第七話 複製存在
「お、お前が…本当の加藤玲?」
「そういうことだ」
「そ、そんな…なら俺は一体…」
「そのことを説明する前に、ジョルジュ・ネルディームの説明をしておかねばなるまい…俺の過去は既に調べがついているんだろう?」
レイは首を縦に振った。
「なら話が早い。教えてやろう、奴と…俺の全てをな」
お前も知っての通り、ジョルジュ・ネルディームはマッドサイエンティストだった。
魔法術式を使った人体強化、遺伝子組み換えによる変身術式に頼らない生体兵器といった、神をも恐れぬような実験や理論を次々と編み出していった。やがてそれは教会でも学会でも危険視され、永久追放の憂き目にあった。
この事くらいは調べは付いているんだろう?
ああ…
だが奴はそれでも研究をやめなかった。神への到達…それは奴の信仰心の源ともなっていたからだ。争いを続ける不完全な人類が次のステップに到達するためには、新たな”神の力”が必要だと奴は常に考えていた。そのために奴はズーロパに住み着き、研究と発掘作業を行なっていた。
発掘作業?
奴は考古学と生物学に関しても優れていてな。かつてズーロパで古代人が起こした数々の奇跡…それを体現するためには、神の遺伝子を抽出する必要があると考えていた。人知を超えた膨大な力を生み出す遺伝子…言うなれば、”勇者因子”とでも呼ぶべきものだ。
やがて奴は、ズーロパの地層奥深くで古代人の化石を発掘する。その化石から、ありとあらゆる魔法を試した結果、奇跡的に奴は古代人の遺伝子を抽出することができた。解析の結果、膨大な魔力や身体能力を生み出す”勇者因子”が発見された。
そうして奴は次のステップに進んでいった。神の遺伝子は手に入れた。ならば後は、これを組み込んだ最強の人間を作るだけ。そしてそいつは自分の命令以外何も聞かない、人形のような奴。そうして自らを陥れた者たちや、未熟な人類を粛清しようとしたのさ。
そうして苦心の末、奴は一人の人間の幼児の体を作り上げた。それこそが、紛れもなく原初の人間により近い人類の体だった。
だがここで一つ問題が発生した。どれだけ精巧にその体を再現しても、そいつに命が宿ることはなかった。人工的に作られた身体は、自発的に生まれたわけじゃないからな。所詮は死体と一緒というわけさ。
いくらハードウェアが優秀でも、OSがなければ意味を為さない。これにはジョルジュも困り果てた。しかしここで奴は意外な発想の転換をする。”存在がなく、作りあげられない。ならばそれを呼び出してしまうのはどうか?”とな。
呼び出す…
そういうことだ。奴はマッドサイエンティストだが、間違いなく科学者としても魔術師としても一級品だった。人が死んで魂が抜けた後通る領域…そして無数に存在する平行世界へのアクセス経路。”事象の坩堝”とも言うべき場所への干渉できた、世界で最初の魔術師というわけだ。そしてそれを人体科学へと応用できる唯一の科学者というわけだ。
事象の坩堝には死者の魂が溢れかえっている、どれか一つがランダムに身体に入る。やがて何億分、何兆分の一という確率で魂が一つ選ばれ、その体に宿った。誰の意思もない、全くの偶然で選ばれた魂…それが俺、加藤玲の魂だ。
!!!
最初のうちは、そこそこ楽しかったさ。顔を隠し、存在を隠し、ありとあらゆるものを破壊する。非力な存在だった俺は、圧倒的な力を奮っているだけでもかなり興奮した。今度こそ俺は、虐げられる側じゃなく、虐げる側に回ったんだということが嬉しかった。
そんな様子を見てジョルジュも大層嬉しそうだったよ。一切嫌がらずに破壊や殺人をこなす俺は何より優秀だったし、何より俺は奴の命令に一切歯向かわなかった。逆らう理由がないから、というのもあったがな……たが奴にも一つ、大きな誤算があった。
誤算?
