第二十四話 大切な瞬間
「重傷患者は左端に寄せろ! 俺が順々に見ていく!」
仮設テントの中には、所狭しと怪我人が並べられていた。
歩き回るのにも不自由する中で、レイは怪我人を少しでも救おうと奔走した。
「うう…あぁ…」
「い、痛ぇ…」
四方八方から呻き声が聞こえ、そんな中をレイ達は動き回った。
レイとサリーはひたすら全員に回復魔法をかけて回り、アルベルトが呼んだ衛生兵達は順々に麻酔薬を投与し、少しでも苦しみを和らげていった。
しかしその努力も虚しく、次々とアガルタ兵達は息を引き取っていった。
レイの力を以てしても回復が困難なほどに、彼らほぼ全てが虫の息である。
「レ…レイ…デズモンド…」
「いいか、死ぬんじゃないぞ。
あんな奴に殺されたら、堪らなく悔しいだろうが」
ジャクソンも瀕死の状態であった。
不意をついたとはいえ、モナドの一員を死の淵まで追いやれる程に、コンドレン将軍が連れていた兵は強かった。
「ぼ、僕たちに…構うな…」
「何を言ってるんだ! 見捨てられるわけないだろ!」
「い、いいから…話を聞け…‼︎」
ジャクソンは、残りの力全てを振り絞ったように、レイの掌を掴んだ。
「僕たちは、囮なんだ…モナドの本当の狙いは、ティアーノだ…」
「ティアーノ?」
「そうだ…特務諜報庁本部は、アガルタへの侵攻を予め予期していたんだ…。
だからこそ、僕らはアガルタに配備され、本当の戦力はティアーノ国内に多く残されたんだ…。
だからこそ、アズリエルで王立魔法研究所を強襲する事が出来た…」
「あれにも、やはりモナドが絡んでいたのか?」
「ああ、そうだ…この戦争が起これば、世間の目は一気に西側大陸に向く。
その隙を突いて、彼らはティアーノから独立戦争を仕掛ける気だ…。
西と南、両方から挟み撃ちにしてアズリエルやシーアを叩く気だ…奪取した大量破壊魔法を使ってな…」
「大量破壊魔法⁉︎」
「そうだ…研究所最下層の機密データの中には、化学変化を利用した大量破壊用の術式が秘匿されていた…。
その情報を掴んでいたからこそ、モナドはあそこを強襲した…。
新たなる反撃の機会を得るためにな…泥沼化した内戦を終結させ、非純粋種が真に独立するために…」
「それを使って、ティアーノが戦争を始めようっていうのか⁉︎」
ティアーノにはエレナがいる。
ただでさえ内戦の激化で危険な場所が、戦争が起こればさらに命の危険が増す。
エレナをそんな危険に晒すわけにはいかなかった。
「ああ…そうなれば、今以上に多くの犠牲者が出る…止められるとしたら、君しかいない…」
「しかし…なぜそれを俺に教えるんだ」
「…君なら、暴力を伴わずに、この差別を終わらせてくれるかもしれない…そう思ったんだ…。
最後まで君は、僕らを殺そうとはしなかった…非純粋種に対して、本当に敵対しようとはしなかった…だからさ」
「ジャクソン…」
レイはその手を優しく握り返した。
「ありがとう。命に代えても、止めてみせるよ」
ジャクソンは、弱々しくではあるが、微かに微笑んだ。
「この作戦の首謀者は、民間人に紛れて蜂起の機会を伺っている…。
僕は一度だけ、モナドの通信で見た事がある…。
赤毛で獣耳の、背が低い女だった…。
彼女を止めさえすれば、蜂起も止まるはずだ…頼んだぞ…」
そう言って、ジャクソンは息を引き取った。
レイはしばらく、その手を離せずにいた。
「何だと⁉︎ ティアーノで…そんな、エレナが‼︎」
「ああ…しかし、ここの怪我人は…」
ギャスレイには未だに多くの負傷者が多く横たえられていた。
少しでも目を離せば、一気に命の危険は増すに違いなかった。
「我々に構うな! じきに公国軍からの医療部隊も到着する。そうすれば、何とか命は救えるはずだ」
