吹雪の中で立ち往生したら『なにか』が車の窓を叩き始めた
「ねぇ……どうするの?」
助手席に座る彼女が不安そうに言う。
ちょっとドライブするつもりが吹雪の中で立ち往生。
車が完全に動かなくなってしまった。
窓の外から見えるのは真っ白な世界。
一メートル先ですら目視不可能。
このままでは雪の中に閉じ込められてしまう。
どうすればいいのか全く分からない。
消防に通報しても、車の中で待てと言われるだけ。
吹雪がやむまで救助は出せないという。
幸い、乗っているのはEV車だ。
一酸化炭素中毒の心配はない。
それでも不安なことに変わりはないが……。
「大丈夫だよ、きっと。
必ず助かるから」
「なんかちょっと眠くなって来たんだけど……」
「寝ても大丈夫だよ。
まだまだ電気の残りはあるし」
バッテリーの残量は80%弱。
明日の朝まではもつだろう。
暖房も効いている。
ネットも見られる。
別に命が危険にさらされているわけではない。
吹雪がやんで、救助が来るのを待てばいい。
俺は楽観的に構えていた。
怖いことなんて起こるはずがない。
何事もなく明日を迎えることができる。
そのはずだった――
――ダンっ
突然、音がした。
最初は窓に何かがぶつかったのかと思った。
「え? なんの音? え? え?」
「大丈夫だ、気にしなくても平気だよ」
彼女の肩を抱いて安心させようと努める。
俺まで怖がっていたら話にならん。
ぶつんっ
急に照明が消える。
真っ暗になって悲鳴を上げる彼女。
こんな時に故障?!
ヤバいな……これは。
いったい何が起こってるんだ……。
――だんっ
続けてまた音が聞こえた。
気のせいとかではない。
何かが何度もぶつかっている。
もしかして雹でも降って来たのか?
窓が割れたら大変なことになる。
俺は周囲を見渡して音の正体を探る。
すると――
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
音と共に、くっきりと掌の形が窓に張り付く。
間違いなく人の手の形だ。
「いやああああああああああああああ!」
悲鳴を上げる彼女。
俺もつられて声を上げそうになる。
間違いなく車の外になにかがいる。
人間とは違う、何かが。
こんな吹雪の中を人が歩いているはずがない。
「……れて……けて……れて……けて」
「ねぇ! 何か聞こえるよ! ねぇっっっ!」
「大丈夫だ落ち着けって!」
「落ち着いてなんていられないよ!
殺される! 殺されちゃうよぉ!」
彼女は完全にパニック状態に陥っていた。
このままだとまずい。
でも……なにもできない。
得体のしれない正体不明の存在に、どう対抗しろと言うんだ⁉
まさか殴りつけるわけにもいかない。
外は相変わらずの猛吹雪。
視界は全く開けず、真っ暗闇。
明かりもスマホの液晶くらいしかない。
どうすればいい?
どうすればいい⁉
俺は彼女と抱き合いながら、時間が経つのを待った。
「……れて……れて」
ダンッ! ダンっ! ダンッ!
「……けて……けて」
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
「……すけて」
ダンッダンッダンッダンッダンッ――
頼む……もうやめてくれて。
夜が明けた。
吹雪がやむ。
なんとか凍えることなく、朝を迎えることができた。
今になって電源が復活。
暖房で車内が温まっていく。
「よかったっ、よかったっよぅ……」
がちがちと震えながら涙を流す彼女。
俺も半泣きになって彼女の背中をさする。
なんとか正体不明の存在をやりすごし、朝を迎えることができた。
俺たちは助かったんだ……助かった……。
コンコンコン。
「大丈夫ですかー⁉
中に誰かいますかー⁉」
救助隊だ。
ようやく来てくれたか……。
俺はすぐに返事をして、外へ出してもらうようにお願いする。
車の周りはすっかり雪に埋もれていて、扉を開くまで時間がかかった。
「体調は大丈夫ですか?」
「俺は平気ですけど、彼女が寒がってて。
低体温症になってるかも」
「分かりました、すぐに病院へ搬送します」
救助隊はすぐにヘリを要請してくれた。
もうすぐ助けが来ると言う。
……よかった。
本当に。
何事もなく、無事に朝を迎えられ――
「人が倒れてます!」
誰かが叫ぶ。
救助隊が雪の中に倒れている人を見つけたらしい。
数人の隊員が駆け寄り、雪をかきわけると……そこには一人の女性が倒れていた。
すっかり凍えてしまっていて、すでにこと切れている。
倒れていたのは……俺の車のすぐ傍だった――
「こっちにも!」
「こっちにももう一人!」
「ここには……子供が……」
次々と俺の車の周りから凍死体が発見される。
雪の中から凍え切った人々が、次々と。
「え? なんで? え?」
「もしかしたら助けを求めて集まってきたのかもしれません。
近くでバスの横転事故があったのですが、その乗客かも……」
それを聞いて俺は真っ青になる。
あの助けを求めて窓を叩いていたのは、正体不明の存在ではなく――
「……いれて」
「……あけて」
「……たすけて」