5話 亡命
いよいよ運命の亡命の時がきた。玲と琳は船に乗り込むが、それを阻止しようとあの男が現れる。船はちょうど出航しだして男がとった行動とは。
13時過ぎに玲と琳は真順港につき、貨物船の登場手続きをすることになった。旅客船ではなく、乗組員だけと思いきや、他にも龍国の亡命者が10人くらいいるではないか。麦国、辛国、亡命先となる葡国が協力しているのだった。
「全員が乗船したら出航する。龍国の市民は皆船内に1室あるので、そこで過ごすように」
船が出航してしまえば、指名手配からも解かれて自由の身になれる。なんとかしてこの国の惨状を世界に伝えたい。玲はひそかに外国語も独学で勉強していた。
全員が乗船し、いよいよ出航との時間がきた。
「おい何している。早く中に入れ」
「わかっているわ。20分だけ最後の景色を眺めていたいの。いいでしょう?」
「ねぇ。怖いから中に入ろうよ」
琳は言った。
「先入ってて。私は20分後に入るから大丈夫よ」
「本当?わかった」
それから3分ほどで、薄をはじめとする解放軍が真順港に到着した。
「しまった出たか」
「待て、あれを見ろ!」
「あっ、あの女」
船は出航したが、まだ甲板にいる玲がはっきり見えた。
「中尉、船ごと沈めますか?」
「そんなことをしたら、麦国との国際問題になる」
「みんなで一斉にあの女を撃ちますか」
「それは気づかれて逃げられる可能性が高い」
「じゃあどうするのですか?」
「オレ一人でやる」
「中尉一人でですか?」
薄は狙撃部隊にもいたことがあり、非常に優秀だった。射撃で龍国代表を目指さないかと声をかけられるほどだった。
「そうだ。いいか、お前ら余計なことはするな。大きな音も出すな」
あたりは静まりかえっていた。
鋭い眼光が玲に向けられていた。気づく気配もなかった。
海鳥の群れが港から船のほうに羽ばたいた瞬間に玲が銃を構える薄に気づいた。
その瞬間
プァーーーン! ザッバーンッ!!
銃弾は玲に命中し、その勢いで体が飛び上がり、海に落ちてしまった。
「玲ちゃーん!」琳が叫ぶが他の避難していた男が船の中に引き寄せた。
「あぶない。君も撃たれるぞ!」
「でも、玲ちゃんが」
すると薄が拡声器を取り出し、船に向かって何やら叫んだ。
「麦国籍の貨物船の乗組員の諸君。こちらは龍国解放軍だ。裏切者を撃ち殺した。今すぐにその汚らわしい屍を龍国の聖なる海から拾いあげて、辛国に持ち出して捨てるように。さもなくばその船を沈める」
警告を聞いた乗組員は慌てて救命ボートを放り投げ、まだ沈んでいない玲の体を引き上げて船に上げた。そしてそのまま辛国へ向かっていった。
薄が部隊に指示をした。
「退治は済んだ。王府へ帰るぞ。治安を回復せねばならない。急げ」
そこへ張がやってきた。
「おい、なんで三等兵がこんなとこにいるんだ?」
「中尉、撃ち殺したのですか?」
「質問に答えろ。無礼者!!」
薄は張の頬をぶん殴り、張は吹き飛んで、鼻血を出した。
「申し訳ございません!!」
張は声を上げて泣き出した。
「左北党で偉くなりたかったら、血も涙もない人間にならなければダメだ。相手が年寄りでも女でも子どもでもだ!」
「ボクは、ボクは、うっ、うっ」
張は連行されて刑罰を喰らうことを覚悟した。
「フッ....オレもなれなかったようだ」
薄は何もせずに行ってしまった。
2日後に琳は辛国で下船し、葡国総領事館にかけこみ、亡命申請をして、その半月後には葡国へ渡ることができた。
事件以来、左北党の強権は日に日に増す一方だった。
つづく
◎登場人物
玲 美人女神 21 法学部
琳 マジメ博士女 21 文学部
張 戒厳部隊兵士 22 農村出身
薄 戒厳部隊中尉 38 心のないエリート
亡命する者、阻止しようとする者、闘いが終わり、彼らのその後の運命はどうなるのか。