俺を見くびっていた事さ。俺にも意志や欲望はあったし、俺の体は一年、二年と経つごとに成長していった。それに伴い、魔力や生体感応値もどんどん上がっていった。それを俺は隠し通し、ひたすらに奴の命令に従い続けた。奴の寝首をかけるほどに、俺の力が膨れ上がっているとも知らずにな。結局奴は俺のことを最後まで聞き分けの良い人形だと信じて疑わなかった。
そうして、時はやってきた。王立孤児院襲撃事件…そこが奴に逆らう最大にして最後のチャンスだった。まず俺は、奴の命令通りにそこの孤児や職員を皆殺しにした。それ自体は別に苦労する由もなかった。俺に叶うわけもなかったからな。そして奴が俺に背後を見せた瞬間、俺は奴の心臓を一突きにしてやったというわけだ。
『き、貴様…なぜ…!?』
『俺はお前の道具じゃないんでな、ここからは俺の自由にやらせてもらう』
『お…おのれええええっ‼︎』
瀕死の重症でも、奴は強かった。だがそれでも、俺を倒せるほどではなかった。瀕死の重傷を負っていたからな、割と楽に殺せたよ。そうして俺は、証拠隠滅を図った。そこに収容されていた孤児のリストを全て跡形もなく焼き払った。そしてその他の、そこにいた人間の素性に関わる一切を消し去った。
王国兵が駆けつけたときには、ジョルジュは既に息絶えた後だった。収容されていた孤児の俺が、その圧倒的な魔力でジョルジュと倒したということになったというわけだ。俺は未だに幼子の体だったし、俺がその孤児院の出身でないと証明することは誰にも出来ない。
そうしてその後はお前らの知っての通りだ。軍でチート能力を発揮し、のし上がった俺はヘイリーと結ばれ王族入り…そして晴れてこの国の王になったわけさ。しかしヘイリーがあの孤児院に、慰問でよく訪れていたというのは俺も奴に聞かされるまで知らなかった。あの女が、俺の顔に覚えがないという話をされたときは、流石に少々焦ったがな…まぁ、最終的には消えてもらったがな。
そ、そんな…じゃあ、俺は……お前の話が本当なら、加藤玲としての記憶を持つ、俺は一体誰だと言うんだ!
言っただろう、お前は”人形”だと。
俺は晴れて玉座につき、邪魔なエドワード達御一行やヘイリーも消えてもらった。あとはこの世の春を謳歌するだけかと思いきや、問題がまた更に起こった。それがお前もよく知る”魔王”…ディミトリ・ラファトだ。奴は俺の次に強大な力を持ち、またその軍勢も強力なものだった。何より奴の思想に共感した奴らの元に、モナドといった強者たちまで集まりつつあるのが厄介だった。
これが俺の懸念材料だった。確かに俺が動けばディミトリを殺すことはできる。しかし玉座についた今、俺は自ら動くことはできないし、第一それでは王になった意味もないというものだ。
しかしこの世界において、俺の味方で俺と同等に強い者はいなかった。ならばどうするか? 結果として俺は、ジョルジュと同じ結論に達した。居ないのならば作り出せばいい…とな。
…‼︎
読めてきたようだな。俺は他人に一切知られない方法で、ジョルジュの残した研究資料を保管していた。その中で、勇者因子を有した俺の体の組成方法が記されていたよ。そして俺は一つだけ試してみたいこともあった。この俺自身の記憶や経験をそっくりそのまま移植すれば、そいつはかつての俺と同じような働きをするんじゃないか? とな。
それが…まさか…
そう、お前だよ。後にレイ・デズモンドと呼ばれるお前のことだ。クローン細胞を培養する要領で、肉体を組成・急成長させた。周りの奴らは、ジョルジュの術式を最後まで異世界からの召喚魔法だと信じて疑わなかったよ。それほどまでに俺やジョルジュの魔法研究は先を行っていたということだ。
王国の地下で誕生したお前は、俺と同じ魂をその身に宿した。一から誕生した肉体ならば、魂は自然と芽生えるからな。そして俺の生前の記憶をそっくりそのまま植え付けられた。また反旗を翻してきてもいいように、お前の力は俺より少し弱めにしておく。これで俺の計画は遂行されたというわけだ。
そんな…だが、俺はお前の人形になんて…!
そう、それが俺の最大の誤算だった。俺の記憶を持っているからには、お前は喜んで他者を殺戮し、蹂躙するはずだった。だがお前は仲間の死を悼み、殺していった人間の死に悲しんだ。罪の意識でトラウマを負うほどにな。
結局お前は、俺と同じ記憶を持っているだけの、ただの他人になってしまった。考えてみれば当然かもしれないな。記憶が一緒なだけで、そこで発生した魂は別物…加藤玲とは全く違う人間のものだ。これにより、俺の計画にも少しだけ軌道修正が必要になった…お前が頼りないせいでな。
まぁ何はともあれ、お前には多少は感謝しているよ。お前のおかげで弄せず魔界を滅ぼせたんだからな。
俺とお前が、同じ人間…? そんな、じゃあ何故俺はお前を見たときに…
何も気づかなかったのか?ってか。俺だって馬鹿じゃないなら、その辺の注意は怠らなかった。
お前の顔は本来の加藤玲とは少し違う。そうでなければ、俺の顔を見たときに全てがバレてしまうからな。声は多少老け込んでいるから、心配はなかったがな。さらにお前に移植された記憶のうち、少しだけ改竄したものがある。よく考えてみろ、お前の記憶で少しだけ曖昧なものがあるはずだ。
???
お前…生前の自分の顔が思い出せるか?
……‼︎




