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第六話 命の行方は

 

「偉大なるアドナイの導きにより、ライリー・デュボワの魂を導きたまえ…」


 司祭の言葉を、虚ろな頭でレイは聞いていた。


 もはや茫然自失となったレイには、何かを感じる気力すら無かった。

 ライリーの遺体を見た直後は、声が枯れんばかりに絶叫し泣き喚いた。

 やがてそれが治まると、自分自身が真っ白になったような感覚にレイは陥った。




 ライリーの墓前に、様々な人間たちが集まった。

 家族や友人、そして軍関係者も参列していた。

 雲ひとつない青空に、三発の弔砲を放った。

 澄んだ風に乗せて、葬送のラッパが響き渡った。

 マリア、そしてレイ、そして元帥をはじめとする軍の要人までもが、敬礼した。


(…もう、ライリーは…苦しむことも、ないのか)


 彼女は、安らかな場所に行ったのだろうか。

 その行く末をレイは思った。




 レイと別れたその数時間後、彼女は致死性の毒を飲んだ。

 遺書は彼女の傍らに残されており、自殺であることに間違いはなかった。

 その中には、戦場で仲間の人生を奪ってしまったこと、虐殺に加担したこと、そして日常での拭いきれない孤独感や罪悪感に耐えられないといった旨の事が書かれていた。

 そしてレイにだけは、また別に手紙を残していた。

 それにはこう記されていた。




『レイへ。


 この決断は、あなたを苦しめると思います。


 でもどうか、私のことを足枷にはしないでほしい。


 せめてレイだけは、エレナの側にいてあげてね。


 私にとっても、彼女は同じ戦場を生きた、仲間だから。


 世界一、愛してる。


 ライリー・デュボワ』





「…俺が、殺したのか」


 レイはただただ呆然とするしかなかった。


「ライリーを受け入れてさえいれば、今頃は…」

「もうそんな風に考えるのはやめろ。お前には何の責任もない」


 マリアもまた、虚ろな目でライリーの墓標を見つめていた。


「こんな景色をまた、南方戦線でも見る羽目になるのか…辛いものだな」

「南方戦線?」

「そうか、まだ伝えていなかったな。

 新たに南に配置されることになったよ。

 数日後には、また戦場に逆戻りだ」

「…また、戦争ですか」


 疑問は確信に変わりつつあった。

 この戦いは、この国のエゴによって引き起こされたものだ。

 周囲で起こる戦乱に、レイは悉く嫌気がさしていた。


「仕方ないんだ、私は職業軍人だから…戦場しか生きる場所がない」


 そうしてマリアは、レイの方に向き直った。


「今までありがとう、デズモンド…向こうでも、お前の事は忘れないぞ」






 日が暮れても、レイはまだ墓地を離れようとはしなかった。

 そこを離れたら、本当にライリーが何処かへ去ってしまうような気がした。


「…まだ帰らないのかね」


 ライリーの父親が話しかけて来た。

 やはり一人娘を亡くした直後という事で、まさしく憔悴仕切ったような顔だ。

 最後まで残っているレイを見て、彼女の家族は皆不安に駆られた。



「…俺が殺したんです。

 ライリーを受け入れてさえいれば、今頃は…」


「それを言うのであれば、先に我々が責められねばなるまいよ。

 あの子を立派に育てたくて、士官学校への入学を進めたのは私と妻だ。

 戦争さえなければ、娘が心に傷を負うことも、そもそも無かっただろう。

 だから…気に病むのは、あまり良くないぞ」


「……」


 二人で彼女の墓標の前に立ちすくんだ。

 まるで彼女が、ここに永遠に留まっているかのように。

 それがきっと錯覚だと知っていても、レイたちはそこを動くことが出来なかった。


 ふと、不規則な足音が聞こえた。

 杖をつくような音が聞こえることから、足が不自由な人間のようだ。

 その方向を見やると、そこには見覚えのある人間がいた。

 真っ黒な肌、チリチリとした髪、高い身長。

 その姿はみすぼらしく痩せこけてはいたが、面影は強く残っていた。


「…ジャマール、なのか?」

「よぉ、レイ…久々だな」


 おぼつかない足取りで、ライリーの墓の前に立った。


「バカヤロウ…なんで、せっかく生きて帰ってこれたのに…俺のことは気にすんなって言ったのに…」


 ジャマールは墓の前に膝をついた。






 その後、直ぐに近くの酒場に移動した。


 改めてレイはジャマールの姿を見た。

 逞しく太かった筋肉はすっかり衰え、折れそうな程に痩せ細っている。

 着ている服はすっかり汚れてボロボロであり、その顔は疲れ切っていた。


「一体どうしたんだ、その格好…今まで何をしていたんだ?」

「見りゃわかんだろ、ホームレスだよ」

「…一体何で?」

「半身がイかれた奴ができる仕事なんて、そうそうないからな。

 それに運良く仕事にありつけても、すぐにクビになっちまう」


 そうやってジャマールは酒を一気に飲んだ。


「もう家族の元にも帰れねーんだ…誰もわかってねぇ。

 気付いたら、路上で寝泊まりしてたよ」

「……」


 レイは思わず言葉を失った。

 前線で戦った友がこの有様というのは、あまりにも痛々しかった。


「お前はどうよ? ニュースでは見たぜ、有名人だな」

「よせよ…俺は何もしていない、あそこで戦っただけだ。

 お前だって知ってるだろ、戦場で何があったのか」

「ああ、知ってるよ」


 同じ戦場を経験したからこそ、知っていた。

 勇者じみたことなど、何一つしていない。

 レイ達はただ戦い、時には非戦闘員まで殺したのだ。

 自分たちが正しい事をしたなどとは、口が裂けても言えるはずもない。


「まぁ、とにかく飲もうや」

「…そうだな」


 そうして二人は酒を飲み交わした。

 言葉は少なかったが、お互いに何かを分かち合えたような感覚を覚えた。

 きっと同じ傷を背負った仲間同士、繋がれるものがあるのかと例は感じた。


「俺たちだけなんだよな、今生き残ってるのって」

「そうだな…」

「どうせなら、どっちが先に寿命で死ぬか、賭けるか?」

「プッ…なんだよそりゃあ」


 何時しか二人は、笑い始めていた。

 訓練兵時代、出逢った頃とまるで変わらずに、友としてレイは笑顔になった。

 その後は、互いに他愛もない話に興じ、お互いの家族の話や昔の話、そして互いの思い出話に至るまで話し合った。


「きっと、俺たちは永遠に友達だよな」

「間違いねぇな…ふふっ」


 ジャマールのその笑顔は、昔と変わらなかった。

 だからこそ、何時迄も変わらずに笑いあえると思っていた。

 お互いが歩み続けて行くためにも。








 その夜、ジャマールは殺された。

 路上生活者をターゲットにした強盗に遭ったのだ。

 かつての騎士団の戦士は、敢え無く身ぐるみを剥がされ、死体となって転がった。

 これもまたレイと別れて数時間後の出来事であった。




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