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第二十話 フォルムレス・エネミー

 シーアと東アガルタの国境線沿い。

 そこでは一進一退の戦いが常に繰り広げられていた。

 一つの土地を奪っては、また奪い返される。

 その繰り返しを幾度となく食い広げていた。

 しかし一つだけ例外があった。

 北部でのある一点、ギャスレイ地帯と呼ばれる戦闘区域。

 そこだけは開戦以降、絶対に攻め落とすことが叶わなかった。

 アガルタへの進軍のためには、補給ルートが最短で済み、尚且つ容易に制空権を掌握できるギャスレイ地帯を制圧し、そこにシーア・アズリエルの連合基地を置く事が最も重要とされていたからだ。

 最初の内こそ簡単な掃討作戦であり、3日で完了すると思われていた戦いは、一月がたっても未だ収束の気配さえ見せなかった。

 そこにはただ犠牲者の山が築かれるだけであり、ひたすらに戦況を長引かせていった。



『だ、だめだ、何処から敵が撃ってきてるのか…ぐぁぁっ‼︎』

『ち、ちきしょう‼︎ 隠れてんじゃねぇ‼︎ 出て…ギャッ‼︎』

『え、衛生兵‼︎ 皆んなが、皆んながヤバ…ガァっ!』


「第3・第4小隊、共に通信途絶しました!」

「生体反応消失! ダメです、全滅です…」

「くそっ‼︎」


 前線に張られたテントの中、アルベルト・ローレンスは思い切り机を拳で叩いた。

 およそ3日で終わると目されていた戦いは、既に2週間以上も長引いている。

 その間、敵型の損害は確認出来ず、公国側の人的・物的損耗は増すばかりであった。

 圧倒的物量差に加え、制空権を握る公国軍が勝利を収めるのは必然である。

 誰もがそう考えて疑う事は無かった。

 しかし現実はこの有様である。

 目に見えて兵士の士気は低下していき、アルベルトを初めとした指揮官たちも苛立ちを隠そうともしなくなっていった。


「打開策は…何か打開策は無いのか‼︎」

「少佐! 後方から高速接近中の小型飛空挺が一隻あり!」

「何⁉︎ 援軍が来るのは未だ先のはず…」

「いえ、これは…アルマ教主国の紋章! ルークスナイツです‼︎」


 アルベルト達の上空に留まった飛空挺から、二つの人影が降り注いできた。

 一つは男のもの、そしてもう一つは女のものだった。


「また会ったな、少佐」


 澄ましたような顔で、レイはアルベルトを見下ろした。


「やれやれ、また君か… 今度は一体何の様だね?」


「ご挨拶だな。別に喧嘩を売りに来たわけじゃない。

 単刀直入に言おう、ここから撤退しろ」


 溜息を一つついて、レイはアルベルトに言い放った。


「はぁ…? 何を言っている」


 思わず間抜けな声を出してしまうほど、その言葉はアルベルトにとっては奇妙に響いた。


「言葉通りの意味だ。このまま攻めても、犠牲が出るだけだ。俺たちに一任してくれればいい」

「狂っているのか、貴様! 何としてもここを攻略せよとの上層部からの命令だ‼︎」

「だから俺が攻略してやるって言ってるんだよ。

 その代わり兵士たちを下がらせろ。

 向こうにも絶対に犠牲を出させるわけにはいかない。

 あんたらだって、これ以上犠牲を出さずに済むなら好都合だろ?」

「戯言を! 貴様は単にこの戦いを終わらせたいだけだろう!

 このギャスレイを超え、本土侵攻を為してこそ、我らの勝利なのだ!」

「下らない。

 百歩譲って、どうしても大義的に対立せざるを得ないなら、武力に訴える必要なんか無い。

 対話と交渉で相手を丸め込む方法だってあるだろ。

 暴力にしか訴えられないなら、野生動物並みだ」

「対話だと⁉︎ 奴らが応じれば苦労はない‼︎」

「それを俺がやる。

 あんたらがやっても死ぬだけだ。

 心配するな、そう簡単に俺が死なないのは知ってるだろ?」


「…面白い。やれるものなら、やってみるがいいさ。

 全員、一時撤退せよ! 態勢を立て直す。

 それまでの間は、このレイ・デズモンドが肩代わりをしてくれるそうだ」


 怒りが抑えきれないといった表情で、アルベルトは後ろに下がっていった。


「上等こいてはみたものの、どうすんだ?

