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第七話 ルークスナイツ



「…一つ問いたい、レイ・デズモンドよ」

「はっ」

「何故そうまでして戦いを止めたいのだ? 自らを追い込んだアズリエルへの抵抗だというのなら、この戦いを終わらす必要などあるまい。

 東アガルタ連合軍の強固さは尋常ではない。例えシーアとアズリエルの連合軍といえども、大幅な損耗を強いられるだろう。それは先の南北戦役の比ではない。

 貴様が反抗の意など示すまでもない、この戦いで純粋種至上主義者は大きな傷を負う。過激思想の亜人種たちよりもな」


 教皇の言った事は正しかった。

 亜人種たちの奇襲やゲリラによる徹底的な頭脳戦は、何時如何なる時もアズリエルやシーアを翻弄してきた。それは先の南北戦役でもレイが経験済みである。

 しかも今回の規模は、ティアーノやディミトリの数倍にも及ぶ。何しろ大陸の半数以上の亜人やネロ族を結集させたのだから、単純な力勝負でもかなりの強さのはずだ。

 もはや勝算は五分五分ではないかとも反戦主義者達は口を揃えて言っていたが、時代の大きな潮流と大国の思惑に、その声は掻き消された。

 もしレイが未だにアズリエル軍を許せないのならば、このまま放置しておけばいい。西側大陸に加え、ティアーノやディミトリの火種もまだ消えてはいない、文字通りの四面楚歌だ。放っておいてもアズリエル王国の負うダメージは深刻なはずである。


「…それは十分に承知しております」

「ならば何故、わざわざ愚者同士の面倒ごとに首を突っ込むような真似をする?」

「私は知っています。どちらかが戦いに勝ったから、だからめでたしめでたしで終わりにはならない。

 負けた方は勿論ですが、勝った方でさえも大きな傷を負うのです…私や、私の仲間のように」


 レイはかつての仲間達…ジャマール、リナ、ライリー、カイン達を思った。

 皆例外なく、その血に染まった両手と、背負った罪の重さに振り回され、最後には命を落とした。

 レイ自身もその身を堕とし、そのまま死んでいくところだった。

 傷を負うのは体だけではなく、その心も共に傷つくのだということを、レイは知っていた。そしてそれは敗者よりも、勝者の方が顕著だということにも。


「憎しみが憎しみを呼ぶ連鎖…大国の指導者達の思惑…そんなものに絡め取られ、民や兵は損耗していく。それは恐らく、我等教会の信仰に背きしもののはず」

「だからといって、何故それを貴様がやる必要がある? その尋常ならざる力を持っているとはいえ、戦いの放棄や人種的差別撤廃を訴えてきたのはお前だけではない。例えお前が力を振るわずとも、彼らは声を上げることをやめないだろう」

「…これは私の償いなのです、猊下」

「何?」


 レイは胸のロザリオを握り締めた。


「ご存知でしょう、私は多くの命を戦場で奪った…兵士も民間人も、その分け隔てなく。

 今もその遺族は私を許してはいない…だからこそ、その償いをしなければならないのです。

 幸いにも、私には大いなる力がある。私がこの力を授かった事に意味があるとしたら…それは憎しみや悲しみを生み出すためではなく、この繰り返す戦いを終わらすためであると、そう信じたいのです」

「……」


 教皇は押し黙った。何処か思索しているようでもあった。


「教皇猊下、私からもお願いします!

 ベインでの無血開城の件は、猊下もご存知のはず。

 誰にも遺恨を残す事なく、この戦いを終わらす事…それは計り知れない力と、何よりも、それを振るう事によって人を殺す事の罪深さや痛みを知る、レイ様を置いて他には為し得ません!

 どうか、天の主人アドナイの下の平和のため…ご決断を、猊下!」

「馬鹿馬鹿しい! コーヴィック家の娘だからといって、いい気になりすぎだ!

