第二十九話 鉤爪
宿舎の一つはすでに火の手が上がっていた。
すでにあちこちで戦闘が始まっており、あちこちに味方の死体が転がっている。
そんな中を、レイとマリアは駆け抜けていった。
「ち、ちきしょう、来るな…ぐばぁっ!」
「ひぃぃっ、助け…ぎゃっ!」
何人もの兵士が弾を連発したが、傷一つ付ける事なく鉤爪で体を切り裂かれていった。
敵は人型の竜に近い形態に変身しており、かなりの耐久力や攻撃力を持っているようである。
並の銃弾や魔法で中々ダメージを与えられないらしく、皆が次々と体をバラバラにされていった。
「どいてろっ‼︎」
「た、大佐!」
残った兵卒たちを後ろに下げ、マリアの両手に術式が輝いた。
すると次の瞬間には、数体の敵の腕や翼が一瞬にして凍りつき、砕け散った。
「グギャアああアアア!」
「な、ナンだ⁉︎」
「ア、新手ノ敵だ!」
突如として現れた強敵に、全員が狼狽した。
恐らくは氷結魔法の術式だろうが、ここまで威力が高いものはレイも初めて見る。
まさしく王国騎士団のトップに立つにふさわしい実力である。
「こいつら…獣化術式で、生体感応値や魔力係数を倍増させているようだな」
獣化術式。
レイの知っている限りでは、亜人や魔族といった種の中に眠る野生動物の遺伝子を覚醒させ、非常に強大な力を得るという魔法である。
そして一度でも使えば最後、人間には戻れない事もレイは知っていた。
「ここは私一人で十分だ、デズモンドは小隊の仲間を全員救い出せ!」
「了解しました!」
そういって、レイはジャマールたちの宿舎に駆け出した。
「行カセると思うカ!」
まだ残っていた数体の敵がレイを追おうとした。
しかし次の瞬間、マリアが居合い抜きのような素早さでレイピアを抜き、それとほぼ同時に敵の腕や脚が何本も同時に切り離された。
「グゲアッ‼︎ ガアああああッ!」
マリアは正確に、強靭な鱗による装甲の無い関節部分を狙っていた。
「き、貴様…ギャァっ‼︎」
続け様にマリアはホルスターから素早くハンドガンを抜き、相手の口や両眼を寸分違わずに射抜いた。
いくら防御力が高くても、守られていない部分は脆いというわけである。
「た、大佐…!」
「お前らは援護に回れ。デズモンドほどではないが、私も王国軍将校だと言うことを思い知らせてやろう」
明確な殺意と闘志を両眼に宿し、マリアは残っている十数体の敵に向かい合った。
レイたちの宿舎も炎上していた。
慣れ親しんだ建物からあちこち火の手が上がり、レイは強く焦りを感じた。
(みんな…無事でいてくれ!)
しばらくすると、交戦中のエレナ、ライリー、ジャマールの姿が見えて来た。
「くそぉ、硬すぎてロクに傷がつかねぇぞ!」
ジャマールは敵の攻撃を必死に避けながら、肉弾戦を繰り広げていた。
既に身体には手傷を幾つも負っており、敵の数とパワー、耐久力に圧倒されているのは目に見えて明らかだ。
「ハハハ、その程度で俺たチをコロスつもりカ?」
「こ、この野郎!」
挑発する相手に放った渾身の蹴りも、相手の装甲にダメージを与える事は出来なかった。
それほどまでに相手の防御力は強固なのである。
「こんな強い奴らが一気に攻めてくるなんて、想定外よ!」
「私の加護を最大にしても、殆ど歯が立たないなんて…今までの兵の比じゃありません! これは一体…」
ライリーは後方でエレナを守りながら、火炎魔法を展開して応戦していた。
同時に防護術式でエレナと二人で身を守りながら戦っていたが、防戦一方である。
「二人とも、退がれっ!」
「レイッ!」
「レイ様!」
「レイ‼︎」
レイは爆破魔法は使わず、重力魔法の術式を展開した。
3人を巻き込まずに仕留めるには、範囲が限定される術式がベストだからである。
「ギャァ!」
「ウグァっ!」
敵は黒い重力球に包まれ、全身があり得ない方向に曲がり、血を吐きながら死んだ。
「みんな、大丈夫か⁉︎」
「ええ、だけどリナが!」
「あいつだけ無事かわからねぇ、早く行ってやってくれ!」
踵を返し、すぐにリナの宿舎に向かった。
リナの姿はすぐに見つかった。
「あ…ああ…」
次々と味方が倒されていき、最後には壁際に追い詰められていた。
非戦闘員に近いリナであるなら、致し方ない話である。
「俺の部下に、手を出すなっ‼︎」
すぐさまレイは、両手に重力魔法の術式を展開した。
「観念してモラお…グゲっ!」
「ひギイっ!」
レイが放った黒球で、敵は一瞬にして屠られた。
「伍長!」
「リナ‼︎」
リナは一瞬にしてレイの存在に気付き、駈けてきた。
そしてそのままレイは彼女を抱き止める。
そのはずだった。
ドシュッ。
「あ…」
彼女の横腹に、鉤爪が貫通した。
胸にも、腕にも。
真横から新たな敵は、リナに刃を突きたてた。
「え?」
レイは一瞬、現実を認識出来なかった。
「ご、ごちょ…う…」
口の端から血を流し、リナは呟いた。
「ごめん…なさい…」
そう言うと、彼女の腕は力無く垂れ下がった。




