表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/147

第三話 最初の喪失

 

 その夜は、レイ達にとって何度目かのパーティーだった。

 だが今夜は様子が違った。

 これが予定されている最後のパーティーである上、国家首脳陣が直々に参加する予定だった。

 そして会場はアズリエル総行政府とあって、これまででも最大の規模であった。

 さらにはレイや国王のスピーチは中継放送されるらしい。

 否が応でも国民は沸き立った。



 4人はパーティーが開かれているホールとは別に、重要人物だけが集まるVIPルームとでも言うべき場所に最初に通された。

 そこには現国王リチャードと、その息子ニコラス王子、そしてこの国のトップ達が勢揃いしていた。

 その中には将軍であるバリー・コンドレンの姿もあり、その他閣僚も何人かが揃っている様子である。


「此度の件は見事であった…誇るがいい」


 相変わらずその両眼は濁った硝子玉のようであり、他人を畏怖させた。

 口の端を吊り上げるような笑い方に、レイは常に不快感を覚える。

 今日のように茶番を演じさせるときなどは、特に酷い。

 一方で、その横に控えるニコラス王子は父の面影など欠片もなく、にこやかにレイ達を労った。


「救国の勇者とお話できるとは、光栄です。私が第一王子、ニコラス・アレクサンドルです」

「あ、はい…」


 姉のマリアもだが、二人とも母親似なのだろうかとレイは感じた。

 あまりにも父親の面影が無さすぎるからだ。

 清潔でサラサラと靡く黒髪、澄んだ瞳、そしてモデルのように整った顔立ちと体型は、まさしく”王子”といった趣だ。


「悪の権化、魔王を討ち取ったその功績。全国民が知っているよ」


 アーロン国防長官が四人と握手した。

 レイは内心、彼の事も信用ならないと思っていた。

 現在の亜人排斥ムードは、彼の言論によるものだと聞いていたからだ。


「いやはや、君たちのお陰で頭痛の種が減ったよ。はっはっは」


 レイがその顔を直接見るのは、これが初めての機会だった。

 バリー・コンドレン将軍、殲滅戦を命じた軍上層部の一人である。

 その瞬間、四人の顔が途端に険しいものになった。

 次第に眉間に皺が寄るのを、レイ自身でも感じられた。


「おいおい、そんな顔をしないでくれ。誰が敵かわからない以上、ああするしかなかったのさ」

「……確かにそれは全員ムカついてるが、俺はそれだけが言いたいんじゃない」


 全員の顔を見た。


「あんたらは俺に情報を伏せてたな。

 ミスリル資源の事も、ディミトリ共和国の事も、開拓の負の歴史も!

 俺が異世界から来たのにつけ込んで、都合のいい事だけ教えて、自分たちの操り人形にしやがったな‼︎」


 レイの言葉に一瞬ポカンとした表情を浮かべ、やがて将軍たちが声を上げて大笑い始めた。

 その中でジョセフィーン・メイやフランシス・トロワといった人間だけは目を伏せたが、それに高笑いする下衆な人間たちが気付く事はなかった。 

 さも可笑しい物を見る目で、鼻でせせら笑いながらリチャード王が言った。


「何を言うと思えば、そんな下らない事か?

 確かに我が王国には負の歴史はある。

 だがそれと今回の戦争は無関係だ。

 結局奴らは口で綺麗事を言っても、ただのテロリストなのだよ。

 その目で血の祝祭を目撃し、魔王と対峙した身ならわかるはずだ」


「たとえそうだとしても、そうなった原因はあんたらにあったんじゃないか!

 あんたらの私利私欲で大勢の敵味方問わず、多くの人間が死んだんだぞ‼︎」


「陰謀論か? 笑わせる。

 もしアガルタと戦争になったとしても、それは自然の成り行きだ。

 非人種は基本的に主張だけして何もせん種族だ。

 我々が粛清したところで何の問題もあるまい。

 今も昔も、我々は正義を実行しているに過ぎないのだよ」


「正義だと⁉︎ 虐殺、略奪、強姦、あんなものの何処が正義だって言うんだ!」


「ほう、そんな事があったのか。どうなのかね、将軍」


「何の報告もありませんでしたな」


「嘘だ! あんたらは見て見ぬ振りをしていただけだ‼︎

 元帥や将軍は戦場での不法行為を意図的に隠蔽していたんだ‼︎

 俺は忘れていないぞ、何を命令されたか、カイン達があそこで何をしたか‼︎」


 話し飽きたのか、リチャードは溜息をつきレイを見据えた。


「やれやれ、もうたくさんだ。

 そんなに不満があるなら出て行くがいい。

 貴様抜きでも宴は成り立つ」


「言われるまでもねぇよ! 行くぞ、みんな‼︎」


「ま、待ってください、レイさ…ま…」


 レイを追いかけようとしたエレナの足が、不意によろめいた。


「あ…」


 そして、そのまま倒れ伏した。


「え、エレナ⁉︎」

「しっかりして、エレナ‼︎」

「揺さぶるな、救護班を呼ぶんだ‼︎」


 その場は大騒ぎになった。







 ベッドの上で、エレナは眠っているだけのように見えた。

 彼女は安らかに目を閉じ、寝息とたてている。

 人工呼吸器さえなければ、ただ安らかに夢見ているようにも思える程だ。

 しかし医師から告げられた現実は違っていた。


「これは向精神性の薬草の過剰摂取です。

 おそらく症状からして、かなり長期かつ多量に摂取していたと思われます」

「向精神…つまり、麻薬って事ですか?」

「ある種、そうとも言えますね…普通は薬として使われますが、依存性は高いですから」


 おそらくエレナが従軍していた頃から、常習的に服用していたとみられていた。

 心当たり自体はあった。

 目の前で多くの味方が死んでいき、彼女はそれを間近で看取るのだ。

 彼女の疲弊しきり、生気の消えた顔を何度も見てきた。

 しかしまさか薬物中毒になっていたとは、レイも流石に驚いた。


「どのくらいになれば、目を覚ますんですか?」


 すると、医師は目を伏せた。



「落ち着いて聞いてください…恐らく、彼女が目を覚ますことはないでしょう」


「…え?」



 その場にいた全員が、凍りついた。


「かなり多くの種類の薬草を摂取していたようですね。

 その中にはかなり毒性の強いものも含まれています。

 結果的に脳の一部が完全に機能不全になっている状態です。

 事実上の植物状態であり…目を覚ますための有効な手段は存在しません」


 全員が唖然となった。


「エレナ…そんな…」


 ライリーは膝から崩れ落ちた。


「コーヴィック…」


 マリアはただ拳を握りしめた。









 病室にはレイとエレナだけが残された。

 マリアもライリーも、お互いの家族に引き取られて帰っていった。

 元帥たちはやってこなかった。

 おそらく未だパーティーの後始末などがあるのだろう。

 レイにとっては好都合だった。

 エレナと二人きりになりたかったからだ。

 その安らかに見える寝顔を、レイは見つめた。


「エレナ…そこまでして…」


 まるで知らなかった。

 薬物中毒になってまで、彼女は他人を救い続けた。

 そして最後までそんな素振りを、レイ達に見せなかった。


「もう…俺の名前を呼んではくれないんだな」


 その頰に触れた。


「エレナ…」


 涙が出た。

 ずっとこのままでいたい。

 彼女のそばを離れたくはなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