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第十話 思惑と傀儡

 その獣は天井を突き破り、上空へと舞い上がった。

 蠍の尾に似た尻尾から術式が浮かび上がり、毒々しい紫色の巨大な光線を放たれた瞬間、それは轟音とともにブリッジの大部分を吹き飛ばした。


「くっ!」


 咄嗟に貼った防護術式により、なんとかレイは傷を負わずに済んだ。

 まともに喰らえば、いかにレイといえども無事では済まないであろう事がわかった。尾に浮かんだ術式には猛毒の術式も組み込まれており、実際に光線で破壊された船体は、硫酸を浴びたかのように泡立ちながら融解していったからだ。


『グァァァァァッ‼︎』


 その巨体に似合わない猛スピードで、獣はレイに向かって突進してきた。

 虚を突かれたレイは反応が遅れ、真正面からその攻撃を受け止める羽目になった。


「ぐあっ!」


 まるで戦闘用ジェット機を素手で受け止めているかのような重圧だった。

 巨大な重量にマッハの域まで達した速度を掛け合わせ、膨大な破壊力を生み出した結果、正面から受け止めてたレイも数十メートル押し出される形になった。


(なんてパワーだ…‼︎)


 並みの兵士の実力ではないことは察していたが、変身によってその力は何十倍にも増幅したようだった。

 とはいえ、レイはその実戦経験から知っていた。その力には大きな代償が伴う事を。


「お前…獣化魔法を使えば、人間には戻れないんだぞ⁉︎ 理性の無い獣に成り下がって…それでもいいってのか!」

『構わんサ! 貴様を倒スために犠牲が我々ダケで済むなら、安いモノダ‼︎』


 獣は体を180度回転させ、レイを尻尾で薙ぎ払った。

 脇腹にその攻撃を直接受けたレイの体は、半壊した壁を突き破り、船の外の大空にまで放り出された。


「がはっ!」

『無理だ! いくらなんでも勝てる相手じゃない、後退するんだ‼︎』


 サリーからの緊急用強制通信音声が、レイの耳元で鳴り響いた。


『そいつは、この連隊全員分の供犠くぎ魔法で、全能力を強化してる! こいつら全員死ぬ気で来てる、道連れになる前に逃げろ‼︎』

「供犠魔法…だと?」


 供犠魔法は補助魔法の一種であり、術式の形状も非常に酷似しているものの、ある一点が特徴として挙げられる。

 それは得られる効果が通常よりも遥かに多い分、術者の魔力だけではなく、生体感応値を消費するという事だ。

 故に使い続ければ術者は死に至る。


(それがこの連隊全員分…!)


