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第二十七話 持たざるもの

 



「今からでも遅くはない、止めるんだ!

 すでに王国軍は動き出しているだろう。それにルークスナイツも全面的に参戦する。

 そうなれば数で押し負けるのは明白だ! さっさと我々を解放して何処かへ逃げろ‼︎」


 ニコラスは拘束されながらもイリーナに叫んだ。

 しかし目の前の彼女は歯牙にもかけないといった様子である。


「彼らが全力で抵抗する事なんて、最初から想像済みよ。

 それこそ我々の狙い通り。あの魔法はやろうと思えばアズリエル本土の居住エリアにも照射出来る。

 もし仮に全市民が避難しても無駄よ。彼等が息をする場所全て、地下エリアも含めて全てを焼きつくせるだけの力が我々にはある。

 もし仮に我々が敗れたとしても、純粋種側は大きく兵力を削がれるだけでなく、民間人でさえも数多く失う事になる。そうなればこっちの物よ。

 我々の子孫達が私達の意思を継ぎ、アズリエルやシーアを今度こそ消滅させてくれるはず」

「バカな事を言わないで!

 もし貴女達が純粋種に恨みがあるとして、なぜアルマ教主国まで狙われる必要があるの?

 教会は常に弱者の味方をしてきたはずよ。非純粋種達が無抵抗の教会の人間まで殺したとなれば、永遠に彼らは貴方たちをケダモノ呼ばわりするわ。

 そうなれば、貴方たちの子孫もお終いよ!」

「弱者の味方? 戯言を言わないで。

 今のアルマ教主国が一枚岩でない事くらい、私だって知っているわ。レスリー・サマラ枢機卿の策略で、貴女は南北戦役に出兵する事になったはず。

 それに今回の大戦でさえ、原理主義者たちはルークスナイツを西側大陸に派兵する事を最後まで主張したのを知っているわ。

 ケルビン・ラマー教皇が何らかの形で失脚すれば、確実に彼らはアラニズムそのものを異端分子として消滅させる。異端審問官を複数抱き込んでいる事からも、それは明白よ」

「…! なぜ、そこまで…」

「教会の内部事情に詳しいかって? モナドの情報網は教会にも伸びているのよ。甘く見ない事ね」


 ティアーノ旧特務諜報庁が世界中にその網を広げているのはエレナも知っていたが、まさか教会内部の勢力争いの事まで熟知していることには驚きを隠せなかった。

 内通者が教会内部に入る可能性も否定は出来ないであろう。


「だ、だからって…こんなにも多くの人間の命を危機に晒すなんて、正気じゃないぞ!」


 ニコラスは堪らずに叫んだ。

 するとイリーナは如何にも馬鹿馬鹿しいと言った表情で、鼻を鳴らしながら彼を嘲った。


「はっ、それを貴方が言うの?

  亜人種から聖地を奪い、住処を奪い、殺し続ける者たち…その頂点であるニコラス王子が?

 滑稽ね、自分たちの歴史を見返してから物を言いなさいよ。

 私達は取り戻すだけよ、故郷である聖地をね」

「聖地…ズーロパの事か?」

「そう。かつての純粋種入植以前の聖地ズーロパ…あそこを亜人種たちの手に取り戻すのよ」


 アドナイ教の聖地ズーロパ。

 現在はアズリエル北部に位置し、ディミトリとの国境近くに存在する荒廃した大地である。

 その中心部にはジョシュアの樹という大木がそびえ立ち、それ以外には殆ど草木も生えない、まるで生命自体を拒絶するような土地である。


「貴女達は…聖地の奪還を目指しているというの?」

「そうよ。遥か昔に奪われた我々の故郷…南と北に分断された私達が、真に合一する。

 そのためには現在のアズリエルやシーアといった純粋種国家の打倒し、亜人種による世界の統一が不可欠。

 そのために旧特務諜報庁は準備を進めてきたのよ…グレイ・ハキム総統の時代からね」

「バカな…ただの妄想よ! 非純粋種により統一された世界?