 所詮貴様のいうことなど、綺麗事の妄想ではないか。もういい、消え失せろ!」


 怒鳴り散らすレスリーを、教皇は片手で制した。


「レイ…貴様は真にその命を、争いの根絶のために費やすと申すのか」

「はい、相違ありません」

「差別も争いも、人間の本能だ。如何にお前の力が強大でも、それを曲げることは出来まい。それでも貴様は、それと戦うのか?」

「それでも、です」

「…面白い、なら見せてみろ」


 教皇は立ち上がり、宣言した。


「許可しよう。西の大陸に赴き、この大乱を終わらせて見せよ。

 補助戦力として、ルークスナイツの一個大隊を同行させよう」


 ルークスナイツ。

 教会が持つ少数精鋭の私設僧兵団ではあるが、その力は一国の軍隊を遥かに凌ぐ。

 それはアルマ教主国を永久中立国たらしめる、一つの大きな要因でもあった。


「な、何を仰るのですか、猊下‼︎」

「その指揮権は、彼女に一任しよう。サリー、入って来い!」


 横の扉を開けて入ってきたのは、サリー・コーヴィックだった。


「よお、お二人さん」

「サリー⁉︎」

「お姉ちゃん!」

「最初からこうなるだろうって、教皇猊下があたしを待機させてたんだよ。

 まぁ、それに値しなければ力尽くでお払い箱って手筈だったんだが…杞憂だったようだな。

 あたしも思うよ、この動乱の世を沈めることが出来るのは、エレナを救ったあんただけだよ、レイ」


 教皇は、ここまでの流れを読んでいた。

 最初から彼は自分の考えに賛同するつもりでいたのかもしれないと、レイは思った。


「手助けは任せたぞ、サリー。レイと共に戦乱を収めてみせよ」

「はっ! 教皇の御心のままに」


 サリーも教皇に向かって跪いた。


「レイ・デズモンドよ…その力が真に天の主人から授かった物であるならば、それは貴様のものではない。

 多くの迷える者、苦しむ者のためにあるものだ。それをゆめゆめ忘れるでないぞ」

「はっ、ありがとうございます!」

「感謝いたします、猊下!」

「出立は明日だ。さあ、公務に戻るぞ」

「お、お待ちください、猊下!」


 足早に立ち去る教皇を、レスリー達が追いかけた。



 そうして二人は、自宅での最後の夜を過ごしていた。

 出立の準備を終え、二人はソファに共に座っていた。


「よかった、わかってもらえたな」

「ええ。真にアドナイの教えを重んじる人が、レイ様の考えに反対なんてするはずありませんから」


 本当ならばレイ一人で事に当たらなければいけない所を、ルークスナイツという強力な戦力まで付いてきた。

 これはレイにとっては非常に重要な事だった。それは戦力という意味ではなく、他国で活動する際に教会の威光を使う場面では、彼らは非常に助けになると踏んでいた。

 特にサリー・コーヴィックがレイと共に行くともなれば、その力は絶大なものである。


「お姉ちゃんが付いていてくれれば、レイ様も安心できますね」

「まぁな。今の俺たちの味方で、一番立場の高い人だからな」


 彼女はルークスナイツの大隊長を勤め上げるほど武術に優れ、尚且つ教会の名家出身である。

 その彼女が味方してくれるというのは、今のレイにとって重要なものだった。


「でも、エレナの方について行ってもらった方がいいんじゃないか?」

「それは大丈夫ですよ。向こうの方が一番の激戦区だし、何より私の方にもルークスナイツの方の護衛は付いていてくれてますから」


 名家の娘に傷が付いてはいけないと、教会側のエレナの安全に気を配ってくれてはいるようだった。

 恐らく教皇派が強く動いたのだろう。でなければ人事権のほぼ全てを独占するし、尚且つ南北戦役でエレナをあそこまで追い込んだ枢機卿が、そのような真似をするはずがなかった。


「でも、危なくなったら必ず呼ぶんだぞ」

「ええ、わかってます。一番私が頼りたいのが、レイ様ですから」


 二人はお互いの手を握った。

 その体温が、胸の奥までも温めて行くような感覚だった。


「…なんか、やっぱり寂しいな。一緒にいられなくなるのは」

「私もです。でも、またこうして二人で入れるように、無事に帰ってきましょう」

「ああ」


 そうして、二人はお互いの身体を抱き寄せた。


 新しい戦いの渦の中に、今また飛び込もうとしている。

 今度こそ、自らの本当の使命を果たすために。


 本当の償いを始めるために。



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