第二話 犠牲の上の世界
カインの祖母が語るところによると、カインは南部の田舎の出身で、そこはまだ奴隷制やモンゴメリー法時代…つまり人種差別が色濃く残る地域の出身だった。
お互いがお互いを憎しみあい、差別する…その連鎖は、子供であるカインにまで降りかかった。
少年時代は明るく、純粋種や亜人といった分け隔てなく人々に接していた。
しかしそれを両親達は許さなかった。
彼らは亜人がいかに劣悪な人種であり、被差別者を気取って純粋種から搾取しようとしているのかを教え込んだ。
また彼らは非常に野蛮であり、彼らを討伐した勇敢な開拓民の子孫が自分たちなのだと教えた。
その当時は、人種の平等という概念が田舎までは浸透していなかったのも一因らしい。
周りの大人達から刷り込まれ、カインは徐々に他人種への猜疑心を深めていった。
そして事件は起こった。
カインと祖母がたまたま出かけている間に、強盗が入った。
両親は惨たらしく殺され、金品の類は全て持ち去られていた。
犯人は亜人達だった。
彼らは捕まり処刑されたが、その事は彼の中にあった疑いを確信に変えた。
『やつらは…ゴミクズだ』
その日からカインは豹変した。
身体を徹底的に鍛え上げ、その力を他人種に迷いなく振るった。
そして勉学にも異様なほど執着した。
その理由を、当時のカインはこう語ったらしい。
『俺は士官養成学校に入るんだ。そうして奴らを殺す…生涯をかけて、全ての亜人を殺すんだ』
その狂気から、いつしかカインの髪は真っ白に染まっていった。
最終的に南方戦線に派遣されることとなった彼は、その腕を発揮する。
恐れを知らないバーサーカー、カイン。
それでいて何時も無事帰還するタフネスも持ち合わせていた。
そうして特注の大剣を手にし、さらに多くの亜人を殺すことになる。
そして最後には、レイと出会った。
「ずっと不安だったんです…いつかはこうなる日が来る気がして」
その予感は的中していた。
「南方戦線にいってから、手紙もほとんど寄越さないで…。
だからあの子がどんな風だったか、まるで存じ上げませんの。ねえ、どんな風でしたか?」
返答に窮した。
何も知らなかった。
あの残虐な顔の中にあったものを。
レイは顔を伏せた。
「正直なところ、よくわかりません…彼は配置転換されたばかりで、あまり話すこともなかったので…」
「そうですか…」
そんな風に嘘をつくのが精一杯だった。
「しかし彼は…最後まで勇敢に敵に立ち向かいました。それだけは確かです」
嘘はついていないはず。
そうやって自分自身を騙した。
「…そうでしたか…あの子は…最後まで…」
彼女は俯いた。
どうしようもない感情が襲った。
やりきれないと心底感じた。
(…救われなさすぎる…)
憎しみあい、殺し殺される負の連鎖。
それらに彼は殺されたのだ。
「おお、こんなところにいらっしゃいましたか、デズモンド伍長! ささ、こちらへ」
「え、あ、ちょっと…!」
礼服姿の男に引き摺られるまま、レイはその場を後にした。
「ささ、これを」
パーティーの主宰者と思しき男は、レイに何枚かの紙を手渡した。
「…これは?」
「スピーチの原稿ですよ。これと同じような事を喋ってくれればいいですから」
手渡された紙を見た。
そこには邪悪極まりない敵を、祖国への愛を持って打ち滅ぼしたという、いかにも大衆が喜びそうな内容が記されていた。
そして従軍した事を誇りに思い、正義であるこの戦争で戦果を挙げられた事を嬉しく思うという、白々しい言葉が並べられていた。
胸の辺りに悪心が広がった。
茶番と言う他なかった。
「…これを喋れって?」
「ええ、そうですよ。他の皆さんは準備出来てますから。さぁ、行きますよ!」
そうして彼はパーティー会場に、レイを引きずり戻した。
「さぁ皆さんお待ちかね、このパーティーには勇者達が来てくれています!
そう、魔王を見事討ち取ったレイ・デズモンド伍長と、その仲間の皆様です‼︎」
その言葉を聞くと、会場内に拍手の音が響き渡った。
中にはキャーキャーと黄色い歓声をあげる者もいた。
レイは鉛のように重い足を引きずり、無理やり前に出た。
「ささ、こちらでどうぞ…」
主宰者は後ろに下がり、レイは観衆に晒された。
全ての目線がレイに集中していた。
「…皆様、お集まり頂き、ありがとうございます。
ご紹介に預かりました、レイ・デズモンドです」
目を伏せないようにするのが精一杯だった。
「…とても、長く苦しい戦いでした。
数多の戦いを経て、最後に魔王に辿り着きました。
犠牲は大きかったですが、最終的には魔王を倒し、勝利することが出来ました。
それも、この国で皆様が戦地にいる我々に祈ってくださったからです」
自分で言葉を発しながら、なんとも白けた気分になるのを感じた。
「常に戦いの最中、正義は我らにありと信じながら…」
原稿を読もうとして止まってしまった。
レイにはどうしても先が読めなかった。
原稿を握りつぶし、その手をぶらりと下げた。
「……多くの人間が死にました。
敵味方問わず、時には民間人まで巻き込みながら。
僕らは殺し、そして殺され続けました。
僕の仲間の一人は、身体中を貫かれながら死にました。
またある一人は、最後まで憎悪を燃やしながら死んで行きました。
運良く生き残っても、生涯消えない傷を負った者もいます。
そして僕は、ありとあらゆる方法で敵を殺し尽くしました。
その惨さは、きっと皆さんは直視出来ないでしょう」
その両手は、いつしか震えていた。
「皆さんは、戦いを知らないと思います。
けれど忘れないでください。
敵味方問わず、多くの血が流されました。
僕らだけではなく、敵の方だって泣いたと思います。
そうした犠牲の上に、今の平和はあるんです…
色んな人が泣いて、血を流して、俺たちは平穏を手に入れたんです…
それを…どうか、忘れないでください…」
拳を握り締めながら、泣いた。
他の3人も同様だった。
会場はどよめいた。
何を言ってるのか、理解できないのだろう。
それでも言わざるを得なかった。
何が正義で、何が悪でも。
屍の上の平和、それだけは現実だったからだ。
大通りを楽隊や踊り子たちが闊歩していた。
色とりどりの紙吹雪が舞い、傍に並んだ群衆は喜びの悲鳴をあげる。
そうしてレイ達一行は、空虚な苦笑いを浮かべながら、人々に愛想を振りまいていった。
戦勝パレードは何処までも続くかのように思えた。
お祭りムードはアズリエル全域に広がっていたからだ。
ふと、レイは通りの奥の方に亜人達が何人か立っている事に気がついた。
歓喜に沸く群衆の陰に隠れながら、彼らはレイ達を暗い目で見つめていた。
手にしたプラカードには"戦争反対"や"兄弟達を殺さないで"といった文字が書かれていた。
レイは咄嗟に目を逸らした。
直視することが出来なかった。
それらはレイの犯した罪を象徴するかのようだった。
(戦争は終わったのに…俺は未だに操り人形なのか?)
それはレイ自身の弱さであると、自覚していた。
いくら力が強くなっても、心は弱いまま流されるままだった。
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