第十五話 無力なんかじゃない
そうして、歴史的瞬間は刻まれた。
長きに渡ってお互いを苦しめてきた南北の戦いは、敵味方問わず犠牲者を一人として出さずにベインを制圧したという偉業を成し遂げたレイ・デズモンドにより、終結に導かれていった。
瞬く間に両国にこのニュースは駆け巡った。
度重なる戦いに疲弊していた両軍からは、確実に感謝の念をレイは述べられていた。
「さて、と…」
レイは和平条約締結のニュースを映し出す街頭の術式ビジョンに目を背け、歩きだした。
行き先はもう決まっていた。
(この力に、まだ使い道があるとしたら…やるしかない)
サリー・コーヴィックは、いつものように妹の側にいた。
仕事が余程立て込んでいる時以外は、彼女は必ずエレナの病室に顔を出す。
それが彼女にとっての日課になっていった。
それが妹を救えなかった自分に対しての罰であり、また彼女に対しての贖罪とも考えていたからだ。
「エレナ、今日は調子はどうだ?」
エレナは安らかに寝息を立てるだけで、答えは帰ってはこなかった。
目覚める事のない眠りの中にエレナはいる。
そのことをサリーは十分に理解しつつも、語りかける事をやめれなかった。
終わらない眠りの中で見る夢は、安らかであろうか。
そうであることをサリーは心から祈った。
「もう何も心配しなくていいんだぞ…お姉ちゃんが側にいるから。
お前を傷付けるやつ、いじめるやつ、全部から守ってあげるからな」
すると突如として廊下の方から、誰かが駆け足で近付いてくる音が聞こえた。
「…?」
その音は部屋の手前で突如として止まり、ドアが勢いよく開かれた。
「エレナ!」
そして現れたのは、サリーが忌み嫌うレイだった。
「な…テメー! 何しにきやがった‼︎」
勢いよく立ち上がり、レイを睨みつける。
これまでの経緯を考えれば、それは当然の反応である。
「こんな所まで追いかけてきやがって…さっさと出てけ!」
「そういう訳にはいかない。俺は…この力で人を救えると、証明しなきゃいけないんだ」
「はぁ? わけわかんねぇ事ぬかすな。どうしても出て行かないなら、実力行使するぜ!」
サリーは掌に術式を展開した。
それは最上位炎系魔法の術式であり、彼女が戦闘に置いて手練であることを示していた。
しかし常識外れの実力を持つレイには通じず、一瞬にして距離を詰められた。
「あんたに用はない。少し黙っていてくれ」
「な!」
そうしてサリーの目の前に、レイは術式をかざした。
「う…ぐっ…」
それは状態異常の術式であり、効果は覿面であった。
妹の危機を前に、サリーは膝から崩れ落ちた。
(恐らく…これが出来るのは俺しかいない)
エレナの額に術式を展開させ、その脳をレイの瞼の裏に投影させた。
レイは両目を閉じ、エレナの脳がダメージを負った箇所、機能していない部分をミクロ単位で確認した。
通常ならばここまで小さな範囲で人間の体組織を確認することはできない。
そのために必要な術式はより強化されたものでなければならず、それを行使できるほどの人間などいないはずだった。
だがレイは違う。
チート級の能力を持つ彼ならば、極小単位で脳細胞や神経の損傷を確認し、それらに局所的に回復魔法を浴びせ、損傷を回復し、死んだ細胞を活性がさせることが可能だ。
(くそっ…生き返れ…生き返ってくれ、エレナ‼︎)
とはいえ、それは困難なことではあった。
細胞を一つ一つ蘇らせるのに必要な魔力は膨大であり、またイメージを拡大して確認し続けることにも多大な魔力の消耗が伴う。
極限の魔力と消耗の中で、レイは戦い続けた。
(証明させてくれ…俺の力は、殺すためだけの力じゃないってことを)
そうしてどれほどの時間が経っただろうか。
全ての損傷箇所に、ありったけの回復魔法を注ぎ込んでいる。
あとはエレナの生命力次第だった。
「頼む…目覚めてくれ…」
すると微かにエレナの指先が動いた。
そして彼女の瞼がゆっくりと持ち上がっていった。
「レイ…さま…」
「エレナ…‼︎」
彼女の両目から涙が溢れ出した。
「私…眠っていたんですね…」
「え…?」
「なんとなく、わかっていました…」
意識の底で、周りのことを知覚していたのだろうか。
「私…目覚める資格なんてないんです…」
両目を抑えて、エレナは泣いた。
「…何も感じないんです…いろんな人が死んでいくのを見て、手脚を切断して、接合して…そうしていくうちに麻痺していくんです。
ただ無力で…薬でしか自分を保てなかったんです…何もできない上に、心まで失った私が…許せなくて…」
そんなエレナを、レイは抱きしめた。
「エレナは無力なんかじゃないよ。
世界中の誰がなんていっても、俺はエレナを許し続ける。
エレナが側にいるだけで、俺は救われ続けるから」
その澄んだ瞳を、レイは見つめた。
「愛してる、エレナ」
そのまま二人は口付けた。
「う、う〜ん…」
サリーは頭を抑えながら、ゆっくりと起き上がった。
「随分早いな。半日は立たないと起きないはずなんだが…あんたも大佐と同じくらい強いみたいだな」
「一応、お姉ちゃんも軍人みたいなものですから…魔法には耐性があるんですよ」
「…え?」
サリーは、ありえない声を聞いた。
もう聞きたくても、生涯聞くことはないと思っていた声だ。
「おはよう、お姉ちゃん」
「…エレナ」
そのままサリーはエレナに抱きついた。
「エレナ…‼︎ よかった…本当によかったよぉ…」
「ありがとう、お姉ちゃん…側にいてくれて」
その光景をレイは微笑みながら見つめていた。
それはレイの力が人を救った、初めての瞬間だった。




