第二十七話 それは戦いか、それとも
アズリエル軍前線基地。
マリアはブリーフィングルームにいた。それは、ある人物にコンタクトを取るためである。
スクリーンには呼び出し中の表示が続いていたが、しばらくすると目当ての人物が表示された。
「お呼びかな? アレクサンドル大佐」
呼び出しに応じた人物は、髭を蓄えた、半分頭が禿げ上がった人物だった。
バリー・コンドレン将軍。
この作戦だけでなく、魔界と呼ばれる地域全般における軍事作戦、その全ての総指揮を取っている人物である。
「…先遣隊の指揮を取っていたのは、あなたでしたね」
「その通りだ。諜報任務が主なゆえ、今は南方戦線に移動させたがね」
この場にはおらず、すぐには呼び出せない。
つまりは、追求したくても出来ない状況だ。
マリアは唇を噛み締めた。
この状況は、おそらく最初から計画されていたのだ。
「報告に誤りがありました…あの場所にいたのは全員が非武装の民間人、民兵ゲリラなどではありませんでした」
「ほう、それは本当かね?」
事もなげに将軍は言い放った。
「私たちは、一体何をしたのですか⁉︎ これは…これではまるで…」
「まあ落ち着きたまえ。魔族は女子供でさえ誰が敵かわからん状況だ。
現に特攻に使われるのは、民間人に化けた子供や女性じゃないか。
その事は件のテロで知っておるだろう?」
「…はい」
血の祝祭。先の国内連続自爆テロだ。
その際にも少年少女が多く自爆術式を展開し、大惨事になった。
「ならば、民間人に見えても彼らが突如として牙を剥く可能性は十分にある。
万が一にもテロや特攻による被害は避けねばならん」
「しかし彼らは全く抵抗さえしませんでした‼︎ テロリストや民兵ならば、確実に我々に攻撃してくるはずです!」
「反撃の隙も無かっただけではないかね?」
「そんなバカな! これは作戦行動ではない、ただの虐殺です‼︎」
怒りに任せ、たまらずマリアが握り拳で机を叩いた。
そんな姿がよほど滑稽に映るのか、将軍は鼻でせせら笑った。
「まだそちらには殲滅すべき拠点がいくつもある。
通達があるまで待機していたまえ」
「お待ちください、将ぐ…」
マリアの返答を待たずに、通信は打ち切られた。
その後のスクリーンには砂嵐だけが映っていた。
「くそっ‼︎」
弊社では、全員がうなだれていた。自らの行為に打ちのめされていたのだ。
会話もなく、ただ重い空気だけが漂っていた。
それはレイたちの小隊も例外ではなかった。
(俺たちは、何をしたんだ…?)
自らの手を見つめた。そこは引き金を引いた指があった。
それがただの一般市民かもしれない、彼らの命を奪った。
(本当に民間人を殺したのか?)
そうして自己問答していると、マリアが入ってきた。
全員がハッとしたように顔を向け、その場にいた全ての視線が彼女に向かった。
「大佐! 将軍は…」
「…民間人による特攻を危惧してとのことだ。
恐らく作戦はまた通達される。それまでは待機だ」
そう言って、マリアは背を向けた。
「…攻撃命令を出したのは私だ。皆が責任を感じる必要はない」
そう言い残し、マリアは去っていった。
その場には重い沈黙だけが残された。
誰も、何も言う事が出来なかった。
「…そんな」
リナやエレナも驚愕していた。
彼女らは後方待機を命じられており、少し離れた拠点に身を潜めていた。
「間違いない、あれは全員民間人だ。
上層部は変装したゲリラだと言ってるみたいだが…あれはそんな雰囲気じゃない」
「俺も覚えてるぜ。どんだけ探しても、武器の一つさえ見当らねぇんだ」
今でもハッキリと思い出せる。
立ち上る黒煙、鼻を刺す生臭さ、そして赤子や老人の死体。
それらはレイの脳裏に焼き付いて、離れることはなかった。
「…またあるのかな、こういう作戦」
ライリーが沈んだ表情で問いかけた。
「わからない…上層部次第だろ」
マリアですら王国軍の手駒の一つだろう。
アズリエル近衛騎士団という尖兵たちの、前線での纏め役にすぎないはずである。
そしてデズモンド元帥をはじめとする軍上層部が、先の攻撃のように民間人もろとも一国を滅亡させる方針だとしたら。
(…それでも、俺は戦い続けるのか)
相手が無抵抗な女子供でも剣を振るい、銃を撃つ。
そんな自分自身の姿に、レイは初めて疑問を持った。
夜更け。
基地内は静かだった。ほぼ全員が大いびきをかき、熟睡している最中だ。
この時間に起きているのは、せいぜい哨戒班くらいだろう。
レイは何度目かの眠れない夜を過ごしていた。
色々と考えを巡らせていると眠りを忘れることは、前の世界の記憶でも覚えていた。
(戦場でしか生きられないのか、俺たちは…)
世の中にいても違和感しかない。なら戦場にいる以外の選択肢がない。
そして兵士だけでなく、非力な女子供でさえも殺し続けるのか?
そんな自問自答を繰り返すうちに、レイ以外の全員が眠りに落ちていた。
(…外の空気を吸うか)
そうしてベッドから起き、ドアを開けた。
外は星空だった。
こんな暴力的な世界でさえ、星空は輝いていた。
平和であった前の世界よりも、血にまみれた戦場の方が星が綺麗というのは、ある種の皮肉にも思える。
レイが腰をおろせる場所を探していると、ベンチを発見した。だがそこには先客がいた。
「…大佐」
「…デズモンドか」




