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第四話 最強な無力



 どれだけの時間が過ぎたのだろうか、レイには予想も付かなかった。

 足元に根が張り付いたように、その場から動けずにいた。


 突如として、病室のドアが乱暴に開け放たれた。


「エレナ‼︎」


 そこにはエレナによく似た、しかし明らかに体型の違う女性が、息を切らせて立っていた。

 顔立ちこそ似ているものの、エレナに比べると背は高く、何より目は切れ長で鋭い。

 その女性はレイを押し退け、エレナの身体に泣き縋った。


「ごめん…ごめんな、エレナ…お姉ちゃんが…」


 察するに、彼女はエレナの姉らしい。


(そういえば、エレナの家族の話はほとんど聞いたことが無かったな…)


「あ、あの…」


 差し伸べた手を、彼女は乱暴に振り払った。


「触んな、人殺し!」

「な…」

「レイ・デズモンドだろ? 勇者って名前の大量虐殺者、教会でも有名人だぜ」


 言葉遣いの荒い女性だった。

 見た目も手伝ってか、姉の方が幾ばくか気が強く苛烈な印象である。

 その鋭く威圧的な眼光は、レイにとっては突き刺されるような感覚だった。


「あなたは…エレナのお姉さんですか?」

「そうだよ。サリー・コーヴィック。この子の姉だ」


 サリーは、もう動かないエレナの掌を握りしめた。


「なんでこんなにも純粋な子が、壊れるまで…

 汚い大人達の利権のために…エレナは…」

「大人達…? 一体何が…」

「何も聞いてないのかよ? この子は結局人質として利用されただけなんだ」


 聞いたことはある。

 確かに一度エレナは、自身のことを"人質"と呼んだ。


「そもそも何でエレナが王国軍に入隊したと思う?

 そして中立国であるアルマ教主国が、なぜそれを許したのか」

「え、いや…わからない」

「大国とのコネクションを掴み、教皇一派を牽制するためさ」

「…どういうことなんだ?」


 教会内部の事情でエレナが軍に派遣されたことは、レイも知ってはいた。

 しかしサリーの様子を見るに、さらに深い事情があることがわかる。


「アルマ教主国には教皇を始めとするアラニスト…亜人たちの聖ミロワ信仰との融和を図る派閥と、枢機卿が率いる保守派が存在するんだ。

 そして枢機卿達は、聖ミロワ信仰を異端視してる。

 奴らにとって、非純粋種の信仰なんてのは邪道もいいところなんだよ。

 それに奴らの教義も重んじれば、自分らの立場や財産も誰かに分け与えなきゃいけなくなる。

 自分の金や地位を脅かされるのが、怖くてしょうがないのさ」


 聖ミロワとは、レイの知る限りでは”隣人愛”、つまり他者との平等な愛を説いたものだった。

 なのであれば、それらを独占しようとする者たちにとって発動が悪い。


「そして彼らは異端審問官を抱き込んでる。国内では誰も文句が言えない」

「抱き込んでるって…癒着ってことか?」

「そうさ。金で釣るなり地位を約束するなりで、今や教皇猊下ですら簡単には動かせない勢力になっちまった」


 レイにとっては、にわかには信じがたい話であった。

 聖職者の集団ともいえる組織に、そこまで汚い話があったというのは、いささか信じたくはない話である。


「そして亜人排斥派のリチャード王が即位し、アズリエルと保守派達との利害は一致した。

 人事権を持つ枢機卿は、教会の名家の一員だったエレナをアズリエルに派遣、永住権を取得させた。

 そして王国軍に入隊させ、リチャード王と教会保守派たちの手中に収められた。

 教皇派が動きを見せれば、エレナの安全は保証されなかった。

 南方戦線に異動でもさせられたら、まず助からない…あそこは衛生兵も含めて、人が今も山ほど死んでるんだからな」


「…だから、エレナは『人質』と呼ばれていたのか」


 彼女の言っていたことの本当の意味が、レイにもようやく理解できた。


「教会内で名誉あるコーヴィック家の人間が人質とあっては、迂闊に身動きが取れない。

 さらには大国アズリエルが戦争に勝利すれば、世論は自分たちに傾く。

 勇者たちの中に教会出身の人間がいたとなれば、尚更だ。

 結局のところ、奴らの覇権争いの駒だったんだよ、私の妹は。

 そうして心を壊され、薬漬けにされて…あんまりだ」


「…国家ぐるみで、そんな脅迫じみた事を…?」


「やりかねないよ、あいつらなら」


 サリーはレイを睨みつけた。


「あんたも駒なんだろ、デズモンド。散々殺しまくって勇者気取りか? ヘドが出るぜ」

「ち…違う! 俺はただ命令に従っただけで…」

「だったら何だ?不当な戦争で戦果を上げて、勇者なんて呼ばれて踏ん反り返ってる。

 私にしてみりゃ、あんたの方がよっぽど魔王にふさわしいよ」


 そして動かないエレナを横目に見た。


「そんなに常人離れしてるなら、エレナを生き返らせてみせろよ!

 勇者なんだろ? 人を救うのが仕事なんだろ? だったら妹を救ってみせろ‼︎」

「……」

「何もできないだろ?結局あんたも人殺しだ。

 あんたらの側にエレナを置いておけない。

 この子は明日、本国に連れて帰る。

 もう二度とあんたに会わせるつもりはない」

「…!」


 それは残酷な宣言だった。


「出て行ってくれ。これ以上話す事なんかない」


 レイはよろめきながら、病室を出ていくことしかできなかった。








 通りでは土砂降りの雨が降っていた。

 差す傘でさえも、レイは持ち合わせてはいなかった。

 ただ体が水浸しになっていくのに任せて、おぼつかない足取りで、通りをふらふらと歩いていた。


(俺は…)


 人殺し。

 レイは確かに、そう呼ばれた。



『そんなに常人離れしてるなら、エレナを生き返らせてみせろよ!』



 何も出来はしなかった。

 人を殺すことは、レイにとってはとても容易いにも関わらず。

 助けたい人を、助ける力は無かった。


(こんなにも、無力なのか…)


 誰よりも強い力を持っているはずなのに。

 勇者と呼ばれ賞賛されている人間が。

 レイは膝から崩れ落ちた。



「うわああああああっ…‼︎」



 雨に濡れながら、レイは泣いた。





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