「少佐…」
「こんな殺戮が罷り通る戦争など、終わらせなくてはならん。
それが出来るのは、レイ・デズモンド…君しかいないのだろう。なら、行け!」
「…すまない。感謝するぞ」
「あんたにも侠気ってやつがあるんだな、見直したぜ!」
そう言って、レイとサリーは走り出した。
「頼んだぞ、勇者…いや、英雄よ」
その数時間前のティアーノでは、未だに友愛会のスタッフやボランティアが足早に駆け回っていた。
その中でもエレナは、常に働き詰めである。
本人の真面目さも手伝って、患者たちの身体的な負傷は勿論のこと、一人一人に親身になって話を聞いたりと、常に彼女は傷付いた者たちに寄り添っていた。
エレナは消耗しきっていたが、それにエレナ本人が気付いていないというのが問題であった。
しかし彼女を休ませてやれる余裕がないほど怪我人は多かった。
「少しは休んだ方がいいですよ、エレナさん」
イリーナは、疲れ切っているエレナの背に語りかけた。
「イリーナ…いいのよ。私、頑張らないと」
「ダメですよ! これでエレナさんが倒れたりして、私がエレナさんの面倒見るなんて嫌ですからね!」
「…ありがとう。少し、休ませてもらうわ」
そうエレナが応じると、イリーナは嬉しそうに笑った。
眩しい、と形容できるような笑顔を久しぶりに見たと、エレナは思った。
「久しぶりに、星が綺麗ね」
「ええ、本当に…」
イリーナもエレナと共に休みを貰う許可をもらった。
一緒に出て夜空を見上げるとそこは、満点の星空であった。
近頃は忙殺され、夜空を見上げる暇さえなかった事を、二人はこの時思い出した。
「そういえば、イリーナはよくここに来てるけど…親御さんは心配しないの?」
「いや、私両親いないので大丈夫ですよ! 天涯孤独ってやつなので」
「あ…ごめんなさい」
「いいんですよ、もう慣れたし。助けてくれる人も居なくはないですしね」
そう言いながら、イリーナは夜空を見上げた。
その瞳は、どこか星空の向こうを見つめているようであった。
「…何でイリーナは、このボランティアに参加しようと思ったの?」
「うーん、やっぱり困ってる人は見捨てられないですし…私も亜人ですから、やっぱり差別されたりする気持ちはわかりますから」
「未だに差別とか、あったりするの?」
「ティアーノだと少ない方ですけど、アズリエルだと普通にありますよ。
いじめにも結構あったし、無視はすっごくされたし、散々でしたよ」
「あなた、生まれはアズリエルなの?」
「そうですよ。
こっちの方が職とかにも就きやすいかなって思って、越してきたんです」
天涯孤独の上に虐げられながら生きてきた、その辛い過去からを感じさせないほど、彼女の笑顔は明るい。
イリーナを見ていると、いつしかエレナも心が軽くなるような感覚を覚えた。
「…将来、イリーナは何になりたい?」
「私ですか? うーん、想像出来ないですけど…あ、でも」
イリーナの赤毛の上の獣耳が、ピコピコと動いた。
「…優しい人と結婚したいなぁ」
イリーナは空を見上げた。
「優しい人って?」
「レイさんみたいな人…かなぁ。
私の側には、ずっと誰も居なかったから。
あんな優しい人と一緒にいれたら、幸せなんだろうなって」
少しだけその目は、遠くを見つめるようでもあった。
するとエレナは、その手を優しく包み込んだ。
「大丈夫。きっと貴女の隣りには、素敵な人が現れるわ。
ああいう人と一緒にいられるのは、すごく幸せなこと。
私が言うんだから、間違い無いわ」
「むぅ…エレナさんばっかり幸せ一人占めでなんかズルい」
「ふふっ、ごめん。今度いつか、レイ様にも会わせてあげるね」
二人で優しく笑いあった。それはきっと、二人にとって大切な一瞬だった。