  それは貴女達が奪われたモノじゃない、単純に純粋種が貴女達にしてきた事を繰り返してるだけよ。

 最初から持っていなかったモノを取り返すなんて、出来るわけないわよ‼︎」

「いいえ、私達は持っていたわ。そこにいた亜人達により統治され、自然と共存してきた美しい世界。

 それは今や昔話の中にしか残っていなくとも、必ず我々が実現させる」


 イリーナの眼は本気だった。


「そんな…あんな枯れた土地に何の価値があるんだ?

 乾いた風、ろくに作物が育たない土壌、ただ一本木が生えているだけの何もない土地だ。

 そんな物を手にして、あんたらは満足なのか⁉︎」

「ええ、そうよ。貴方たち王族のような富裕層にとっては、あの場所は何の価値も無いのかもしれない。

 でもね、私達にとっては違う。あそこは我々の生まれた場所。言うなれば、帰るべき場所なのよ。

 どれだけ住む場所があっても、結局みんな何処にも拠り所がない。

 何とかその日を暮らしていけても、帰りたいと思える場所はどこにもない。

 そんな苦しみを貴方たちは味わったとこがあるの? 大した事じゃないって?

 貴方たちは国があるからそう言えるだけよ! ディミトリは結局国として認められず、ティアーノだって同じようなもの。そんな状態が永遠に続くなんて、死んでも御免だわ。

 母なる国家こそ全て、これが亜人種の総意なのよ」


 ニコラスは言い返す事は出来なかった。

 もはやイリーナの耳には何を言っても響かない、その事が解りきっていたからだ。


「…レイ様は、こんな事望んで無いわ。お願い…このままだと、あなたはレイ様と戦わなくちゃいけなくなる」

「……」

「誰よりもレイ様を慕っていたのは、あなたのはずよ。第一、あの人と戦えば勝ち目なんてないわ。

 それに、あの人はこんな戦いを望んでない。レイ様は誰よりも優しいから。お願い…もうやめて」

「…知っているわ、そんなこと。誰に言われるまでも無いことよ」


 次の瞬間、爆発音が響き渡った。


「⁉︎」

「しょ、少佐! 侵入者で…がはぁっ‼︎」


 次の瞬間、部屋に入ってきた兵士は氷漬けになって倒れた。

 絶対零度に近い冷気を食らったのだ。

 そうして彼女は金色の髪を靡なびかせ、エレナたちの前に現れた。


「待たせたな、ニコラス、コーヴィック。ここから先は私に任せておけ」

「大佐!」

「姉上‼︎」


 マリア・アレクサンドル総督その人が、イリーナの前に立ちはだかった。


「貴様…何故侵入できた?」

「単純だ。

 貴様らが防護術式を張る前に転移術式で移動してきた、ただそれだけの話だ。

 弟の行方に関してはデズモンドから事前に情報を得ていた。

 後はニコラスやコーヴィックの魔力痕を頼りにゆっくりと接近し、貴様らに見つからないように内部侵入すればいいだけだ」

「…ジャクソンめ、しくじったのか」


 イリーナは如何にも悔しげに歯軋りをした。

 そしてマリアはサーベルを抜き、イリーナの眼前に突き付けた。


「さっさと投降しろ。

 私はデズモンドのように甘くもなければ、手加減が上手いわけでもない。

 死にたくなければ、弟たちを解放してもらうぞ」


 しかしイリーナは不敵な笑みを浮かべた。


「なるほど、さすがは元アズリエル近衛騎士団大佐というわけね。

 しかし、この程度で優位に立ったと思っているのなら大間違いよ」


 その両目、口元、指先から爪先に至るまで、全てに明確な殺意が宿った。


「本当の悪夢を見せてあげるわ…覚悟しなさい、マリア・アレクサンドル」






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