 今のところ、相手の戦略もわからない状況だぞ」


 側に控えていたサリーが言った。


「とにかく行ってみなけりゃ、何もわからないさ」




 最前線にレイは立った。

 土埃を多く含んだ風が吹き、背に羽織った白いマントを汚した。

 辺り一面には濃い靄もやがかかり、視界を否応なく悪くした。

 逆風が吹きすさぶ以外に音は無く、逆にその静けさは緊張感を倍増させた。

 おそらく敵もレイの姿を既に視認しているはずだが、一向に攻撃を加えては来ない。

 恐らくはある一定のラインを超えた時点で、総攻撃を仕掛ける手筈になっているのだろう。

 口元に拡声用の術式を展開し、そう遠くはないであろう敵に向かって叫んだ。


「聞いてくれ! 俺はアルマ教主国より来た、レイ・デズモンドだ。

 もう既に公国軍は撤退させてある。

 もうこれ以上、あんたらを攻撃する勢力はない。

 俺たちは戦いに来たわけじゃない、この戦争を止めに来ただけだ。

 こんな風に殺し合ったところで、お互いの憎しみが増すだけなんだ!

 純粋種だって、あんたらに難癖を付けて戦争を仕掛けてくる。

 虐殺や差別の口実を与えるだけなんだ!

 これ以上暴力を連鎖させても、お互いが不幸になるだけだ!

 だから、武器を捨てて対話に応じてくれ‼︎」


 その声は、辺り一帯に響き渡った。

 しかし沈黙は続いた。それは彼の、ハッキリとした拒否反応だった。


(…ダメか。なら仕方ない)


 レイはゆっくりと歩き出した。


 その次の瞬間、足元の地面が爆散した。


 すぐに遠方からの魔法攻撃であると察知したレイは、防護術式を展開した。


(これは…‼︎ 上空からの攻撃だが…)


 しかしレイの視界内には、浮遊している敵など確認できなかった。

 上からの攻撃に気を取れらていると、突如として複数の兵が飛び出して来た。

 一体どこから飛び出して来たのかは不明だが、確かなのは手にした機関銃でレイを蜂の巣にしようということだ。

 たちまちレイに対する集中砲火が始まった。無論レイに傷一つつけることさえ叶わなかったが、ここまで力押しされれば、極力相手を傷付けずに攻撃に転じる隙がないことも事実だった。


(仕方がない、戦略的撤退だな)


 防護術式を張ったまま、レイは背を向けて戦場を後にした。







「結局おめおめと逃げ帰って来たわけか? 大口の割には、情けないじゃないか」


 アルベルトは鼻でせせら嗤った。それに対して、サリーはさも胸糞悪いといった表情で悪態をついた。


「ケッ。無策で突っ込んで部下を死なせる無能上官よか、よっぽどマシだろうが」

「なっ…貴様、言わせておけばっ‼︎」

「よせ! 逃げ帰って来たのは事実だ」


 敵は知略を駆使し、数に勝るシーアやアズリエルの軍勢を退けている。

 そしてそれは、レイの圧倒的な力を前にしても発揮された。

 敵の戦略を知らなければ、相手の武力を奪えない。

 そのためには、もっと詳しい情報が必要だった。


「俺が向かった時、遠方からの攻撃を受けた。それはあんたらも同じか?」


「ああ。そうして各自散開したところを、個別撃破されるというパターンだ。

 遠方からの攻撃を警戒しつつ一箇所に固まっても、何処からともなく出て来た敵によって力押しで潰される。

 恐らくカモフラージュ魔法で、後方の敵の姿を隠しながらの攻撃だとはわかっているが、巧妙すぎて後方からでは解析が不可能だ。そこまでの隠蔽をやってのけるのは…」

「恐らくモナドの一員、か」


 大規模な戦闘には必ず絡んでくるようである。


「それだけじゃない。

 接近戦でも奴らが何処に潜んでいるの、全くわからんのだよ。

 こちらは後方の飛空挺からの砲撃で、粗方の歩兵戦力を削っているはずなんだ。

 それなのに、何故あんなにも多くの兵が接近戦を挑んでくるのか…」

「防護術式で防いでるわけじゃないのか?」

「それはないだろう。魔法術式を用いた砲撃に連続で耐えられる奴など、そう多くはないはずだ」

「……」


 効かない艦砲射撃に、生き延びる歩兵、そして何処かに潜む伏兵。

 姿の見えない敵への戦略を立てる必要があった。


(恐らく、アレを使えば…)


 レイは立ち上がった。


「もう一度行こう。俺の両眼なら、奴らの戦術を見抜けるかもしれない」



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