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第二十一話 日常での戦場・その二

 

 激しい動悸を感じ、彼女は飛び起きた。


「はぁ、はぁ、はぁ…!」


 エレナは左胸を押さえ、ひどく乱れた呼吸でベッドから起き上がった。

 鳥肌が立つほどの不快感が、全身を覆っていた。

 身体中が汗で濡れ、シーツにいくつもの生暖かいシミを作っている。


(いや…助けて、助けて!)


 戸棚の引き出しを勢いよく開け、もう残りが僅かになっている”それ”をすぐさま手に取った。

 もはやこれがなくては、精神の均衡を保てない。

 そこまでエレナの精神状態は追い詰められていた。


(早く…早く!)







「ほれ、少しサービスしておいたよ」

「…ありがとう、ございます」


 紙袋に包まれたものを、エレナは受け取った。

 自宅での備蓄もなかったため、こうして買い足しに行く必要があるのである。

 特に戦場に派遣されると買い足しができないため、アズリエルに帰ってきている内に買いだめておく必要がある。

 もはやそこまでしなければ、エレナは精神の均衡を保てなかったのだ。


「あんた、その若さでそれが必要なんて…どんな生活してるんだい?」

「……」


 店番をしていた老婆は、心配そうな瞳でエレナの顔を覗き込んだ。

 そのまま無言で、エレナはその場を立ち去った。

 答えることが出来なかったからである。

 剣戟や銃弾、そして血飛沫と硝煙に満ちた世界で、ひたすら体を切断したり縫合したり、そしてある時には死を看取る仕事についているとは、到底言えるはずもなかった。







 事が済んだ後、エレナはふらつく足取りで街を歩いていた。


(何で…こんな事に)


 元々は患者用に用意されていたものであったが、エレナ個人用にもいくつか教会から用意はされていた。

 よもや自分が必要になる時は来ないだろうと思ってはいたが、事実現状はこの有様である。

 最初の任務でレイの小隊は犠牲を出さずに済んだが、別働隊は被害を大きく受けたものもあった。

 そうした患者達に治癒魔法をかけ、時には物理的な手術にも立ち会った。

 しかしそれにも関わらず、試写はいくつか出たことが、エレナにとっては衝撃だった。

 決定打となったのは前哨地帯での戦闘だった。

 必死の治療にも関わらず、エレナたち4人を除いて全てが犠牲になった。

 そこから”これ”の使用が始まったというわけである。

 そうでなければ眠れず、また気力全てが削がれてしまうからだ。


「エレナ…さん?」


 聞き覚えのある声に、エレナは後ろを振り向いた。

 伝令兵であるリナ・クロウだった。

 彼女もどこか目の奥に影ができているような、昏い印象を受ける。

 それは初めて出会ったときの根明さとは、少し違った雰囲気だった。


「それって…」

「みっ、見ないで! 」


 エレナは背を向け、紙袋に包まれたものを隠した。

 しかし既にリナは、袋の上に書いてあるものを見てしまっていた。

 それはエレナの現状の全てを物語っていた。

 瞬時にリナは全てを察してしまった。その事にリナは口を呆けたように開けて驚愕した。


「お願い…見ないでぇぇ…」


 エレナは膝から崩れ落ちて泣いた。

 同僚に、しかも生死を共にする同じ部隊の人間に見られてしまったことが、あまりにも情けなく、そして恥ずかしく感じられたからだ。

 人目も憚らずに、エレナは通りの中で号泣した。






「落ち着きましたか?」

「うん…ごめんね」


 二人は静かな公園まで移動し、ベンチに座り込んでいた。

 あの後、リナが必死にエレナを公園まで引きずるようにして連れてきたのだ。


「これ…びっくりした?」

「え、ええ…」


 エレナは俯きながら、自嘲的な笑みを浮かべた。


「…どうしようもなく眠れなくて、怖くて…そうしたら、いつの間にかこれ無しではやっていけなくなってた…」

「……」


 リナもまた俯いて、押し黙った。

 あまりの悲痛さに言葉がでなかったのだ。


「お願い…この事は皆には…」

「言いませんよ。言えるはずないじゃないですか、こんな…」


 あまりにも悲惨な現実だった。

 常に優しい笑みを浮かべている、慈愛に満ちたような女性が、裏ではとんでもない物に依存していたのである。

 軽く口にしていい事ではないことは、常に頭が弱いと言われるリナでさえも重々承知していた。


「…私も、最近眠れないんです。寝ても見るのは悪夢ばっかり」

「え?」

「だから寝るのが怖くて…気持ち、わかるんです」

「……」

「ましてエレナさんは前線にいるわけですから…仕方ないですよ」

「…ありがとう。優しいのね」

「気にしないでください! とりあえず、どこか出かけましょう! このままこうしていたって、気分が沈むだけですよ」

「ふふっ…そうね」


 いつの間にか、エレナは胸の奥底にあったものが軽くなっていくのを感じた。

 それが絆によるものだと、エレナはこの時初めて知った。















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