 放っておけば、敵軍全員が命を落とす事になる。


「させないっ‼︎」


 魔力を瞬時に放出し、レイは空中でホバリングした。相手も飛行魔法を駆使して、様々な角度から攻撃を仕掛けてきた。

 次々と角度を変えて突進してきたが、不意さえ突かれなければレイの反応速度の方が相手の攻撃よりも幾分か早かった。


『ハァッ!』


 敵は浴びせ蹴りの要領で、レイに向かってその蠍の尾を垂直に回転しながら当ててきた。

 しかしレイはこれを両手で受け止め、そしてそれを脇に挿し、完全に相手を捕らえた形になった。


『クッ…!』

「うおおおおおっ‼︎」


 全力でレイは身体を回転させた。空中で独楽こまのように高速で回転させ、その加速度が頂点に達すると、ジャイアントスイングの如く相手を放り投げた。

 投げ出された巨体は船体に激突し、壁を突き抜け、船の内部を激しく破壊した。

 しかしそれでも敵は戦意を失わなかった。船の甲板を突き破り、殺意に満ち満ちた両眼でレイを睨んだ。

 多くの供犠魔法によって、回復力や抵抗力も強化されているのであろう。ほとんど体には傷らしい傷も無かった。



『消しズミにナレぇェェェぇ‼︎』


 そう叫んで、敵は紫色の炎を吐き出した。通常の人間ならば、猛毒と高音の中で悶え苦しみながら死ぬはずだった。

 レイは、背負った大剣を抜いた。その膨大な魔力に反応したミスリルは、眩ゆい光を放った。

 その魔力の放出の前に、術式を貼るまでもなく、猛毒を含んだ炎はレイに傷一つ与える事なく四散していった。


「死なせはしない…誰一人として」


 そう呟くと、レイは飛び出した。

 敵が反応するよりも前に後ろに回り、大剣を唐竹割りのように振り下ろし、相手の尾を叩き斬った。


『グガぁっ‼︎』


 流石に体の一部分を切り落とされた痛みは凄まじく、敵は苦悶の表情を浮かべた。


「もうよせ。本気の俺には敵わないぞ」


 しかし相手は聞き耳を持たなかった。

 絶叫しながら敵は突進してきた。それは捨て身の特効なのか、それとも勝つ自信があってのことか。

 いずれにしても、レイは覚悟を決めた。剣を構え、向かって来る相手の身体を切り裂いた。致命傷にならないように、しかし相手を確実に行動不能に出来るレベルの斬撃を、次々と繰り出した。


『う…ギ…』


 力を失い、地面に墜落しようとする身体を、レイはしっかりと受け止めた。

 気を失ってはいるようだが、まだ息はあり、脈拍も正常のようだ。助けることは充分に可能なはずとレイは判断した。


「聞こえるか、サリー。敵の指揮官を行動不能にした。全員を制圧するんだ。可能な限り無傷でな」

『あ、ああ…』


 通信越しのサリーの声は、未だに信じられない様子であった。

 そしてレイは船の無事な場所に敵将校の身体を横たえて、その身体を見回した。


(傷自体は深くないはずだ…問題は獣化術式をどれだけ解けるか、だな)


 通常、獣化魔法を使えば、元の人間に戻ることは出来ない。それはその術式が遺伝子構造に直接作用し、使用者を文字通り別の生命体へと変化させるからだ。

 怪我や病気を治すような対処療法とは根本的に異なり、生物としての組成が異なっている以上、"治療"という概念さえ通じない。それが常識であった。

 そして時間が経過すれば人格さえ術式に侵食され、文字通りの人外の化け物となり、理性を失って狂い死にする。

 しかしレイというチート能力者の前では、その常識は通じなかった。


「はぁぁぁっ!」


 そして獣の身体が輝いた。

 傷はたちまち塞がり、そして徐々にであるが、その身体は小さくなっていった。

 レイは獣化術式と対になるような術式を使い、敵将校の遺伝子に直接干渉していた。

 変身した後にも術者の意識や記憶が残っているのなら、その細胞一つ一つも元の自分の情報を記憶しているはず。そう予感したレイは、獣化術式を応用したようなオリジナルの術式を用い、人間に戻そうとした。


「な…お前、何やってんだ⁉︎」


 後ろからサリーの声が聞こえた。恐らくはレイを案じてやって来たのだろう。

 しかしレイは振り返ることもせず、治療に専念した。


「言っただろ。誰も死なせない、殺さない、殺させない。そのために俺はここにいる」

「だ、だからって、そいつはお前を殺そうとした奴だぞ⁉︎ それも強力な力を持ってる! なんでわざわざ…」

「だから俺はこいつを殺せるってか? 冗談じゃない! 正当防衛を訴えられるほど、俺は弱くない。でも神に代わって人を死罪に出来るほど、俺は偉いわけでもない。ならやる事は一つだろうが!」


 そう叫んで、レイは一層魔力を術式に込めた。


「ちきしょう、戻れ…戻るんだ! 俺はもう、不幸にするのも、不幸にされるのも、心底ゴメンなんだよ‼︎

 お前だって、上の思惑で殺し殺されるこの状況が、幸せなわけないだろ! 操り人形で、戦わされて、心を摩耗させて…そんな下らない事に、命を賭けるのか⁉︎

 頭に来ないのかよ‼︎ お前が死んでも、お前を戦わせた奴は知らん顔だ! 玉座で踏ん反り返って、如何にも自分が正しいってツラしてやがる‼︎ 」


 術式の輝きは増し、徐々にではあるが将校の身体も、人間に近付いていっているようだった。


「生き返れ! せめて人間に戻って、それから死ね‼︎ こんな戦場で殺されるな‼︎」


「お前…」

 その姿を、サリーはただ見つめていた。

 やがて将校は完全に人間の形を取り戻した。

 レイはその場に倒れこんだ。レイともいえど、不可能を可能にするほどの魔力の放出には耐えられなかったらしい。


「レイ!」


 途端に、サリーはレイの元に駆け寄った。


「へへ…やったぞ…」

「お前…無茶しすぎだぜ…」


 そうして、レイは気を失った。




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