぜだ……!」


 男は片手で金髪を掻き乱しながら、もう片方の手で出来上がったばかりの錬成物を握りしめている。


「なぜ突然、俺の品がこんなに……」


 瓶詰めにされた傷薬は、溶液(スライム)の粘液を素材にして作られた塗り薬だ。

 錬成術において代表的な傷薬の一つで、素材の入手と錬成のしやすさから低価格での提供が可能になっている。

 加えてババロアのアトリエで作られるその塗り薬は、強力な性質を宿していることで王都内の騎士や冒険者たちの間で話題になっており、低価格に見合わない高い治癒効果が大好評で看板商品の一つになっている。

 もう他のところで同じ商品を買うことはできないと言う者も少なくないとのことだ。

 そのせいでギルド側からも、大量生産は控えるようにと注意喚起を受けるほどで、その事実が広まったことでさらにババロアのアトリエの評価も急激に上がった。

 他の商品も負けず劣らずの強力な性質を宿したものばかりで、それを知った者たちはすっかりババロアのアトリエの愛好家になり、定期的に商品を求めてアトリエにやって来てくれる。

 だが……


◇清涼の粘液

詳細:溶液(スライム)の粘液を素材にした傷薬

   患部に塗ることで治癒効果を発揮する

   微かに清涼感のある香りが宿っている

状態:可

性質:治癒効果上昇(D)


 ここ一週間、ババロアは低品質の錬成物しか作れていなかった。

 あれだけ強力な性質を宿した錬成物を生み出すことができていたのに。

 今まで通り同じ感覚で錬成をしている。

 素材だって間違えるはずがない。

 しかし突然、錬成物に付与される性質のランクが激しく落ちて、そのせいで贔屓にしてもらっている愛好家たちからも手厳しい言葉を頂戴することになった。


『あれだけいい性質の品が置いてあったのに、残念だなぁ』


『これからは別のところで調達しよっか』


 結果、ここ一週間で想定外の数の客たちがこのアトリエから離れている。

 同時に売り上げは滝のような落ち方をして、ババロアの精神はひどく摩耗していた。


「俺は今まで通りやっているはずだ……! なのになぜ、こんなクズみたいなものばかり……!」


 彼はその憤りのあまり、手に持っていた『清涼の粘液』を地面に叩きつけた。

 バリンッ! と甲高い音が部屋に響き、ガラス片と粘液があちこちに飛び散る。

 それでも怒りを抑え切れずに金髪を掻きむしっていると、職人の一人が開いた扉から恐る恐る声を掛けてきた。


「あ、あの、ババロア様……」


「あぁ!?」


「ひいっ!」


 憤った反応を見せると、職人はビクッと肩を揺らして怯える。

 それでもなんとか持ち堪えながら、手に持っていた木網のカゴを差し出して要件を伝えた。


「そ、そそ、素材採取が終わりましたので、そちらを持って来ま……」


「まだ四時間しか経っていないではないか! もっと状態のいい素材を探して持って来い! お前たちが手を抜いているせいで、俺の錬成物の品質が落ちているのだぞ!」


「すす、すみません!」


 職人は慌てた様子で立ち去って行き、再び素材採取へと飛び出して行った。

 ババロアのみが残された部屋に、彼の荒々しい鼻息だけが響き渡る。


(そうだ、これはきっと素材探しを怠けているあの職人(バカ)どものせいだ! 俺の腕が落ちたせいではない……!)


 素材の状態が悪ければ、錬成物の完成度に影響が生じる。

 そのせいで思い通りの性質が付与できずに、粗悪なものばかり出来上がってしまうのだ。

 と、心中で自分に言い聞かせてみるが、ババロアの心はいまだに落ち着きを取り戻せずにいた。


「くそっ、何がどうなっているのだ……! なぜ今までのような性質が出せなくなったのだ……!」


 ある日を境に錬成物に特別な性質が宿るようになり、自分が錬成師として覚醒したのだと思っていた。

 これこそが自分の中に宿されていた、錬成師としての才能だったのだと。

 ナスティ家相伝の称号を授からなかった代わりに、自分には隠されていた力があると確信していたのに。


『ナスティ家は妹のフランに継がせる。【早熟の錬成師】の称号を授からなかった無能はさっさと出て行け』


 錬成師の名家に生まれながら、家のほとんどの者が授かっている称号を自分は授かることができなかった。

 錬成術の上達が極めて早くなる、錬成師にとってとても重要となる称号――【早熟の錬成師】。

 それを授かれなかったババロアは家を追われ、代わりに次期当主に選ばれた妹に対して計り知れない憎悪を抱いた。

 だからババロアは、自分でアトリエを開き、そこで錬成師としての才能を示して次期当主の座を奪い返すつもりでいた。

 その波にようやく乗れたと思った矢先に、粗悪な錬成物ばかりしか生み出せなくなり、アトリエは失墜の危機に立たされている。


「俺は、無能なんかではない……! ナスティ家を背負って立つのは、この俺だ……!」


 諦め切れないババロアは、原因を探るべくひたすらに錬成術を繰り返すことにした。

 きっと何度か錬成術をやっているうちに、あの感覚を取り戻せるはずだと。

 そのために作業場に赴き、素材棚の方に歩いて行くと……

 そこに一つの素材を見つめて、不意に脳裏に一人の少女の顔が浮かんだ。


(あれは……?)


 一週間ほど前にアトリエから追い出した、素材採取係のショコラが採取して来た素材。

 炎鹿(ブレイズバンビ)の角だ。

 五本使う予定だったのだが、一本は依頼がキャンセルされたため素材が残ったままだったのだ。

 ということを思い出したババロアは、頭に引っかかりを覚えて眉を寄せる。

 自分の不調が始まったのが一週間前。素材採取係のショコラを追い出したのが一週間前。

 奴が採取して来た素材もすぐに使い切り、それからは他の職人や徒弟たちに集めさせた素材で錬成をしている。


(偶然か……? いやだが、もしかしたら……)


 ババロアは一つの可能性に辿り着き、棚に置いてある炎鹿(ブレイズバンビ)の角に手を伸ばした。

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