第三話 隠されたもの
そうしてやってきたのは、デズモンド元帥の家であった。
「この家の門を潜るのも、久しぶりだな…」
「そうか、君はもう出奔したんだったな」
「ええ。ですが、義父なら話せばわかってくれる…そう信じています」
ドアを開けて玄関に入ると、早速フランソワの声が響いた。
「は〜い、どちら様…レ、レイ! それに…ニコラス陛下⁉︎」
「久しぶりです、義母さん」
「しばらくだね、この前のパーティー以来かな?」
恭しく膝をつき、フランソワは頭を下げた。
「まぁ…事前にお申し付けくだされば、おもてなしの準備ができましたものを…」
「いいんだ。
それよりもモーガン元帥に話がある。
何処にいらっしゃるかな?」
「二階の書斎でしょう。
基本的には、いつもそこで読書に興じておられる」
「そうか…すまないが、邪魔させてもらうよ」
そう言ってレイとニコラスは歩みを進めていった。
「あ、ちょっと…!」
コンコンと扉をノックすると、久しぶりに聞いた無愛想な声が響いた。
大方読書の邪魔が入って気分を害したのだろう。
「入れ。何用だ」
ドアを開けて入ると、目に飛び込んできたニコラスの姿に、元帥は目を白黒させた。
「へ、陛下⁉︎ レイまで…」
「邪魔してすまないね、元帥。
君に聞きたいことがあるのだよ」
ニコラスは横にあった椅子に腰掛け、モーガンに問い掛けた。
「父上のことについて、何か知っていることはないかな?」
「…リチャード陛下の事でしょうか?」
「そうだ。君の話しが聞きたい」
ニコラスとレイは、これまでの経緯を話した。
拡大を続ける戦争に終止符を打つため、ニコラスを新たなる王にする事。
そしてその為にマリアをはじめとする要人を集めた事。
さらにはリチャード弾劾のための証拠を集めて回っている事も。
「な、なんという事だ…それは事実上の謀反ではないのか!」
「そうなるな。
しかし元帥、これは必要な事だ。
度重なる戦乱に兵は疲弊し始めている。
このまま戦いが続けば、周辺諸国との遺恨を残すだけでなく、王国の存続まで将来的にも怪しくなる。
だからこそ、私が王座につく事を決めたのだ」
「…レイ、貴様が陛下を唆したのか」
「確かにきっかけは俺かもしれない。
でも陛下が最終的にはご自分でお決めになったことだ。
ニコラス陛下はご自身の眼で世界をご覧になり、そして今それを自らの意思で変えようとしていらっしゃる。
俺たちはそれを後押ししているに過ぎないのさ」
「そういうことだ。
だからこそ、君の助けが必要なんだ。
先王エドワードの代から元帥の座につき、現政権を見続けてきた君の助けがね」
ニコラスは腕を組み、モーガンをじっと見つめた。
「何か君は知っているんじゃないのか?
現政権が崩壊しかねないスキャンダルを握っているとしたら、君のような軍部のトップか、王室統制局の人間しかいないだろう。
腰巾着のアーヴィスには到底無理な話だが、君になら話ができる」
「ば、馬鹿な…現政権にやましい所など…」
「数えればキリがないさ。
国費流用や文書偽造の疑惑、それに何より不可解なのは、バリー・コンドレン将軍やアーヴィス・ムゥ王室統制局長の不自然な昇進スピードの速さだ。
彼らが父上の腰巾着であることは周知の事実だが、それにしても何の戦果も上げておらず、また行政上の成果もない彼らがここまで重用されるのも不自然だ。
恐らくこれに関して何か知っているとしたら、君以外にはいないだろう」
「……」
「教えてくれ、元帥。何が起こっているのかを」
モーガンは俯いたまま黙るばかりだった。
「…頼む、義父さん」
レイが口を開いた。
「あんただって、リチャード王の好きにさせていたら王国は終わりだと、どこかで気づいているはずだ!
差別を嫌い、戦争の大義にこだわった義父さんなら、わかってくれるはず。
モナドの野望がほぼ潰えた今、戦いの必要なんてほぼ無くなってる!
それを薄々感づいているんじゃないか?」
「それは…」
「戦いに殉じたいのであれば、せめて大義ある、誇り高き闘いに身を投じて死ぬ。
それこそがあんたの言うところの、軍人の名誉じゃないのか?
今の戦争がそうだとは、とても思えない!
だから…頼む、義父さん」
モーガンは深くため息をつくと、語り出した。
「本当に私は何も知らんのだ…行政の中枢にいるわけでもない私が、証拠など何も持っているわけがないだろう…ただ…」
「ただ?」
「…一度だけ、聞いてしまったことがある」
それはレイがこの世界にやってくる少し前。
その時、うっすらとドアは開いていた。
たまたま通りかかったモーガンは、やたらと大声で笑う人物が微かに見えた。
(コンドレンか…)
あの品のなく濁った笑い方は、バリー・コンドレン将軍のものだ。
しかし、その横には見慣れない人物が座っているのが見えた。
(…?)
不審に思ったモーガンは、ドアの隙間から中の様子を盗み見た。
その真っ白な頭と見下したような目つきには見覚えがあった。
教会関係者であったはずだ。
『はっはっは、これで我々の将来は安泰ですな、枢機卿』
『全くだ』
その言葉でモーガンは思い出した。
レスリー・サマラ枢機卿。
現在のアルマ教主国の原理主義者たちをまとめ上げる、言うなれば教会の最右翼である。
それがなぜアズリエル王国の総行政府の一室にいるのか、モーガンにはいささか不可解であった。
『顔の神経を緩めるのはまだ早い。
いまだ教会の実権を握っているのはケルビン教皇である上、身内の敵は排したものの、国外にはまだ我らに仇なす者どもがウヨウヨいる…北の魔界のようにな。
そこで不始末があれば、貴様らの首なぞ一瞬にして飛ぶことを忘れるでないぞ』
その声は、モーガンもよく知るものであった。
(陛下…?)
『やれやれ、恐ろしいお方だ。
なればこそ、この世の覇権を取るにふさわしい。
エドワード夫妻だけでなく、妻であるヘイリー王妃に至るまで…』
するとリチャードは、拳で思い切りテーブルをガンと叩いた。
『余計な口を叩くな…誰が何処で聞き耳を立てているかわからんのだぞ』
その時ばかりは、リチャードの顔が阿修羅のように激しくなっていた。
何やら見てはいけないものを見てしまった感覚に陥り、モーガンは速やかにその場を去った。
「聞いたのはそれだけだ。詳しいことは何も知らん」
「母上…?」
ニコラスは狼狽した。
まさか自らの母の名前が出てくるとは思わなかったからだ。
しかも話が本当であるなら、そのしにリチャードが関わっていることまでも匂わせていた。
いずれにせよ、彼らの口からエドワード夫妻の名前が出たことから、いよいよ暗殺説に真実味が出始めていた。
「しかし出回っている暗殺説などは根拠のない話だ。
先王夫妻は当時流行っていた肺の病によって亡くなられたし、ヘイリー王妃も持病の悪化が死因ということだ。
専門の医師達が証明済みのはず」
「それは事実だが…しかしどうも怪しいぞ」
ニコラスは深く思案した。
「ありがとう、義父さん…全てが終わったら、また帰ってくるよ」
「…そうか」
モーガンのその顔は、心なしか笑っているようにも見えた。




