第十六話 ヴェンデッタ
「本当に…本当になんとお礼を言っていいのやら…!」
「ありがとうございます…後の御恩は一生…」
エレナが目を覚まして数時間の後、エレナの両親が息を切らして駆け込んでくる事となった。
彼らは号泣しながらエレナを抱き締め、そのあとはレイの手をとって感謝を述べた。
「いえ、俺は…当然の事をしたまでです」
「すまない…我々は、実の所、ずっと恨んでいた。
誰よりも強いはずの男が、娘をこんな目にあわせるなんて、とね。
だがしかし、君がいなければ娘は生涯眠ったままだったろう…本当にありがとう」
「いいんです。エレナを助けられなかったのは、本当のことですから。
だから、俺はその落とし前をつけた、それだけの事です」
そしてエレナが目覚めた後、レイはサリーからは土下座して詫びられた。
「あんたは妹の命の恩人だ…人殺し呼ばわりして、本当に悪かった」
「いいんだ、それは本当のことだ。
だからこそ、俺はそのぶん人を救いたい…ただそれだけの話なんだよ」
「レイ…」
しばらくすると、廊下の方からまた足音が近付いてくる。
次の瞬間には、マリアが大急ぎで病室に飛び込んで来た。
「コーヴィック!」
マリアは肩で激しく息をしている。
よほど急いで駆け付けて来たのであろう。
エレナが目覚めたという知らせは、関係各所に瞬く間に届くこととなり、それはアズリエル王国軍部も例外ではなかった。
「大佐…ご無沙汰しておりました」
「なんという…あの状態から目が覚めたというのか」
「はい。レイ様が目覚めさせてくれたんです」
マリアはレイを見つめた。
「…お前は、軍に背いてまで何をしようと言うんだ」
「俺は、俺に出来る事をやる。ただそれだけの話です。
死んでいった仲間、俺が殺してしまった人間、その遺族のための償いを」
「…人一人に出来る事をとは、なんだと言うんだ?
私ですら…王族の血を引き、軍の中でも将校という地位を持つ私でさえ、今の政治を変える事が出来んのだぞ」
「それは貴女が貴女自身を見くびっているだけだ。貴女は強く、美しい。
人一人としては、俺以上に強く生きれるはずだ。変えられないことなんて、何一つないはずですよ」
「……」
「俺は変えていきます。この世界を、エレナと共に」
そういってレイは、エレナの肩を抱き寄せた。
「れ、レイ様…」
一気にエレナの顔が紅潮した。
その横ではサリーや彼女の両親が何とも言えない表情になっていた。
「…私に、変えられるというのか?」
「ええ」
静かにマリアは拳を握りしめた。
その後、レイ・デズモンドに対しては軍務妨害の罪が適用され、法廷に立たされる事となった。
一個大隊の作戦行動を、あれだけ大規模な形で邪魔すれば、当然の結果ではあるだろう。
だがベインを陥落させた事や、それまでの戦績が考慮され、最終的には不起訴処分となった。
後でレイが聞いた話によると、教会が出来うる限りの便宜を図ってくれたらしい。
その中にはエレナの親族一同も大きく関わっていたという。
レイについた弁護人も、教会が推薦した人間であった。
恐らくはエレナを救った礼、と言う事なのだろう。
しかしこの一件をきっかけに、現在のアズリエル王国との亀裂は決定的になった。
明確にレイが軍に対して、そして現政権に対して明確に反抗の意思を示したからである。
そしてそれはレイの、生涯続く戦いの幕開けでもあった。
その数日後、レイは問える場所に赴いていた。
「みんな…すまない、来るのが遅くなっちまったな」
小さな町や村ならば夕に入るほどの敷地の中に、見渡す限り無数の墓標が立ち並んでいた。
そこは現在に至るまでの長い王国史の中で、ありとあらゆる戦いの中で命を落とした者たち、その魂が眠る場所。
王立戦没者共同墓地、そこにレイは立っていた。
足元にはジャマール・カーティス、リナ・クロウ、ライリー・デュボワ、カイン・クラムの名が隣同士で、まるで互いに寄り添うように並んでいる。
仲間たちの名が刻まれた墓碑に、レイは花束を捧げた。
「ジャマール…そっちに行くのは、もう少し後になりそうだ。やらなきゃいけない事が山積みだからな。うまい酒をたっぷり用意しててくれよな。
リナ、ライリー…お前らの気持ちは嬉しいけど…俺はエレナと生きる事にするよ。もし生まれ変わりってのがあるなら、次の人生ではお前らのどっちかと付き合うのも悪くないかもな。
カイン、お前の剣は預からせてもらうぞ。俺が持っておかないと、他の奴が軍事利用しそうだからな…世界が平和になったら、返してやるよ。壊さないだけ、ありがたく思ってくれよな」
それぞれの墓に花束を添え、レイはその場を立ち去った。
それはレイ自身にとっての、決意表明でもあった。




