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第十一話 裁きの行方




 優しげな笑み。

 透き通った肌。

 流れるような長い髪。


 全てが好きで好きで堪らなかった。


 だけど、彼女が俺を見る目は、常に鋭い。


 他の奴には、分け隔てなく笑いかけるのに。


 だったら…


 だったら俺が…






 レイはゆっくりと眼を覚ました。

 頭の中には、つい先程まで見ていた夢の内容が、鮮明に残っていた。


(あれは、何だ…?)


 一人の女性が目に焼き付いていた。


(何処かエレナに似ていたような…)


 そんな女性のイメージが、瞳の裏に焼き付いていた。

 そして胸を焼くような劣等感、羨望、嫉妬…負の感情を感じたのを覚えている。


「やっと目ぇ覚ましたか?」


 ドアを開け、サリーが入って来た。


「ったく、手間かけさせやがる」


 そう言いながらも、何処かサリーの微笑み方は、いつもより優しげであった。


「…すまない」

「まぁいいさ。お陰で敵味方共に、死者はゼロだ。敵方も中には衰弱の激しい奴もいるが、命に別状はなさそうだ」

「そうか…なら良かった。それで、サリー」

「何だよ?」

「少し、頼みたい事があるんだ」





「ハリー・ジダン、で間違いないんだな?」

「ああ。名簿を見る限り、こいつにだけ階級がない」


 レイとサリーは、先程人間に戻した敵将校の前に立っていた。

 ハリーと呼ばれた男は拘束具をはめられ、身動きが出来ない状況だった。


「しかし、何でまたこいつと話したいなんて…」

「こいつの左手を見てくれ」


 レイは手をかざし、魔力を透過させた。

 するとハリーの左手に、記号と数字を合わせたような文字が浮かび上がった。


「これは…!」

「さっきこいつを治していた時、左腕に浮かび上がって来た。

 これが奴らの識別コードなんだろう。お前…モナドの一員だな?」


 するとハリーはニヤリと笑った。


「驚いたな。まさかこれを浮かび上がらせる程、魔力を放出出来るとは」

「俺にとっては難しい事じゃ無い。それよりも、聞きたい事がある。

 もしお前達が今回の動乱に加わっているのなら、仲間が何処でどんな事をしているのかも知っているはずだな。

 この場で吐いてもらうぞ。命を助けた分、その借りは返してもらう」


 しかしハリーは嘲るように鼻を鳴らすだけだった。


「確かに感謝はしているが、そう言われてホイホイ仲間を差し出すかと思うかね?

 悪いが絆や大義は売れん。如何に君が聖人君子であろうともな」

「お前…わかってるのか? お前らがやろうとしているのは、無関係な市民まで巻き込んだ殺戮だ。

 そんなものに大義や正義なんてものがあると、本当に思っているのか?」

「くっ…はははははっ」


 さもレイが可笑しいことを言ったかのように、ハリーは笑った。


「世迷言を。非人種への暴虐の数々は、君も知っているだろう?

 永い歴史の中で、被差別者の声を誰もが聞こうとしなかったのだよ。

 かつて多くの人間が、その痛みを声高に叫んだにも関わらずな。

 だからこそ我らは武器を手に取った。

 その痛みを思い知らせるため、真に我らの声を響かせるため…そう、これは義の戦いなのだよ」


 その瞬間、ガンッと音がして、ハリーの体が横に吹っ飛んだ。

 レイがハリーの顔面に、思い切りフックを喰らわせたのだ。


「れ、レイ⁉︎」


 サリーは、突如として攻撃性を剥き出しにしたレイに、明らかに戸惑っているようだった。


「カッコつけてんじゃねぇぞ、この野郎‼︎」


 胸ぐらを掴み、ハリーを起き上がらせた。


「その正義とやらで、同じ亜人の女の子まで死んでんだぞ⁉︎

 俺は忘れてないぞ、血の祝祭で犠牲になった子供達を…。

 それに、生き残ったお前らの仲間だって、幸せになれると思ってんのかよ⁉︎

 人を殺しまくって、それで戦場に心を侵されて、それで平穏な暮らしが戻ってくると思ってんのか⁉︎

  大間違いだ! 戦って得られる物なんか何もないんだ!

