第三十七話 暗喩されるもの
夜更け。
帰って来たライリー、マリア、エレナの表情は暗かった。
どんな殺戮が繰り返されたのか、レイにも容易に想像がつく。
疲れ切って、皆口もきけないほどだった。
「…もう少しで、魔王と戦うのね」
やがて、ライリーがやっとの事で口を開いた。
「ああ…そうだな」
魔王を倒せば、全てが終わる。
こんな無情な殺しもせずに済む。
本当にそうなのだろうか?
今迄の事が、本当にそれで清算されるのか?
そうレイは自問自答した。
「あ、あれは…」
エレナがふと、ある一点を指差した。
そこには先程から外出していた、カインの取り巻きたちが列をなしていた。
その後ろに、見慣れない一行が付いて来ていた。
それは魔族の少女たちだった。
だが一様にその表情は暗く、中には殴打の跡がある者さえいる。
とてつもない胸騒ぎを感じ、レイとマリアは取り巻きたちを呼び止めた。
「おい、これなんだ? 一体どこから…」
すると一人の男がニヤニヤと笑いながら答えた。
「ああ、こいつらは制圧した村の生き残りよ。
村は八割がた焼いちまったから、ここで楽しむのさ」
レイたちは、彼らが何をする気か瞬時に悟った。そして絶句した。
全員二の句が継げず、唖然とした表情を浮かべた。
「耳やら尻尾やら余計なものが付いちゃいるが、まあそこそこ楽しめるぜ」
男は下卑た表情を浮かべ、少女たちを舐め回すように見た。
すると彼女たちはビクリと体を震わせ、心底怯えた顔になった。
「ひっ…や、やめて…乱暴しないで」
「はいはい、わかったわかったから。とりあえず行くぞ」
腕を強引に引っ張って連れて行こうとする男の手を思い切り掴み、マリアは在らん限りの眼光で睨みつけた。
「し、信じられん…貴様、それでも騎士団の一員かっ‼︎」
マリアはわなわなと震えながら、叫んだ。
「何言ってんだ?どうせこいつらは殺すんだし、楽しんだところで問題ないだろ?」
「ふざけるな! このことは将軍に報告させてもらう。その間に彼女たちに触れてみろ、貴様ら全員殺すぞ!」
そう言うとマリアは駆け出した。
「ケッ、何をお高くとまってんだか。あのアマには指揮権も何もないってのによ」
そう毒づく別の男に、ライリーは渾身の平手打ちを食らわせた。
「ふざけないで! あんたら人間じゃない、ケダモノよ‼︎」
エレナでさえ鋭い目つきで男達を睨んでいた。
普段の温厚で優しげな彼女が、他人に対してここまで侮蔑した目付きをするのは、想像もできないであろう。
「おいおい、だったら姉ちゃん達が相手してくれんのかあ? 俺はそれでもいいんだぜ?」
何人かの男達がエレナとライリーを取り囲んだ。
全員が顔にゲスな笑いを浮かべていた。
全員人の形をしているはずなのに、なぜだかそのシルエットは化け物のように写る。
その眼前に、レイが立ちはだかった。
「なんだぁ、優男。邪魔すんじゃねぇよ」
「…二人に触れるな」
「何?」
レイはこれまでに感じた事がない怒りを感じた。
そしてそれを、ありったけ両眼に込めた。
「二人に触れるなと言ったんだ。何かあったら戦死扱いにして殺すぞ」
周りの男達がたじろいだ。
「忘れるなよ、俺が本気を出せばカインも大佐も俺を止められない。
ましてやお前らなんて、俺にとっては虫ケラにも劣るんだよ」
それがハッタリでない事は、全員が知っていた。
「カインはどこだ? 直接話す」
「こ、ここから南西の集落だ…まっすぐ行けば見えてくる」
その言葉を聞いた瞬間、レイは駆け出した。
たどり着いた集落は、比較的建物が残っていた。
だがそれでも、あらゆる場所に死体が散らばっていた。
それもバラバラにされ損壊が激しいことから、必要以上に激しく嬲られた末に殺されたことが容易に想像出来た。
そして暗闇の中に輝く焚き火と、ゲラゲラと笑う声が聞こえた。
何人かの兵がおり、どうやら酒をあおっているようだった。
その建物にレイは無理やり踏み込んだ。
そこでレイは見た。
山積みになった少女達の死体。
しかもみんな全裸だった。
一瞬で彼らが何をしたのか悟った。
建物の中でカインは酒と煙草を楽しんでいるようだった。
「よぉ、遅かったな。残念ながら、もう全員楽しんだ後だぜ」
悪びれた様子もなく、紫煙を吐き出した。
その横顔を、レイは殴った。
カインは転がり、口の端から血を流した。
「いってぇ…」
「これでも手加減したんだ。本気だったら首が吹っ飛んでもおかしくない」
その通りだった。
怒りに任せて思い切り殴れば、レイ本人にもどうなるか想像がつかない。
「お前ら、一体何考えてんだ⁉︎ ただ殺すだけじゃ足りないってのか‼︎」
「ああ、足りないね。こいつらは人じゃねぇ、人を真似て作られた獣にすぎねぇ。
そいつらが生意気にも人間に牙を剥くんだ。苦しめ尽くして殺さなきゃおかしいだろうが?」
「ふざけんな! 彼女達がお前らに何をしたって言うんだよ!」
「"血の祝祭"、覚えてんだろ?」
もちろんレイも、その目で見ていた。
幼い少女がその身を捧げて、数多の死傷者が出た。
「人間気取りの獣のくせして、女子供ですら俺らに歯向かってくるんだ。
俺たちはこいつらの信じる神に代わって正義の鉄槌を下してんだよ」
「冗談はやめろ! これが正義か? 虐殺、略奪、強姦、どうすりゃ神様がこれを許すと思ってんだ⁈」
「許すさ。こいつらは動物だ。そのくせ権利やら尊厳なんてものを追求しやがる。我慢ならねぇ」
その時、レイは見た。
カインの両眼に、酷く濁った色に染まった。
それは恐らく、憎しみだった。
「まぁ何はともあれ、もうここには俺たち以外生きてる奴はいねぇよ。残念だったな」
ぺッと血を吐き捨て、カインは出て行った。
取り残されたレイは、ただ現実が受け入れられなかった。
(これが…正義か? 俺たちは…何をやってるんだ?)




