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第二十五話 蝕

「あー、蒸しあっつい…虫もいるし、本当に最悪ね」

「本当ですねー。身体中蒸れちゃいますよ」

「それよりも虫が怖いです…」

「文句言うなっての。快適な戦場なんてねぇって」

「ジャマールのいう通りだな。確かに虫は嫌だけど」


 戦場とは思えない和気藹々とした雰囲気で、レイが率いる小隊は木々をかき分けて敵陣を進んでいた。

 この密林を抜けた先にある集落に向けて、先陣を切って進んでいるところである。

 前衛部隊として、待ち構えているであろう兵達をあらかじめ倒しておこうという計画だった。

 そこは全く人が立ち入らないような山の密林地帯であり、人が歩く道を確保するにも一苦労する始末である。

 おまけに虫もそこら中にうるさく飛び回っているともなれば、誰であろうと不愉快な気分になるであろう。



「!」



 全員が敵の気配を察知した。


 ジャマールはファイティングポーズをとり、ライリーは掌に術式を展開した。

 レイは後方のエレナとリナを守るような陣形をとり、一瞬にして全員の戦闘態勢が整った。


「とりあえず、俺が拳で雑魚は片付けるぜ。取りこぼしや団体さんはライリーに譲ってやるよ」

「はいはい、あんたの食べこぼしの処理ね。わかってるわよ」

「二人とも、無茶はするな。一瞬でも無理だと分かったら、俺に回せ」

「わかってるっての…んじゃ、行くぜ!」


 勢いをつけて、ジャマールは飛び出した。

 それを見計らっていたかのように、前方から複数の兵たちが飛び出して来た。

 構えていたマシンガンで蜂の巣にしようということであろうが、ジャマールには通じることがなかった。


「豆鉄砲が効くと思ってんじゃねーぞ!」


 元の頑強さに加え、加護魔法による肉体強化の影響で、もはやジャマールの体はヤワな銃弾では致命傷を与えることは難しくなっていた。

 かすり傷を負うことも厭わず、ジャマールは突進していった。

 銃弾を浴びせられても平気なジャマールに敵兵が怯んだところで、彼は思い切り拳を振り上げた。


「オラァ!」


 ゴシャッという音が鳴り響いて、兵の一人が思い切り吹っ飛んだ。

 丸太のように太いジャマールの腕から繰り出される右フックは、顔面骨折では済まないだろう。

 ましてエレナからのバフにより、威力には倍増している。

 単なる拳だけで致命傷になり得た。


「ヒィッ!」

「どけぇ‼︎」


 続け様にジャマールはボディブローを放った。


「うぐぇっ…!」


 血の入り混じった吐瀉物をはいて、敵は倒れた。

 感触からして内臓に損傷が入ったことを、ジャマールは確信した。


「弾は無駄に出来ねぇからな…拳で相手させてもらったぜ」





 そして左右の方からは、サーベルを構えた兵たちがライリーに接近しつつあった。


「女一人だ、やっちまえ!」

「おうよ!」


 複数の刃がライリーの体に触れようとした、その瞬間。



 轟音と共に、紫色の爆炎が上がった。


「ぐぁっ!」

「ぎぇぇっ!」

「うぎゃあっ!」


 襲いかかってきた敵全員が、身体中に紫の炎に焼かれ、悶え苦しんでいる。

 それをライリーは突き刺すような瞳で見ていた。


「今時、女だからって舐めてかかるのが間違いなのよ」

「あ、あがっ…グエェぇ」

「う、動かねぇ、体が…なんだこれはぁぁ」


 その炎に焼かれた者たちは、皆一様に身体中を痙攣させていた。

 腕や足の一部を焼かれただけにも関わらず、皆がその場で呻き苦しむような素振りを見せた。


「毒の術式が入った炎よ。一回当たれば、毒で確実にあの世行きってわけ」

「あ…が…」

「安心しなさい。直接神経に作用するから、痛みは弾や剣で死ぬよりはマシなはずよ」

「ぁげ…」


 口角から涎を垂らしながら、敵は全滅した。





「…俺が戦うまでもなかったか」

「まぁ、ジャマールさんもライリーさんもすごい強いですからねぇ」

「…アドナイの御加護を」


 エレナは空に十字を切った。

 敵兵にさえ情けをかけるのが、彼女の人間性をよく表していた。


 と、その時。



「バカめ、上空はガラ空きだったな!」


 レイの真上から、最後の一人が襲いかかってきた。


「キャァ!」


 リナとエレナはすぐさま散開した。


「死ねぇっ!」


 兵は渾身の力を込めてサーベルを振り下ろしたが。


「…甘いな」

「な、何っ!」


 そのサーベルの刀身を、レイは素手で受け止めていた。

 常人ならありえないその光景に、敵兵は思わず立ち竦んだ。


「ば、ばかな…じょ、冗談じゃねぇ!」


 懐から銃を取り出し、発砲する。その何発かは確実にレイの胸や腹に直撃した。

 しかしチート級の肉体を持つレイの前では、生半可な銃では玩具も同然であった。

 血の一滴も流さず、レイは表情一つ変えずに敵兵を睨みつけた。


「ヒィィっ! ば、化け物…」

「化け物はお前らの方だろ。人間爆弾なんか使って民間人を殺す、お前らの方がよほど恐ろしい」

「た、頼む…助けてくれ!」

「嫌だ。先に仕掛けてきたのはお前らだろ? 仮に俺たちがそう言っても、お前らは見逃さないだろう」


 レイは胸のホルスターから銃を取り出し、躊躇いなく敵兵の頭を撃ち抜いた。

 断末魔の悲鳴をあげる暇もなく、彼は地面に転がる事となった。


「恐らくは、これで全員だな」

「この前の前哨地点みたく人数でゴリ押ししてこない分、拳で戦えるみてぇだな」

「全く、あんたの大活躍ね。その分フォローはこっちがやるんだけど」

「う、うるせぇ!」


 ライリーとジャマールが軽口を叩き合う。これもいつしか日常となっていた。


「でもみんなめっちゃ強いです! 憧れちゃうなぁ」


 それにリナが目を輝かせるもの、当たり前の事となっていた。


「レイ様、お疲れ様です」


 そして最後はエレナが労ってくれる。これもいつも通りである。


「ああ、ありがとう。さて、先を急ぐか」


 戦いは全員の日常であり、それが当たり前になりつつあった。





 それは言い換えれば、心が戦場に支配されているという事は知らないままに。











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