  勝っても負けても傷が残るだけなんだよ‼︎」


 ぺッと血の混じった唾を吐き、ハリーはレイを睨みつけた。


「話しにならんな。戦いに身を置くものが、戦いを否定するだと? 馬鹿げている。

 もういい、好きにしろ。殺すなり、拷問するなり、君らの自由にすればいい」


「…そうか、なら仕方ない」


 レイは、ハリーの頭の上に手を置いた。


「苦痛を伴うだろうから嫌なんだが、話す気がないなら仕方ない。

 お前の言う通り、好きにやらせてもらう」


 レイの掌に術式が輝いた。

 するとハリーは白眼を剥き、悶え苦しみ始めた。


「…‼︎ ぎゃああああ、アアアアアっ‼︎」


 やがてハリーは、糸が切れた操り人形のようにガクリと力なく項垂れた。


「い、一体何を…? ていうかそいつ、死んだのか?」

「気を失っただけだ。

 だが脳に直接アクセスした分、とんでもない苦痛が起こる。

 だから話して欲しかったんだけどな」


 その術式を用い、レイはハリーの記憶を直接脳内から探っていた。


「それで、何かわかったのか?」

「少しだけな。

 アガルタとの国境戦沿いの戦闘に、モナドが関わっているみたいだ。

 それ以外は何もこいつは知らないらしい。どうやら今回のような時のため、情報の共有は最小限にしてあるみたいだ」


 それが唯一手に入れられた情報であった。






「で、これからあいつら捕虜は、どうするんだ?」

「…出来れば、このまま終戦まで軟禁して、戦いが終わったら終身刑で落ち着かせたい」

「そりゃ無理だろ。

 下っ端はまだしも、ハリーに関してはあいつの指揮で何人も殺されてる。

 戦後処理が起これば、死刑は確実だぞ」

「…わかってる」


 直接的・間接的を問わず、モナドの名の元で彼は大勢の人間を殺している。

 遺族感情として、それが正しい事であることは、レイにも解っていた。


「でも、そもそも世界がこんな風に差別をしなければ、ここまで事が大きくなる事もなかった。

 あいつらだって、差別のない世の中だったら、平和に暮らしていたかもしれないんだ。

 それに彼らが裁かれたとしても、戦勝国になるであろうシーアやアズリエルはどうなる?

 責められるどころか、英雄視される。仮に世論が彼らをの責任を追及しても、法的には何の咎もないんだ。

 ならせめて、生きてあいつに罪を償わせたい。

 元はと言えば純粋種の傲慢が、この戦争の始まりなんだ。

 あいつらに戦争の言い訳をさせない世の中を作るのが先決だ」


 するとサリーは、またしても笑いながら溜息をついた。


「エレナが惚れるわけだよなぁ、全く…」


 サリーはレイの肩を叩いた。


「いいぜ、乗った。出来うる限りここに拘束して、早いとこ戦争を終わらせよう。

 その後はアルマ教主国で裁判にかける。あそこなら治外法権だからな」

「…ありがとう、サリー」


 レイは優しくサリーに微笑んだ。


「やっぱりサリーは、エレナに似て優しいよな」

「そうかぁ? 男連中は大体エレナに夢中になるけどな。あたしみたいなガサツ女は、逆に男にビビられてたぜ」

「そりゃ周りの男に見る目が無いだけだよ。サリーは可愛いし優しいじゃないか」

「お、お前なぁ…そういうこと恥ずかしげもなく言うんじゃねぇよ…」


 サリーはわかりやすく照れ始めた。


 しかし突如として、部下の一人がドアを開け、サリーに通達した。


「た、隊長! シーア公国軍から、緊急入電です!」

「何⁉︎」


 シーアへの到着は、間も無くであった。





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