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第三十四話 カイン

 


 夜もすっかり更け、レイの隣ではライリーが安らかな寝息を立てている。

 同じベッドに横たわりながら、レイは彼女の寝顔を見つめていた。


(…俺は、本当に守れるだろうか)


 レイには確証がなかった。

 リナを守りきることが出来なかった。

 ジャマールが負傷した時も、エレナに頼ることしか出来なかった。

 自分がした事といえば、無実かもしれない人間たちを殺した事、そして正当かもしれない復讐に来た者たちを、手当たり次第に壊していった事だけだった。


(俺の力は…人を傷つけるだけなのか)


 その問いに答える者は、誰も居なかった。





 翌朝。

 朝食を終えたばかりのレイの前に、マリアが現れた。


「やあ、デズモンド。少尉の様子はどうだった?」

「…どうだったって?」

「昨日、彼女がお前の部屋に行ったはずだ。私がそう命令したからな」

「…そうだったんですか」

「見た感じ、少尉は多少持ち直したようだが…今はお前の方が深刻そうな顔をしているな」


 その指摘は当たっていた。

 レイの表情には深い陰りができ、周囲の人間を寄せ付けないような空気を纏っていたからだ。

 それが度重なる仲間の犠牲によるものである事は、上官であるマリアでなくても察しがついた。


「…ご心配には及びません。体調に支障はありませんし、任務は続行できます」

「たとえそうでも、心が壊れてしまうぞ。下手をすれば、少尉よりもお前の方が危ない」

「……」


 レイはただ俯くことしか出来なかった。


「心配しなくても、お前に救われてる者だって沢山いる…私だって、その一人だ」

「大佐…」

「その事を自覚するんだぞ」

「…ありがとうございます、大佐」


 レイは顔を上げ、優しく微笑んだ。


「そうだ。お前は呑気に笑っている時の方が、むしろ男前なくらいだ」

「ふふっ、それは多分大佐もですよ」

「どういうことだ?」

「正直、戦場を離れて普通に過ごしている時の大佐の方が、ずっと可愛いんだろうなって思いますよ」

「な、何を言うんだ!」


 突然マリアは赤面した。

 少しの間ではあるが、和やかな空気というものをレイは味わうことが出来た。

 それはレイにとって救いでもあった。






 そしてレイが外を出歩いている時、エレナの姿を見かけた。ベンチに腰掛け、虚ろな瞳で空を見上げている。

 彼女も相当参っているのは、レイにも容易に想像が付いた。

 目の前の負傷兵を何十人と手当てし、そして助けられないものを大勢見てきたとあれば、もはや参ってしまうのも必然である。


「…エレナ」

「レイ様…」


 エレナはゆっくりとこちらに振り返った。その顔はやはり蒼白で、どこか病的でもあった。


「大丈夫…じゃないよな」

「……」

「…嫌だったら言えよ」


 レイは静かに彼女を抱きしめた。

 それしか彼女に出来ることが見当たらなかったからである。


「無理するな」

「……ぅっく」


 エレナは抱き返してきた。静かに泣く彼女の傍に、レイはいつまでも付き添った。


「…少尉の事が好きじゃないんですか?」

「確かに仲間として信頼してるし、綺麗だと思うし、大好きだけど…でも今は、エレナの側にいたい。エレナが大切だから」

「…ありがとう、ございます」



「……」




 遠くに見つめるライリーに気付くこともなく。





 そして、その時は突然訪れた。

 レイたちが待機する前線基地に、突如として中型の飛空挺が現れた。

 アズリエルの紋章から敵ではない事は明らかだったが、それにしても事前に何の連絡も受けていなかった。

 それはマリアでさえも例外ではないようだった。


「一体、何なんですか?」

「私にもわからん…補充人員の連絡もまだのはずだ」


 そうして降り立った飛空挺の中から一人の男が出てきた。

 雪のように真っ白な髪と土気色の顔、真紅の瞳。

 その両目は落ち窪んでおり、まるで骸骨を連想させるような顔立ちだった。

 そして何より印象的だったのは、背負った2メートル近くある大剣だった。


 それに続くように、何人もの兵士たちが降りてきた。

 皆一様にニヤニヤ笑いを浮かべており、何処か不気味な印象だった。

 やがて白髪の男がマリアに挨拶した。


「ご機嫌麗しゅう、マリア・アレクサンドル大佐」

「…誰だ、貴様?」

「おおっと、自己紹介が遅れまして。

 私はカイン・クラム少佐、南方戦線に従軍しておりましたが、配置転換で参りました。

 てな訳で本部から辞令を受けてきてるから、読んでくれ」


 そう言ってカインはマリアに一枚の紙を手渡した。

 それを読んだ瞬間、彼女の顔色が変わった。


「簡単に言うと、ここの指揮権は俺に移譲された。

 つまりアンタはお払い箱ってわけよ。

 これからは俺の命令に従ってもらうぜぇ、お姫様よぉ…キキキ」

「バカな…いったい何故!」

「おいおい、自分の言動を考えてみろよ。

 聖なる浄化作戦を虐殺呼ばわりしたようじゃねぇか?

 降格や左遷にならないだけ、上層部に感謝するんだな!」


 耳障りな声をあげて、カインは笑った。

 そしてその目は、レイを睨んだ。


「お前が例の勇者ってやつか…まぁ、よろしく頼むぜ」


 引き攣ったような不気味な笑顔だった。


 そうしてレイは知る。


 彼らが本当の悪魔だということに。



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